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4、不本意な外出−ⅱ

 おれは、山本から『紙に名前を書いて置けば恐い夢を見せられるようになる』という場所がわかったと連絡を受けた、と二人に告げた。
「…ほぅ」
 松井は手を口元にあてる。
「それはぜひとも、ついて行きたいな」
 俊一はそう言う。…いつも飄々としているように思える俊一だが、今は真剣そのものと思えた。
「そうか。じゃあ、一緒に行くか?」
 「おう」と俊一は言い、松井は頷いた。
 時計を見る。…10時まで、あと2分。
 ――あと1分。
 …10時…。

「いたぁ!」
 声が、聞こえた。…この声は、山本のものだ。振り返る。
「もしかして、待った? ごめんねぇ」
 山本の他には金重、原屋、平松がいた。
 如月はどうした、と言われたが「声をかけていない」と応じる。
 「残念〜」と肩をすくめる山本に意識せずため息が漏れた。

「さて、早速案内してもらおうか?」
 おれはさっさと話を進めたいと思い、そう言う。…だが。
「え、どうせだからお茶してからにしない?」
 金重はそう提案してきた。
「あ、いいねぇ。お茶! アソコに入って話そうよ」
 山本は駅前のファミリーレストランを指差しながら、続ける。
 おれは思わず二人…俊一と松井に視線を向けた。
「お茶しながら、話すよ。昨日言ったコト」
 そんなおれの様子に気づいたのか、山本はそう言って笑った。
 その言葉におれは、どうにか頷く。さっさと話をつけてしまいたいと思う。――心から。
「じゃ、行こう
 おれは山本に引きずられるようにしてファミリーレストランに足を踏み入れた。

・ ・ ・

「おいしそぉ」
「あたし、パフェ頼んじゃおっかな」
「私はケーキセット!」
「迷う〜」
「……」
 一向に、話が始まりそうにない…。もう、店内に入って30分は経ったように思える…しかし、時計を見ればまだ、10分程度しか経っていなかった。
「阿部君はもう、決まったぁ?」
 正面に座った山本はそう、おれに問いかけた。
「アイスコーヒー…」
「早いねぇ」
 …そうか? と、いうよりも長居するつもりがないからさっさと決めてもらいたいのだが…。
「松井君と古谷君は?」
 金重の問いかけに二人はそれぞれ応じる。
 …注文するものが決まったのはそれからもう10分経ってからだった。
 店員に注文し、やっと本題に…と、思うのに…。

「ねぇねぇ、もうテスト勉強始めてる?」
「ぜーんぜんだよぉ。でも、もう少しで、だよねぇ」
 …注文したものが全て来ても、話は始まらない。

「ね、阿部君は甘いもの好きじゃないの?」
「松井君が紅茶っていうのがちょっと意外!」
「古谷君がコーラなのは予想通り! って感じだよね〜」
 ――やはり、本題に入らない…。

「なぁ、そろそろ…」
 教えてくれないか、と。おれは口を開いた。
 このまま何も言わずにいたら結局何の話も聞けずに一日が終わってしまいそうだ。
 ――だが、おれの言葉に山本は…。

「そんなこと後でいいじゃん」
 今はおしゃべりしようよ〜…と、そう言った。
「……――」
(そんなこと?)
 おれの中で、その言葉が残る。

『そんなこと』

 ――友人が…クラスメイトが…李花が苦しんでいることが、山本にとって『そんなこと』ですむのか?
「ちょっと訊いていいか?」
 松井は口を開く。
「え、なぁに?」
 平松は応じた。
 松井は一度咳払いをする。…眼鏡を直した。
「この間、オレ達の話が聞こえてたんだろう?」
 突発的な問いかけに、4人がおしゃべりをいったん止めた。
「え? この間…って?」
 まずは原屋は松井の問いかけに首を傾げる。
「金曜日…あぁ、金曜日の昼休み、か」
「あ…うん、そう」
 山本は頷いた。
「どんな話してたっけ?」
 頷いた山本に対して俊一はそう、誰にでもなく問いかけた。
「和泉さんがコワイ夢見てるっていう話でしょ?」
 当然のように、金重が応じる。

「ビンゴ!!」
 突然、俊一は言った。

「へ? …何が?」
 金重、原屋、平松…そして、山本がそれぞれ顔をあわせた。
 わけがわからない…と言わんばかりの4人に松井はゆっくりと告げる。…双方の瞳に怒りを潜ませて。

「李花がオレ達に『恐い夢を見ている』と言ったのは木曜日の放課後。…その時教室に女子は李花と藤崎しかいなかった」

「――え?」
 平松は言った。何を言いたいのかわからない、というような雰囲気だ。
「それで、あんた達は『金曜日の昼』に、オレ達が『李花がコワイ夢を見ている』という話をしていたのが聞こえたんだろう?」
 淡々と松井は告げる。
「そ…そう…だけど…」
 金重が同意を示す。…4人の表情は困惑したものだ。
「…オレは、記憶力はいいほうだ」
 松井は続けた。

「金曜日、オレ達は確かに『李花の話』をしていただが、『李花が恐い夢を見ている』…なんて話はしていない!」

 あ、と誰かが声をもらした。
 ソワソワと、4人の落ち着きがなくなる。
「それなのに、どうして知っている? どうして李花が、恐い夢を見たと…最近まで見ていると、知っている?」
「そ・れ・は」
 俊一はコーラを飲むと言った。
「李花がこえー夢を見ることを知ってたからでーす」
 「つまり」と俊一は真顔になった。――こんな表情は、滅多に見たことがない。

「あんた等が…あんた等の中の誰かが、李花にこえー夢を見せるように頼んだんだろう?」

 しん、となった。――おれ達の周りだけ。
 他の客の声と、店内の流れる曲、店員の声…。
 それが、どこか遠いように思えた。
「ち…違う…違うよ。あたしは…」
 山本はぼそぼそと言った。
「違うならもっとハッキリ言えるはずだし、俺達の目を見て言えるはずだ」
 俊一は言った。――淡々と。
「……」
 再度、沈黙が訪れる。
「ご…ごめんな…さい…」
 誰かが、言った。――小さな声で。
「あの…和泉さんの名前書いて…置いたの、私達、です…」
 金重の言葉に、「愛子っ!!」と、山本が声を荒げた。
 おれは、正面の山本をじっと見つめる。…山本は気まずそうに、おれの視線から外れようとした。
「で…でも!」
 平松は一度声を荒げ、次の瞬間には声を潜めた。「まさか本当になるとは思わなかったんです…」と小さく続けた。
「そう…そうなの! まさか、本当にコワイ夢を見るなんて…見続けるなんて思わなかったの!」
 山本は言った。…いっそ、喚いた、と言えるかもしれない。
「ごめんなさい…本当に、ごめんな…さ…」
 原屋は顔をうつむかせながら、言った。

「オレ達に言ってもしょうがないだろう?」

 松井はスッパリと言った。…同感だ。
「う…。わ、悪気があったわけじゃ…」
 まさか本当に見るようになるなんて思わなかったし…。と、山本はほざいた。
 おれは思わず、テーブルを叩く。4人がビクリとしたのが、見て取れた。
「………」
 この感情を、なんと言うのだろう。
 怒り? 苛立ち?
 …ともかく、頭が――脳が、熱くなるような感覚がする。

「本当になるとは思わなかった、悪気がなかったからといって…悪意がなかったわけじゃないだろう!!」
 視界の隅で、誰かが涙目になっているのが見えた。
 泣いたところで許せるようなことではない。
「悪意も悪気も似たようなもんだ、阿部」
 ――…松井…。
 松井の一言に、おれの高ぶった感情が、冷める。
「…つまり、『悪気がなかった』わけじゃないんだな、あんた達は」
 松井は一度眼鏡を直した。俊一は続ける。
「…というか、他人にそんなことやってみよう、と考える時点で『悪気がなかった』なんて言えねーと思うぞ?」
 で? と俊一は視線をゆっくりと4人へ向ける。
「もちろん、やめるように言うんだよな? ってか、“やめる”って言うトコロ見なきゃ、帰す気もねぇけど」
 俊一の眼光は鋭い。
「――当然、直接言いに行くんだろうな? …案内してくれるんだろう?」
 おれは告げた。反応は、ない。――固まっている、と言うべきか。
「行くならさっさと行こうぜ。…ほら、おいしそぉなヤツ頼んだんだろう?」
 「食えばいいじゃないか」と、俊一は言いつつ、コーラを口にした。
 しばらくして…やっと、4人は食べ始める。
 ひどく、食べづらそうに。

 
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