…あべっちは言った。もう、あたしがあの夢を見ることはないと。
もう、安心して眠っていいと。
・ ・ ・
突然やって来た、あべっち、トシ、よっちゃん。そして…。
「――あら?」
「…なぜに藤崎?」
真純ちゃん! お見舞いに来てくれたんだ。
あたしはこの間…木曜日、か。
木曜日に、男の子と女の子のケンカ…というか、男の子が一方的に女の子を殴ろうとしてたから止めようとして…男の子にしがみついたんだけど、その男の子に振りほどかれちゃったんだよねぇ。
しかも着地に失敗して、お尻から落ちればよかったのに背中から落ちちゃって…ついでに頭を結構勢いよくぶつけちゃって。
で、金曜日は病院に行ったから。箕浦学園に入ってから初めて休んじゃいました…。(中学は1日も休まなかったから)あぁ、皆勤賞が…。
「今日は誕生日だったしね…」
李花も心配だったし、と真純ちゃんは言ってくれた。
そう。今日、6月3日はあたしの誕生日! 覚えててくれて嬉しかったな。
真純ちゃんはあたしに、前から欲しかったCDアルバムをくれた。
嬉しかったな〜。――何よりも、真純ちゃんからもらえたことが嬉しかった!
女の子からプレゼントを貰うのなんて初めてだよ。
というか、あたしの部屋の人数が5人!
ちょっと苦しい感じがする。一応皆座れてるけど、あたしの部屋、特別広いわけじゃないし。
さっきまではあたしも真純ちゃんと一緒に床に座ってたんだけど、今はあたしとトシがベッドに座って、真純ちゃんとあべっちとよっちゃんが床に座っている状態。
コンコン――と、ドアがノックされた。
「はーい」
あたしが返事をして、皆がドアの方に注目する。
そして、ドアの向こうから顔を出したのは…
「…李花」
「かえちゃん」
――だった。
かえちゃんはあたしのお兄ちゃんで、長男。美術大学に通ってるんだ。
真純ちゃんには紹介したけど、あべっちには紹介してなかったから簡単に紹介する。
あべっちが「お邪魔しています」と言うとかえちゃんは「いらっしゃい」と静かに答える。
「客が来たようだったから…茶を、持ってきたんだが…」
そう言いながら、あべっちとトシとよっちゃんの顔を見た。
「トシとヨシだったのか…2つ余計だったな…」
「ひでーや、楓ちん」
トシとよっちゃんは小学校の時からの付き合いだから、かえちゃんもトシもよっちゃんも、お互いの事をわかっている。
トシの言葉にかえちゃんは「…ちん?」とボソリともらす。それを、あたしは聞き逃さなかった。
「こちらは?」
続いて、かえちゃんの後ろから同じ顔がのぞく。
「あ、ハナちゃん」
もう一人はハナちゃん。本当は『椛』って名前なんだけど…小さいときから『ハナちゃん』って呼んでる。漢字に『花』っていう字があるから、かな?
ハナちゃんもあたしのお兄ちゃんだ。問いかけに「えーっと。あべっち」と紹介する。
トシとよっちゃんは、かえちゃんと一緒で顔見知りだし、真純ちゃんはもう紹介したから。
「そうか。あべっちか」
ハナちゃんはそう言ってにっこりと微笑んだ。…接客スマイル!
ハナちゃんは洋服屋さんの店員さんなんだ。今日はオヤスミをとったんだって。
「初めまして。ゆっくりしていってくださいね」
あべっちは「はい」と答えながら、少し困っている様子。
…ハナちゃんのニコニコっぷりのせいかなぁ?
かえちゃんは机にお茶を置いてくれていた。あたしが「ありがとう」と言うとかえちゃんは少しだけ笑顔を浮かべる。
トシもかえちゃんに「どーも」って言うと、ハナちゃんに視線を向けた。
「え? 俺等もいいの?」
「男はとっとと帰れ」
トシの言葉に、ハナちゃんは瞬時に返す。
「…相変わらずだね、椛サン…」
よっちゃんは呟いた。
なぜかハナちゃんはトシとよっちゃん…っていうより、あたしの友達(当然、男の子)に冷たいんだよね…。
キビシイというか。
(でも、あべっちには柔らかいな)
かえちゃんが持ってきてくれたお茶…温かい紅茶に早速口をつける。
「よかったな、李花。女友達ができて」
オレも嬉しいよ、と続けるハナちゃんの言葉に、何かひっかかりを感じた。
真純ちゃんは、もう紹介してあるし…。
(まさか…)
「…ねぇ、ハナちゃん」
まさか、とは思うけど。
「あべっち、男の子だよ?」
…――沈黙が、流れた。
「なにぃっ?!」
「『なにぃっ?!』…って、男の子は男の子だよ。阿部正明」
あたしはもう一度あべっちを紹介する。
あべっちはもう一度頭を下げた。長い黒髪が、サラリと流れた。
「く…その黒髪に騙された…」
「や、誰も騙してないし」
ハナちゃんの呟きに、トシはヒラヒラと手を振りながらツッコミを入れる。
「くをっ! 生意気を言うのはこの口か?! この口なのかぁっ?!」
「あだだだだだっ! いてーよっ、ハナちんっ!!」
ハナちゃんはトシの頬を思い切りつねった。
「成敗してくれるわ! ふははははははっ!!!」
「…李花、菓子はこんなもので足りるか?」
ハナちゃんとトシのバトル(?)を見ていたかえちゃんは小さなため息の後、言った。
「あ、うん。足りるよ。ありがとう、かえちゃん」
「そうか…で、ハナ」
かえちゃんはドアに向かいながらハナちゃんに言う。
「トシとヨシの前ならともかく、藤崎さんの前でそんな姿を晒していいのか?」
はっ! とハナちゃんの動きが止まった。…手は、いまだにトシの頬をつねったままだけど。
「…行くぞ、ハナ」
「おぅ。…じゃ、本当にゆっくりしてってくださいね、真純ちゃん」
「ハナちゃんもありがとうね」
あたしがお礼を言うと、ハナちゃんはにっこりと笑った。そして…
「野郎は早々に帰っていいからな」
――その言葉を最後に、部屋を出て行った…。