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4、不本意な外出−ⅰ

 結局昨日は李花の見舞いには行かず…一夜明けて、現在に至る。

 昼食を取り、特にやることもなく、窓の外を見つめる。
(雨…か)
 とうとう梅雨入りなのか、今朝方から雨が降り始めた。
 李花は夢にうなされることはなかっただろうか…と考える。
 ふと、視界の隅に電話が入った。
 電話をしてみようか、とも思ったが…おれは、電話をすることが苦手だ。
 ちなみにかかってくることも苦手だ。顔を見ないで話すという行為ことがどうも…。
 ――そう、考えていたとき。
 プルルルルル プルルルルル プルルル…
 電話が、鳴った。
「……」
 今、この部屋には誰もいない。――即ち、電話にでるのはおれしかいない。
(まさか、李花か?)
 そんな考えが頭の隅を掠めたが、「まさかな」という呟きとともに消える。
「…はい」
 6度目の呼び出し音が鳴り始めて、おれは受話器を手にした。

『…あっ、もしもしっ。あたし、山本ですけどぉ』

 ――山本?
 聞き覚えのある名前だ…と、そうか。
 クラスメイトだ。――そう考えた後、「そういえば」という思いが頭の中に巡った。昨日のことが思い出される。
『阿部君…じゃないや。正明君いますかぁ?』
 呑気とも思える、電話越しの山本の声。
 昨日…松井の言葉から導き出された一つの予測。
(――李花に逆恨みをしているヤツかもしれないんだったな…)
 そんなことを思ったせいか、自分でもわかるほど声の調子が下がった。
「おれだが」
『あ、阿部君? やっほー』
 クスクス、と向こうの方で声が聞こえる。
 …山本以外にも近くにいるんだろうか。
 もしかして金重とかか…?
「どうした」
『なぁんか阿部君、機嫌悪そぉ〜。何? もしかしてお昼寝でもしてた?』
 そんな山本の声に続き笑い、声が耳に届く。
 …機嫌が悪いように聞こえるのは、実際悪いからだ。
「してない」
 相変わらず、自覚できる程におれの声は低い。
『え? そう?』
 なーんだ、と山本は続けた。
「で、どうした?」
 用件があるならさっさと言え、と…それは言わなかったが。ともかく、山本の言葉を促す。
『え? あ、そうそう。昨日の話の続き〜』
「…昨日の話の続き?」
 時折雑音が入って山本の声が聞き取りづらい。…携帯電話からでもかけているのだろうか。
 おれの言葉に『うん、そぉ』と応じた山本に確認のため「夢のことか?」と問い返した。
『ぴんぽーん。大当りぃ〜』
(…いいからさっさと話を進めてくれ)
 ため息が漏れそうになるのを、どうにかこらえる。
「――で? 何がわかったんだ?」
『うん、あのね、噂のトコロ見つけたんだ』

(噂の所…)
 おれは自分の中で山本の言葉を繰り返す。
 『噂の所』が何を示すか思い至った。
 ――紙に名前を書いて置いておけば恐ろしい夢を見せらるようになるという…場所か?
「…そうか」

 松井やおれの予測した通りであったとして…山本達が逆恨みをして、李花に悪夢を見せるように頼んだ犯人なら、山本の言葉通り『今日見つけた』ということはないだろう。
 だが…もし、山本達が実際今日その場所を見つけてくれてのなら…感謝しなくてはならない。

「ところで――」
 ――これはいっそのこと、はっきり訊いてしまったほうが早々に決着がつくか。
 そう思い「李花に悪夢を見せるよう頼んだのは山本か」と。…問いかけようとしたのだが…。
『でね! 明日阿部君も一緒に行ってみない?』
 山本はおれの言葉を遮り、そう言った。
 「…え?」と、間の抜けた反応しか返すことができない。
『だって今日は雨だしぃ。明日は晴れるっていうし』
 …おい。
『ってことでさ、明日、大東駅南口に集合ね
 …おい。
『あ、よかったら如月君とかも誘って一緒に行こうよ〜』
 …ちょっと…ちょっと、待て。
『じゃ、10時集合で。遅れないでね』
 その後に、笑い声が続く。

「やまも…」
 ブツン。
 ――電話が、切れた。

「――…」
 そしておれは、言葉を失った…。
(…なんだったんだ…)
 と、いうか…明日は行かねばならないのか?
 どうやってこの家の電話番号を知ったんだ? 
 ――疑問は尽きない。
(…あぁ、如月に声をかけなきゃならないのか?)
 …ともかく…。
(明日には、全て…とはいかなくとも、何かがわかる…か)
 ゆっくりと…瞳を閉じた。

・ ・ ・

 昨日の夜まで降っていた雨は止み、雲はあるものの、晴れた。
 時計を見てみると…10時10分前だった。
(少し早めに着いてしまったか…)

「…おや? 阿部、か?」
 そんな声が、背後から聞こえる。
 振り返った。…そこには。
「やっぱ阿部じゃん。うぃっす。なんだ? 彼女とデートか?」
「俊一…」
 俊一と、松井がいた。
「そうか、阿部には彼女がいたのか。知らなかったな」
 にやにや笑いつつ言う俊一に「そんなものはいない」と応じる。
 「そりゃ残念」と俊一は言った。「李花に言おうと思ったのに」と松井が続ける。
 ふざけているらしい二人に思わずため息を吐いた。
「…あぁ。二人は、暇か?」
 最終的に誰にも…というか、如月に…声をかけず、一人で来たおれだ。
(二人が暇だというなら巻き込んでしまおう)
 思いつきのまま、二人に問いかける。

「なんで? そういう阿部は結局なんなんだ?」
 首を傾げる俊一に「昨日、山本に呼び出されたんだ」と端的に応じる。
「…リンチ?」
 俊一の言葉に「それはないだろう」と松井は切り返す。
「昨日…」

 
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