4人が示した場所は、なかなか栄えているらしく結構な人数の名前の書いた紙があった。
山本達は、場所だけ案内するとさっさと逃げ出す。
――追うことはしなかった。
どうせまた、明日には学校で会う。…詫びて済む話でもないが、李花への謝罪はその時というものだろう。
俊一と松井としばらく様子を眺めていたら…そこに、一人の男が現れた。
後ろ姿で見ただけだが、おれとさほど変わらない年頃に見える男が名前を書いた紙を回収を始めたのだ。
「あんたが、頼めば悪夢を見せてくれるって人か?」
依頼をしたのが山本達だったとしても――実際、李花に悪夢を見せたのはコイツなのか。
そう思うと、問いかける声が意識せず低いものとなった。
「…は? 僕、ただ張り紙剥がしをしてるだけだよ?」
ソイツは振り返る。
――妙な間が辺りに流れた。
おれの目は…ソイツに釘付けになる。ソイツも…おれを見つめる。
「――…正明…か?!」
その呼びかけに、おれは記憶を探った。
この、呼び方――というか、声…というか…。
――というか、この顔――コイツ、は…。
「…葉…?」
思わずこぼれた呟きは、妙に間の抜けたもののように思えた。
俊一と松井が「え?」と声を上げていたのだが、おれは気付けないまま呆然と相手を見てしまう。
「そーだよ! え? なんで? 久々じゃん! っつーか、引っ越してきたのか?」
喜色満面…とでも言えばいいのか。
「…いや…引っ越してきた…のはもう、4年程前になるが…」
その表情というか…葉の存在におれは驚いて言葉が途切れ途切れになってしまう。
「相変わらずキレーな顔してんな♪」
「――…」
ウキウキしている…と言えるであろう葉の様子と言葉に、おれは葉の襟元をしっかりと掴んだ。
「アハハハハ。見た目によらず荒っぽいところも健在、だな」
おれが襟を掴んだところで別段動じる様子はない。
むしろヘラヘラしたまま、変わりない。
そして…
「悪夢見せる依頼、正明のだったら優先して、即行にやってやるぜ?」
…そう、自分から言った。
――自身が、悪夢を見せる当人だと。
李花の眠りを妨げる犯人だと!!
「…ふざけるな!!!」
おれは襟元を放さず、言う。…むしろ、怒鳴る。
キョトンとした顔で、葉はおれを見つめた。
「お前のせいでな…おれの友人が辛い思いをしてるんだ! さっさとやめろ!!」
「ありゃりゃ…?」
このすっとぼけ男――葉…木城葉は…おれの母の弟――おれの叔父…なのだった…。
「「ありゃりゃ?」…じゃない!!! さっさとやめろ!!」
葉にぐだぐだ言わせず、おれは李花への呪詛を取り消させ、他の相手の呪詛も辞めろと言い聞かせる。
しぶしぶながらも葉は李花の呪詛を取り消した。
…呪詛の反りはどこへ向かうか――聞かなかったが。
しかし…これでもう、李花が悪夢に悩まされることはない。
「…そもそもなんでこんな所で、こんな商売をしているんだ!」
呪詛を取り消しをした後おれはまた、葉の襟首をつかむ。
「不況の波♪ に呑まれてな」
「語尾に妙なモノを付けてて信用できるか!!」
おれが半ば吼えたところでへらへらと楽しげに笑う葉。
…苛立つ。
「しかも…これで金を取ってるわけじゃないんだろ? 不況の波に呑まれたヤツがどうして無料奉仕なんかしてるんだ?!」
ぎりぎりと…大分手の力がこもっているんだが葉は相変わらずへらへらしたままだ。
「浪漫…男は浪漫さ…」
「わけのわからないことを言うな!」
「正明はマジメだねぇ。僕、感心するよ」
両手を胸の前に組んで、葉は呟く。
やや、頭痛がする。
…もしかしたら気のせいかもしれないが。
(…そうか…)
今更、今更…だが…どうして如月が不得手か、わかった。
――葉と同類だからか…。
「正明クン、ところで『友人』の李花チャンなる人物はどんな娘だい?」
うふふふふ〜…と、妙な笑いをしつつ葉はおれの肩に腕をのせる。
「ねぇねぇねぇ。教えて、正明クン♡」
にやにやと妙な笑みを見せたままの葉におれは深く息を吐いた。
「……――」
しかし…というかなんというか。おれは葉の弱点を知っている。
「…母さんに報告するぞ…?」
次の瞬間。ピタリ、と葉の動きが止まった。
現在木城…母の実家から自主的に勘当している葉は、おれの母親には頭が上がらないらしい。
――まぁ、理由は知らないが…。
「え? 正明、それはチョット…」
急にしおらしい態度になった葉におれは再び息を吐く。
「だったらもう、この商売はするな。…というか、代金がないなら『商売』じゃないだろう? もう、遊びで呪詛をするのはやめろ」
「そ…」
「わかったな」
葉が何かを言おうとする前に、おれは言い切った。
「…はぁい…」
一応肯定する葉にもう一度ため息を吐く。
おれを恨めしいような目で見る葉に気付いてはいたが、何も言わない。
視線を外すと、小さな呟きが届いた。
「…かずらに似た顔で言うんだモンなぁ…」
おれはそれを聞かなかったふりをする。
…一応とはいえ――葉がおれの言葉を聞くのは『顔が、母親に似ているから』なのだと、親戚から聞いたことがあった。
…ちなみに葉は外見年齢としてはせいぜい20歳前後に見えるが――実際は、すでに30に手が届いている年である。
・ ・ ・
「…しかし、驚いたな…」
松井はポツリと呟いた。
おれは、応じない。何がだ、とは言わない。
「俺も。驚いた」
俊一がチラリとこちらを見たのがわかった。…だが、素知らぬふりをする。
「「まさか…」」
…ちなみにおれは、二人――もちろん、松井と俊一だ――に挟まれて歩いている…というより、連行されている…。
「悪夢見せるヤツが、阿部の知り合いとは…」
「しかもあの感じだとかなり親しいと見た」
二人はそれぞれ言い合う。
まだ、葉がおれの叔父だとは告げていない。…言わずにすむのなら、言いたくない。
…二人の視線を感じる。
二人は、おれが葉と話している…というか、言い聞かせる、と言うべきか…間、全く口を挟んでこなかった。
――いや、おれが挟む余裕を持たせなかったのかもしれないが。
「――まぁ、いい。追い追い教えてもらいましょ?」
ニヤリ、と俊一は笑みを浮かべた。
…そういえば。
女子4人の李花への呪詛を頼んだ理由が…下らない。
と、いうより…意味がわからなかった。
場所だけ案内させて、なんで李花に対して悪夢を見させるような真似をしたのか、と問い詰めた。…すると。
『藤崎さんならともかく、和泉さんが阿部君達と仲がいいのが許せなかった』
…らしいのだが。さっぱりわからない。そんなことの、どこが理由になるんだ?
『藤崎さんは美人だけど――和泉さんは普通でしょ! 可愛くもなんともない!』
『どうして和泉さんが阿部君達にひっついてるの?!』
…逆ギレ状態…というヤツだろうか。
だが、それは大きな誤解だ。
『李花がおれ達にひっついてるわけじゃない』
おれの言葉に、松井も俊一も頷く。
『――勝手で妙な言いがかりをつけるな』
松井の低い声は底冷えするような声音。
『俺等が、李花の傍にいるんだ。…あんた等に文句を言われる筋合いはない』
言い切った俊一に、何故か4人が目を丸くして――逃げ出した。
・ ・ ・
「…これからどうする?」
松井は言った。
女子4人の言葉を思い出していたおれはハッとし、二人に問いかける。
「そういえば、付き合ってもらって悪かったな。本当の用事はなんだったんだ?」
「適当にブラブラ…兼、買い物」
と、俊一は応じた。
「買い物…か」
呟くと俊一は「ん〜?」とおれの顔を覗きこんだ。
「なんの買い物? とか訊かないのか?」
俊一の問いかけにおれは思わず首を傾げる。
「なんだ? 訊いてほしいのか?」
「…むしろ、思いつかないのか?」
(…思いつく?)
何を、と。おれは考える。
(買い物…買い物…)
「おいおい、本当に思いつかないのか?」
「『友情』が薄いんだな」
松井は笑みを浮かべた。…どこか、いたずらっぽい笑みだ。
――妙に『友情』という言葉を強調する。
「まぁ、いいか。俺等は抜駆けしとこう」
楽しげに、俊一は笑った。松井も楽しげに笑う。
(抜駆け?)
「で、買い物のあとに李花の家に行くつもりだけど、阿部はどうするよ?」
「…当然…」
行く、と続けようとして、――やっとわかった。
『買い物』、『友情』…そして『抜駆け』。
――やっと、わかった。
今日は、6月3日。…李花の誕生日。
『買い物』は…李花の誕生日プレゼントか。
『友情』は…おれが葉に李花を『友人』と言ったから。
『抜駆け』は…。
「…当然、買い物も付き合おう」
「あ、そう?」
俊一と松井は笑った。――おれも、笑う。
李花が夢に苦しむことは、ない。――もう、ない。
ついでに折しも今日は李花の誕生日だ。
めでたいことが2つも重なった。
…いいことだ。
・ ・ ・
昼食を食べ、買い物もすんだ。
初めて、李花の家に訪問する。
俊一は、インターフォンを押した。
ピンポーンという音が、耳に届く。
「…はーい」
家の中から、声が聞こえた。
――この、声は…。
「どな…」
玄関が開くと同時に、李花の顔がのぞく。
「?! えぇっ?!」
そして、驚きの声をあげた。
李花だ、と確認が取れた途端、俊一と松井…それからおれは、顔を見合わせた。
「「「ハッピーバースディ」」」
言葉を贈る。
…しばしの沈黙が、あった。
「――ありがとう!」
李花の顔が、驚きからの表情から、笑顔に変わった。