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二、部屋

 ユーラは深呼吸をし、小さく伸びをした。
 トン トン
『どうぞ』
 ――返事は、ない。
 「失礼します」と小さく言いながら、ユーラは戸を開いた。

 きっちりと閉じられたカーテンを開く。すると、眩しい光が刺し込んできた。
 昨日までの雪が嘘のように今日は晴れた。日光は雪にも反射して、かなり眩しく感じる。
「おはようございます」
 ユーラの声が部屋にむなしく響いた。答える声はない。
 ユーラは暖炉に薪をくべた。そんな様子を、鏡台の鏡が映す。
 ベッドの脇のサイドテーブルには常に花が飾ってあった。
 そのサイドテーブルには引き出しもあり、ユーラはふと、その引き出しを見つめる。
 鍵のかかる、引き出し。
 …今は、鍵がかかっていない。
 引き出しの中身を、ユーラは知っている。
 白い封筒に、赤い封蝋。
『ユーラへ』
 …彼女らしい、丁寧で繊細な印象の文字。

「――……」
 唇だけで、一人の名を呟く。
 声にはならない。

『お前宛の手紙は読んだか』
 トーリの問いが、ユーラの中で蘇える。
 …その問いには今も、『否』としか言えない。
 引き出しに納まっている白い封筒…その封蝋は今もそのままでユーラ宛の手紙は未だ、開封されていなかった。

 ユーラは視線を引き出しから外し、天板に載っている花瓶の水を換えようと手を伸ばす。花瓶に活けられた花がそろそろ駄目になってきてしまっていた。
 冬に咲く花は、少ない。
(今度はなんの花にしようか…)
 ユーラは、考える。
 彼女は花が好きだから、花ならばなんでも喜んでくれる。
 …彼女は…。
「ユーラ」
 呼びかけに、ユーラははっとした。
 声は、アリアのものだった。
「おはよ」
「おはよう」
 アリアは戸を開けたものの、部屋には入ってこない。
「もう朝飯食った?」
「いや、食べてないが」
 アリアにそう応じながら…本当のことを言えば、食欲がない。
 下手をすれば二日で一食くらいでも大丈夫かもしれない、などと思っているユーラである。
 アリアがいる場合、付き合わされて一緒に食事を取ることになるのだが。
「腹減った。飯食おう」
「出来ているのか?」
「適当に作った」
 アリアが来る前…いや、彼女が――…。
 そう考えた瞬間、ユーラは頭を振った。
「味の保証はないからな」
 先に言っとくけど、とアリアは続けた。
 そんなアリアの言葉にユーラはハハ、と少しばかり笑った。

 机の上には目玉焼きとホットミルク。それから、パン。
「ユーラ、パンは焼くか?」
「いや、焼かなくてもかまわない」
 それから、ほうれん草のソテー。
「意外だな」
 アリアは「何が?」と問いながらパンにバターとジャムを塗っていた。
 既に食べ始めている。
「ちゃんと食べられるものになっている」
「…どーいう意味だよ、ソレは」
 アリアはホットミルクをゴクッと飲み込んだ。
「これでもあたしは一人で暮らしてたんだぞ? 飯ぐらい作れなくてどーすんだよ」
「それもそうだな」
 ユーラはそういうとモソモソとパンを食べ始めた。

 朝食が終わり、ユーラは再びあの部屋に向かう。
「失礼します」
 戸を開け、閉じた。
 ユーラは掃除を始める。
 暖炉のせい…だけではないだろう。部屋は大分暖まっている。
「窓、開けますね」
 空気を換えなくては、逆に体に悪い。暖かくすることも大切だが、新鮮な空気もまた大切だ。
 窓を開ける。
 途端、ひんやりとした空気がユーラの頬に触れた。風はない。
 ユーラはしばらくボーッと窓の外を見た。しばらくすると「あ」と呟く。
(掃除の途中だった…)
 ユーラはそう思うと再度掃除を始めた。

 
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