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四、じゅそ

『言うだけ、言いなよ。――そんな表情かおして、一人悩んでるくらいなら』
 真純ちゃんが言ってくれた言葉に、あたしは夢のことを告げる。
 繰り返し見る夢。
 …望んでないかいないはずなのに見続ける、夢。
 ――この手で、みんなを傷つける悪夢ゆめ

「夢、を…?」
 よっちゃんは、あたしがしゃべるのをやめると、そう言った。
 今朝…寝惚けて大騒ぎしてしまったあたしのことをトシ(と、真純ちゃんとあべっち?)から聞いて…様子を見に来てくれたらしい。(と、真純ちゃんが言っていた)
「…あれ? もしかして…この間遊びに行ったとき寝坊したのって…」
 真純ちゃんがふと気付いたかのような呟きにあたしは頷いた。
「――うん、そんな夢見てて、なかなか寝付けなかったからなんだ」
 興奮して寝付けなかった…ってのもあったのかもしれない。
 だけど…寝ても、あたしがみんなを傷つけるような夢ばかり見ていて…すぐ目が覚めちゃって、ようやく眠れたと思ったら――寝坊してしまったんだ。
「…単なる夢にしては、おかしいな。どの位見ていると言った?」
 あべっちの疑問にあたしはちょっとだけ考えて、応じる。
「5月中旬? とかにはもう、見てたかな」
 あたしの言葉にあべっちは口元を覆った。
「半月は見てるってことか?」
 そう言ったよっちゃんの言葉に頭の中でカレンダーを思い浮かべて頷くと、よっちゃんは「そうか」と一つ息を吐く。

「そんなに前から見ていて…どうして、言わなかった?」
 しばらく考えるように見えたあべっちがそう言った。
「――え?」
 あたしは瞬きとともに、そう、あべっちに聞き返す。
「どうして、一人で苦しんでいた? …言えば、少しは楽になったかもしれないのに――なぜ」
 …ありゃ。もしかして、あべっち…。
「――怒ってる?」
 言うつもりはなかった言葉が、あたしの口からこぼれた。
 意識せずこぼれた言葉に、あたしは「おっつ」と口にフタをする。
 …当然ながら、遅いけど。
「怒ってはいない! だが…」
「心配、してんだよ。オレ達は」
 なぁ、とよっちゃんはあべっちに言った。
 するとあべっちは口をパクパクとさせる。よっちゃんは、(めずらしく…)ニッと笑った。
 ――そんな二人を見てなぜか、真純ちゃんが笑っている。
 真純ちゃんがどうして笑っているかわからなかったけど…とりあえず。
「心配、してくれるんだ」
「「当然」」
 あべっちと、よっちゃんがハモる。二人は顔を見合わせた。
 また、真純ちゃんが笑う。
「…嬉しいよ。…本当に――ありがとう」

・ ・ ・

 真純ちゃんにバイバイを言った。
 あたしは帰る準備を始める。
 みんなに話したせいかな。なんとなく、頭がすっきりしたような気がする。
 …と、その時。「李花」とあたしの名を呼ぶ声がした。
「あべっち」
 あたしの名を呼んだのはあたしの前の席の男の子、あべっち。
「…さっきのこと、なんだが…」
 あたしは瞬きをした。
 さっきのこと。…あぁ、夢の話…か。
 ――人を…大好きな人を、この手で殺す…夢。
「毎日毎日続けて見るのは、やはりおかしい」
 あべっちはそう言って、口元を覆った。
 考えるような、そんな顔をしている。
カバンを持ってるよっちゃんが、あたしの隣の席に腰を下ろした。
「李花、これから、時間はあるか?」
 ――と。よっちゃんの様子をなんとなく眺めていたあたしの耳にそんなあべっちの声が届いた。
「へ? 今日? …別に、用事はないけど…」
「では、時間は大丈夫だな? …おれは少し、考えたんだが」
 そのあべっちの言葉に、あたしは視線をあべっちへとむける。
 …よっちゃんも、視線をあべっちへむけた。

「もしかしたら、だが…」
 あべっちは口元を覆いながら告げる。
「李花に、呪詛じゅそがかけられているのかもしれない」
「じゅそ?」
 あたしは聞き覚えのない言葉を繰り返す。
 よっちゃんは「なんだそれは?」とあべっちに問いかけた。
 よっちゃんも知らない言葉らしい。
「呪いみたいなもの…というか、そのまま『呪い』そのものだな」
 よっちゃんに応じたあべっちの言葉を聞きながらあたしは思わず瞬いた。
 『じゅそ』が『呪い』そのもの?
 …で…「じゅそがかけられている」ってことは…。
「あたしが…のろわれてる?」
 あたしは言葉こえにしてみた。
 ――けど…なんというか…。
「実感がわかないような顔をしてるな、李花」
 よっちゃんの言葉にあたしは頷く。だって、本当に自分がのろわれているなんて…実感がわかない。
「のろわれている…ってことは、――恨まれてるってこと?」
 脳裏に浮かんだのは真夜中、藁人形にクギを刺すカンジ。
 その藁人形にあたしの顔写真とか貼って、暗い場所でクギをガツガツと刺す。
 …想像は、してみるんだけど。
 コワイな、とも思うんだけど…やっぱり実感はわかない。

「そう…だなぁ…」
 よっちゃんはそう言って、あたしの顔をまじまじと見た。
「?」
 あたしの顔、なんかついてたかなぁ?
(…これでトシだったら、「目と鼻と口」とか言って、鼻をつままれるんだよね…)
 あたしは思わず、鼻を隠した。
 よっちゃんは一瞬「へ?」という顔をしたけど、すぐにトシの行動を思い出したらしく「鼻をつまむことはしない」と、小さく笑った。
「…と、それはさておき。阿部、李花が他人に恨まれるようなヤツには思えないんだが」
「それは、おれも同感だ。だが…」
 一旦そこで言葉を止めたあべっちとよっちゃんは顔を見合わせる。
 よっちゃんが僅かに目を細めて呟いた。
「逆恨み…?」
「その可能性は、否定できないな」
 それぞれ呟いて、どちらからともなく小さく息を吐き出す。
 「むしろ」とあべっちは口を開いた。
「その可能性が高いような気がしてきた…」
 そして、あべっちはふと視線を巡らせる。
「李花、確か5月の半ばには夢を見るようになった、と言っていたな」
「うん、そう」
「その頃になにか、変わったことはあるか?」
(変わったこと…)
 あたしは考える。…コメカミに指を当てて考える。――…目を閉じて、首を傾げて考える。
「…その調子じゃ、思いつかないんだな」
 あべっちの言葉にあたしは大きく頷いた。
 特に変わったことはないはず。…うーん…。ない、よなぁ…。

「おれがそういう類の専門だったらよかったんだが…」
 あべっちはボソリと呟いた。
「? そういう類の専門?」
 よっちゃんはあべっちの呟きを繰り返す。
 あべっちはよっちゃんに視線を向けて静かな声で言葉を続けた。
「おれは、除霊を生業とする家に生まれたから、除霊はできるんだが…呪詛返しとかは、わからないんだ」
「ジョレイ? なんだ、それは?」
 心底不思議そうなよっちゃんにあたしは思わず「へ?」と声をもらしてしまった。
 どうしてよっちゃんはそのことを知らないんだろう、って。
 トシは知ってるのに。
 むしろ、よっちゃんがその、『じょれい』っていうのやってもらったのに。
(――って…あ、そうか)
「よっちゃん、覚えてないんだっけ」
 思わず、呟きをもらした。
「何を、だ?」
 よっちゃんは首を傾げる。記憶力はあるつもりだが、と続けた。

 4年前…あたし達が、中学一年のとき。
 よっちゃんは、『あくりょう』っていうのにとりつかれてしまったときがあった。
 その『あくりょう』をはらったのがあべっち。
 でもよっちゃんは『あくりょう』につかれていたことがわかってなくて、その間の記憶もなくて。混乱させてもしょうがないから、ってよっちゃん本人には『あくりょうがついていた』って言ってないんだ。

 あべっちはよっちゃんに…よっちゃんに対してやったことがある、とは言わないまま…一通り『じょれい』の言葉の説明をする。
 よっちゃんは何とも言い難い顔をしていたけど…というか、覚えてないだけでよっちゃんが『じょれい』をしてもらったことがあるんだけど…深い追求はなかった。
「…おれの家のことはとにかく」
 あべっちはそう言って、話題をじょれいから切り替える。
「李花の夢が呪詛だった場合…どうすればいいか…。とりあえず犯人をつきとめて、止めさせるのがいいんだろうが…」
 よっちゃんは「そう…だな」と頷く。
 あたしはなんとなく、口を挟めないまま二人の様子を見ていた。
「しかし、阿部。そういう不思議なことができるんなら、そういう…なんだ? 呪い消し…とでもいうのか? そういう類のできる知り合いはいないのか?」
 よっちゃんの問いかけにあべっちは首を横に振る。「残念ながら」とあべっちは続けた。
「おれの父親ならいるかもしれないが…おれ自身には、いない」
「じゃあ、その父親に聞いて…」
 よっちゃんの言葉は、あべっちの出した手に遮られた。
「ヤツは今、修行中だ。どこにいるかわからない。連絡がつかないんだ」
 …しばらくの、沈黙がながれた。

「修行ッ?!」
「「「?!」」」
 その沈黙をやぶったのは、誰でもないトシだった…って…。

「なんでお前がここにいるんだっ?!」
 よっちゃんは驚きの声をあげる。
 …っていうか…あたしも、かなりビックリした…。
 思わず肩がビクッてなったよ…!
「ところで俊一、部活に行ったんじゃなかったのか?」
 あべっちが冷静にツッコんで、
「むしろいつからいた?」
 落ち着きを取り戻したらしいよっちゃんもまた切り返す。
「そんな質問攻めにするなよ〜…って、ユウは?」
 質問に答えないまま、トシはユウの席を見つめて言った。
「あ…ユウは、帰るの早いよ? ホームルームが終わったらスグ帰ってる」
 あたしがトシの問いかけに答えると「ずっとなのか?」と言いながらもトシはユウの席に腰を下ろした。
 あ、ちなみに。ユウの席は名簿番号順であべっちの隣なんだ。
 「うん」と頷くあたしの目に何か、微妙な…ちょっと険しい表情をしているあべっちが見えた。
「? どしたの、あべっち?」
 思わず問いかけたあたしに「いや、なんでもない」とあべっちは『なんでもないわけじゃない』みたいな顔をして応じる。
 ――あたしはとりあえず、聞き返さないことにする。
 誰にだって一つや二つや三つ、訊かれたくないことがあるだろうしね。
 …ユウが早く帰るからって、あべっちが表情を険しくする理由なんて思いつかないけど。
 それはさておき。
「ところでトシ、部活は?」
「ん? あぁ、休み」
「自主的に、か?」
 よっちゃんは一度メガネを上げてから続ける。トシは「先生いないし」と返した。
 ってことは…サボリって肯定しちゃってるよ。
「ところで。李花の夢は呪いかもしれなくて、その呪いをやってるヤツを止めさせるのがいいって話なんだろ?」
「…その話をしていた頃にはもういたんだな」
 あべっちの言葉にトシはニッと笑った。
「3人して俺のコト無視してくれちゃうからさ。ちょっと寂しかったぜ、俺」
「無視してないよ。気付いてなかっただけで」
 あたしがそう言うとトシは「それはそれで余計に寂しさが増すぞ」と笑った。

・ ・ ・

「じゃあ、な」
 昇降口を出て、よっちゃんは言った。
 あたしは手を振りながら「うん、今日はありがとね」と返す。
 あたしだけ帰る方向が違うんだよね。
 みんなは表門…南口からでていくんだけど、あたしは裏門…東口から出たほうが遠回りにならないんだ。
 あ、そういえばトシも東口から帰るや。
 なんだかんだで部活に行ったから、今日も一人だけど。
「李花。家に帰ったら確認、だぞ」
 靴を履き替えたあべっちがあたしに言う。
「あ…うん」
 何を確認か、というと…。
 なんか、『じゅそ』をするには『よりしろ』っていうのが必要なんだって。
 その『よりしろ』は大抵お札…紙、らしいんだけど。
 それが家のどこか…もしかしたらあたしの部屋にあるかもしれないから、って。
 それを見つけたら外したほうがいいみたい。
「あべっちも、ありがとね」
 あたしの言葉に、あべっちは首を横に振る。

 風がふいた。

「今夜は…夢を見ないといいな」
 …なぜか、この学園の入学式のことを思い出した。
 あべっちの髪がなびいた――そのせい、かな。
 …あべっちと初めて会った日のことを、思い出した。
「うん」
 なんか、初めて会ったときより…美人さんってのは相変わらずなんだけど、なんとなく格好よくなったよね、あべっち。
「じゃ、また明日」

 少し紫がかった薄い青い空。
 雲の向こうに見え隠れする夕日。
 一人、夕暮れの道を歩く。

(あべっちだけじゃなくて…みんな、変わったな)
 ふと、そんなことを思う。
 小学校のときから友達――親友のトシとよっちゃんも、背が伸びたし。
(今どの位だったっけ? 確か…170チョイとか言ってたっけ?)
 あたしは…149センチだったかな。
(せめて150センチにはなりたいな〜)

「やめてよ…ちょっと」
(カップルかなぁ。…青春だね)
 あたしの前に歩いている二人が、立ち止まって、何か話している。
 あたしはその二人の横を通りすぎた。
「いい加減にしてよねっ」
(…おや? ケンカ?)
 今度は後ろからそんな声がした。でもとりあえず、歩き続ける。
 ――だけど…さすがに。
「いたーいっ!!!」
 その声には、足を止めて、振り返った。
 あたしの目に、女の子の髪をひっぱる男の子の姿が映る。

「…っ! ちょっと!」
 あたしは、その二人の元に戻った。
 制服は、箕浦学園の制服…中学校の制服だ。
「女の子をいじめるのは最低な男の条件だよっ!!!」
 …って…大きい! 170センチは絶対ある!
 ――って、ひるんじゃダメだ! あたしは男の子の、女の子の肩をつかんでいる左腕にしがみついた。女の子の肩から、その手を外す。

「うるせぇっ!!!」
 …え?
 自分の体が、男の子の腕から離れた。

 それが、わかった。

 
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