藤崎が帰ると、いるかいないかわからないが…おれは松井と俊一の教室である3組を覗いた。
「おぅ、阿部」
…いた。ちなみに二人とも、だ。
「俊一、部活はいいのか」
…とは言っても、伝えたいことがあるからいてくれて助かったが。
おれは、3組に入る。
「ん? 今日は休もうかな、と」
俊一は笑って応じた。
いいのか? …昨日も言ってなかったか? と思ったが「そうか」と言う。そしておれは話を切り出した。
「今日、クラスの女子から妙な話を聞いた」
「妙な?」
松井は怪訝そうな顔をしつつ、指を組む。
「李花と関わりあるかもしれない…夢のことだ」
二人の目が変わった…ように、見えた。
「どんな話だ?」
おれは山本から聞いたことを簡単に二人に告げる。
『コワイ夢、見てるらしいね。最近、ずっと』
山本はそう言ってから、情報を寄越した。
紙に名前を書いておいておくと、恐ろしい夢を見せることができる――そんな場所があるのだと。
すると二人は顔を見合わせ…
「「胡散臭い…」」
そう、応じた。
「胡散臭い…まぁ、確かにそうだが」
それでいけば…まぁ、家の徐霊も『胡散臭い』部類に入るだろう。
――霊は存在していて…『徐霊』という仕事も成り立っている。
時代錯誤かもしれないが、呪詛もまた、生きている文化だ。
「全く検討がつかないより、いいじゃないか」
「そりゃまあ、そうか」
俊一はふむ、と頷いた。
松井は何か、考えるような様子だ。
「今日、李花の見舞いに行こうと思ってんだけどさ、阿部はどうするよ?」
突如、俊一は言った。
「…え?」
「だから」と俊一は言う。
「李花、いきなり休んだだろ? だからヨシと見舞いに行こうかと」
見舞い…。しかし…
「…寝ていたら悪いような気がするが…」
「あ〜、それもそうか」
俊一はそう言いながらも「部活休めるかと思ったんだけどなぁ」と宙を見上げる。
…李花を、部活の休む理由にするつもりだったのか…。
「どうせ明日、明後日と二連休なんだ。きちんと休んだほうがいいと思う」
――本音を言えば、李花の様子を見に行きたいのは山々だが…。
「なぁ、阿部」
それまで考え込んでいたように見えた松井が口を開いた。
「なんだ?」と応じると、松井は軽く自身のこめかみを叩きつつ、続ける。
「その話をしてきたのは…昼休みに行ったときの、女子か?」
「そうだが」
頷くと、松井は俊一を一瞥した。
「俊一、お前昼休みに『李花が夢で苦しんでる』なんて言ったか?」
話をふられた俊一は一瞬「へ?」と瞳を丸くした。次の瞬間には松井の疑問に応じ「いや、言ってないはずだけど」と言う。
…確かに俊一は『李花が夢で苦しんでる』とは言ってなかったと思ったが…。
何を言いたいのだろう、松井は。
「…だよな。確か…阿部にしたって「李花が夢を見た」ぐらいしか言わなかったよな?」
確認するように言われて、おれもまた「そうだな」と頷く。
『和泉サン、突然大声出してすっごいビックリした!』
確か金重がそう言って…。
『アレ、なんだったの?』
平松がそう言って、おれは『夢を見たらしい』と応じた。
「…俊一も阿部も…それにオレも、『李花が夢のことで苦しんでる』なんてことは言わなかった」
如月も言ってなかったはずだ、と付け足しつつ松井は目を細めた。
松井の言葉はその通りで、けれど続く言葉がわからず、思わず注視する。
そして――
「じゃあ、どうしてさっきの女子が『李花が長い間恐い夢を見ている』と知っていたんだ?」
…そんな松井の言葉に、おれは息を呑んだ。…呑んでしまった。
『コワイ夢、見てるらしいね。最近、ずっと』
山本は、そう言った。
李花がここ最近…ずっと、恐い夢を見ていると…確認するように言った。
山本自身が、知っていたかのように。
「――そういえば、そうだな…」
俊一もそう、答える。
おれと俊一とを見た松井はこめかみを叩いていた指をゆっくりと外した。
「李花は…アイツは、女友達は藤崎くらいしかいないはずだ。昨日…やっとオレ達に言ったことを、昨日より前の日に他のヤツに話すとは思えない」
「まぁ、家族には言ったかもしれないが」と松井は付け加える。
「ついでに…藤崎もあえて他人の悩み事バラまくようなヤツだとは思えない」
松井の意見には同感だった。
藤崎は、敢えて話を広げるような性格だとは思えない。
「李花って変なトコロで我慢強いっつーか、なんつーかだからなぁ…」
俊一は腕を伸ばしながら言った。
…そういえば、松井が悪霊に憑かれていた時――李花は、松井の態度について悩みながら、しばらく抱え込んでいたな、と思った。
他にも思い当たるフシがあって、俊一の言葉に思わず頷いてしまう。
頷いたおれに「だよなぁ」と苦笑して、「そういえば」と俊一は松井に視線を向けた。
「昨日の放課後、李花が俺等に話したじゃん。あの時、盗み聞きでもしてたんじゃねーの?」
(あぁ、その可能性があるか)
盗み聞きとは、あまりいい趣味ではないな、と思う。
松井は「…昨日、夢の話はしたが…」と、呟きをもらした。
どこかでそんな松井の声を聞きながら…思った。
(…ちょっと待て――昨日…)
「――昨日、その女子はいたか?」
おれが思ったことと同じことを、松井は言葉にした。
「…少なくとも、俺が入り込んだときにはいなかったな」
俊一は言うと、松井の視線がおれへと向けられる。
「――おれも、あの4人がいた記憶はない」
放課後…李花が夢の話を打ち明けた時にいたのは李花、藤崎、松井とおれ。
そして藤崎が帰った後…呪詛の可能性があるとおれが言った時にいたのは、李花と松井…と、不意打ちで俊一。
松井は小さく頷き、言葉を続ける。
「昨日、いなかった…そして、今日は『李花が恐い夢を見ている』なんて一言も言ってない…なのになぜ、李花が夢で苦しんでいると知っている?」
おれと松井は顔を見合わせる。
『誰かに頼むとね、コワイ夢を見せてくれるんだって』
山本は笑った。――笑って、続けた。
『紙に名前を書いて、置いておくとコワイ夢を見させることができるんだって』
…それをやったのは…紙に、李花の名を書いて、悪夢を見せるようにしたのは…
「アイツ…か?」
ギリリ、と奥歯を噛む。
「可能性は高いように思える」
松井はそう言って、瞳を閉じた。
――と…
「俺も仲間に入れてくれ」
おれの視線の先に顔を割り込ませ、俊一は言った。
「――…」
空気を読め、俊一…。
おれはそう、思った…。