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八、手紙−ⅱ

 アルスタインがユーラに残した手紙…薄紅色の手紙と一緒に入っていた真っ白い紙は、遺産相続書だった。
 遺産相続の分担の方法として、ひとつはユーラが全て相続すること。
 それを拒否する場合、今暮らしている家以外はワイオレッドの…アルスタインからすれば少し遠い…親戚に相続すること。
 ただし、相続者の判断はユーラがすること…と示してあった。
 トーリとハリウルの名の署名のある、れっきとした遺産相続書…遺言状だ。

 手紙もそうだが、アルスタインはいつの間にこんなものを用意したのか、と思った。
 病弱で当主としては幼いと言えたアルスタイン。
 当主としての業務を担っていたのはユーラで、確かに相続の見極めをするならユーラが適任だろう。
 ユーラは、莫大と言えるワイオレッド家の遺産を守るということは考えていた。
 アルスタインの代わりに、死ぬまで守ろうと。
 …けれど、継ぐ気はなかった。
 ――そんなに長く、生きる気はなかったから。

 アルスタインに信頼されているからこそ、この任を受けたのだと思う。
 …最後まで、ユーラの主はアルスタインだ。
 他の『主』はない。
(アルスタイン様からの言いつけ…)
 遺産相続の候補者は、すでに上がっていた。
 アルスタインの祖父の兄弟の子供や孫…と、正直アルスタインからは遠い血縁者だ。
(適当なことはできない)
 ユーラを拾ってくれたアルスタインの祖父…フォルオ。
 そしてユーラを『ヒト』にしてくれたアルスタイン。
 二人共、ユーラの恩人で大切な人だ。
 二人の遺産モノを適当に扱う真似などできない。

 だから、ユーラはその人となりを噂や探偵などの他人任せではなく、自分自身で見極めようと思った。
 二人の遺産を継ぐに値する人物か…ユーラ自身の目で見極めようと。
 そのために、この町を出ようと思った。

 ユーラの帰る場所は、ここしかない。
 帰る場所は、アルスタインが遺してくれたここでしかない。
 残してくれた場所…帰る場所をアルスタインがくれたから、自身の目で、相続者を見定めようと思った。

 片付け作業をしているうちに腹が減り、ユーラは昼食を作ろうと奥へ向かった。
 居間の隣は、アリアが使っている部屋である。
 アリアの部屋の物音に気付き、ユーラはノックをしてその部屋を覗き込んだ。
「何をやって…」
 いるのだ、と言おうとしたはずだったのだが。
 ユーラの言葉は途中で途切れた。
 アリアも部屋の片付けをしていたのだ。
 しかも、持ってきてある荷物は衣類くらいなので、すでに片付いていると言ってもいいほどである
「お前、ここを出るのか?」
 ユーラの驚きの声に背を向けているアリアはピクリと反応した。
「…ユーラがいなくなるのに、あたしがここにいる意味なんてないだろ?」
 だから片付けるんだ、とアリアは言い切った。
「…参ったな…そうか…」
「何が『参った』だよ」
 ユーラの部屋見たら普通に片付いてるし! と、アリアは片付け後の掃除に取り掛かる。
「お前にこの家の管理を頼もうと思ったんだ」
 予定が狂ったな、とユーラは口の中で小さく呟く。
「管理を頼む? あたし、母さんと暮らした自分の家があるもん。頼まれても困るよ」
「ああ…そうか…忘れていたな…」
 ユーラは小さくため息をついた。
 週に一度か二度、アリアは確かに母と暮らしていたという家に帰っていたのに、忘れてしまっていた。
 それほど、アリアがこの家にいるのが当然に思ってしまっていた。
 ユーラはふっと息を吐く。
 …駄目で元々。
(とりあえず、訊いてみるか)
「アリア」
「んー?」
 ピタリと、アリアの動きが止まった。
「今…なんて…?」
 言った?
 アリアの問いかけには答えず、ユーラはとりあえず自分の問いかけを唇にのせる。
「ここを出るのなら、おれと一緒に来てはくれないか?」
 …間。
「…アリア?」
 答えがない。
 アリアの動きは止まったままだ。そして、ゆっくりと答える。
「行く…」
 一度間は小さく、二度目ははっきりと答える。
「一緒に、行くよ!」

・ ・ ・

 ユーラはアリアの母が遺したアパートに来ていた。
 そのアパートを見て、「え」と思う。…見覚えがある。
「ああああああっ!!!」
「……」
 ユーラはその声にぎぎぎっと音がしそうなほどゆっくりと振り返った。
 薄くそばかすのある顔の14、5歳…アリアと同じ年頃に見える、少年。
「客ーっ!!!」
 ユーラは思わず一歩、下がりかけた。…耐えたが。
 少年はがしっとユーラの手首を掴む。
「おれは忘れてないぜっ! 人探しの依頼に来たあんたのことを!!」
「…もう見つかった」
「え?!」
 約一年前の話だ。…まだ不慣れだったディズカーチで『歌姫』を…アリアを探していた。
 その時『失せ物探し、探し人』をしてくれるというファリス事務所…何でも屋を依頼しようと思って、けれど接待に出てきたのがこの少年だったため、止めたのだ。結局、どうにか自力で『歌姫』を見つけ出すこともできた。
「クルド? どした? 騒いで?」
「アリア!」
「…知り合いか?」
 ユーラはアリアに問いかけた。
 ちなみに未だ手首は少年に掴まれたままである。
「隣の部屋の、幼馴染み」
「……」
 ユーラは思わずアリアと少年とを交互に見た。
 というか、ユーラが探していたアリア人物が、依頼しようとした事務所の隣の部屋だったのか。衝撃だ。
(…もし…)
 この少年に依頼していれば、もっと早く『歌姫』を見つけることができたのだろうか。
 そんなことをしばし考え、「いや」と頭を振る。
 すでに『歌姫』は探し出せたし、今、アリアに巡り会えている。
 現状いまが、全てだ。

「えぇっ?! コイツが?!」
「おう」
 ややぼんやりとしていた間に、アリアと少年も何か話していたらしい。
 会話を聞いてなかったユーラは少年に視線を向ける。
 ばっちり、目が合った。
「あんたは敵だーっっっ!!!」
「…え?」
 話が見えない。
 掴まれていた手首をぶんっと振り払われ、少年は「うわーっ!!!」と部屋に入っていく。
「…なんなんだ?」
「わかんねぇ」
 ユーラの呟きにアリアも同意して、首を傾げた。
 しばらく家を空ける旨と、同行する相手…ユーラを紹介しただけなんだけど、とアリアはまた首を傾げる。

「本当に、いいのか」

 ユーラは初めて、アリアの母が遺したアパートに来ていた。
 広さは、アルスタインが遺してくれた家の、二階分くらいの広さだろうか。
「自分で行くって言った。変えたりしねぇよ」
 いない間は、隣の家…先程の少年と一緒に暮らす従兄…に任せる、と。
 アリアの家を空ける…その最終確認にユーラは便乗していた。
 アルスタインが遺してくれた家の管理は、ハリウルに頼んだ。
 もし使いたい人がいるなら、使ってくれてもいいと言ってある。

「ユーラ、見張ってねぇとメシ食わねぇで行き倒れそうし」
「…そこまで自己管理を放置する気はないぞ…」
 ぽそりとユーラは零すが「信用ナシ」とアリアに切って捨てられる。

「…         」
 アリアはユーラに背を向けたまま、呟いた。
「? 何か、言ったか」
「なんでもねぇ」
 アリアはカバンにお守り代わりに入れた手紙が入っていることを確認する。
 …それは、アルスタインがアリアに宛てた手紙。
『どうか、花名が笑顔で過ごせますように。』
 一文を思い返し、アリアは目を伏せる。

 母がいなくなって、さみしくて。
 アルスタインと出逢って、母に似ているから惹かれて――それだけではなく、アルスタイン自身を好きになって。
 アルスタインもまた喪って――自分自身の痛みを和らげるため、ユーラと共にいた。
 けれど、今では…母のように、相手がアルスタインだった時と同じように、ユーラと一緒にいたいと思う。
 いなくなってそのまま…会えなくなったりしないように。
(一緒に行くよ)
 ユーラは『カナ』ではなく『アリア』と、自分を呼んでくれたから。
(…一緒にいたいだけだ)

「おっし、最終戸締り確認終了!」
 アリアは腰に手を当てて宣言する。
 「座ってろ」と言われたユーラは食事をするための席に腰を下ろしていた。
 アリアの宣言に立ち上がる。
「…行くか」
「おう」
 アリアは応じて、ユーラに続いた。

 

 その後…ディズカーチの歌姫は、姿を消した。
 その代わりと言えるかどうか、いろいろな土地で美しい歌声を響かせながら旅をするという少女が現れた。
 少女は一人の青年と旅をしているのだそうだ。
 少女の名はアリア…アリア・セシル。
 享名を花名という――。

歌姫−雪の舞うころ−<完>

2002年 9月 7日(土)【初版完成】
2011年 2月 6日(日)【訂正/改定完成】

 
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