ユーラは深呼吸をし、小さく伸びをした。
トン トン
『どうぞ』
――返事は、ない。
「失礼します」と小さく言いながら、ユーラは戸を開いた。
きっちりと閉じられたカーテンを開く。すると、眩しい光が刺し込んできた。
昨日までの雪が嘘のように今日は晴れた。日光は雪にも反射して、かなり眩しく感じる。
「おはようございます」
ユーラの声が部屋にむなしく響いた。答える声はない。
ユーラは暖炉に薪をくべた。そんな様子を、鏡台の鏡が映す。
ベッドの脇のサイドテーブルには常に花が飾ってあった。
そのサイドテーブルには引き出しもあり、ユーラはふと、その引き出しを見つめる。
鍵のかかる、引き出し。
…今は、鍵がかかっていない。
引き出しの中身を、ユーラは知っている。
白い封筒に、赤い封蝋。
『ユーラへ』
…彼女らしい、丁寧で繊細な印象の文字。
「――……」
唇だけで、一人の名を呟く。
声にはならない。
『お前宛の手紙は読んだか』
トーリの問いが、ユーラの中で蘇える。
…その問いには今も、『否』としか言えない。
引き出しに納まっている白い封筒…その封蝋は今もそのままでユーラ宛の手紙は未だ、開封されていなかった。
ユーラは視線を引き出しから外し、天板に載っている花瓶の水を換えようと手を伸ばす。花瓶に活けられた花がそろそろ駄目になってきてしまっていた。
冬に咲く花は、少ない。
(今度はなんの花にしようか…)
ユーラは、考える。
彼女は花が好きだから、花ならばなんでも喜んでくれる。
…彼女は…。
「ユーラ」
呼びかけに、ユーラははっとした。
声は、アリアのものだった。
「おはよ」
「おはよう」
アリアは戸を開けたものの、部屋には入ってこない。
「もう朝飯食った?」
「いや、食べてないが」
アリアにそう応じながら…本当のことを言えば、食欲がない。
下手をすれば二日で一食くらいでも大丈夫かもしれない、などと思っているユーラである。
アリアがいる場合、付き合わされて一緒に食事を取ることになるのだが。
「腹減った。飯食おう」
「出来ているのか?」
「適当に作った」
アリアが来る前…いや、彼女が――…。
そう考えた瞬間、ユーラは頭を振った。
「味の保証はないからな」
先に言っとくけど、とアリアは続けた。
そんなアリアの言葉にユーラはハハ、と少しばかり笑った。
机の上には目玉焼きとホットミルク。それから、パン。
「ユーラ、パンは焼くか?」
「いや、焼かなくてもかまわない」
それから、ほうれん草のソテー。
「意外だな」
アリアは「何が?」と問いながらパンにバターとジャムを塗っていた。
既に食べ始めている。
「ちゃんと食べられるものになっている」
「…どーいう意味だよ、ソレは」
アリアはホットミルクをゴクッと飲み込んだ。
「これでもあたしは一人で暮らしてたんだぞ? 飯ぐらい作れなくてどーすんだよ」
「それもそうだな」
ユーラはそういうとモソモソとパンを食べ始めた。
朝食が終わり、ユーラは再びあの部屋に向かう。
「失礼します」
戸を開け、閉じた。
ユーラは掃除を始める。
暖炉のせい…だけではないだろう。部屋は大分暖まっている。
「窓、開けますね」
空気を換えなくては、逆に体に悪い。暖かくすることも大切だが、新鮮な空気もまた大切だ。
窓を開ける。
途端、ひんやりとした空気がユーラの頬に触れた。風はない。
ユーラはしばらくボーッと窓の外を見た。しばらくすると「あ」と呟く。
(掃除の途中だった…)
ユーラはそう思うと再度掃除を始めた。