「「お前が刀を選ぶのではない」」
――それは、過去の声。
「「刀が、使い手を選ぶのだ」」
世界は暗い空間のまま――蘭は、今までのこと…現状を頭の中で整理し始めた。
まずは――自分の握っているモノ。…刀。
刀は、日本刀のように片刃のモノ。
淡く光る…『金色』が近いかもしれない、色。耀き。
蘭は授業で少しだけ剣道を習ったことがある。その時には当然、竹刀を握った。
それ以外に『刀』と呼べるようなモノは手にしたことがないのだが――その、授業で握った竹刀よりも、よほど手に馴染む感触と重さ。
「…トール?」
光の刀を見て、蘭の唇から我知らず呟きが…呼びかけがこぼれた。
『なんだ?』
頭に響く音が応じる。
通常ではない。尋常ではありえない事態。
…それにも関らず、蘭は妙に納得していた。
今――蘭がこの手に握る刀が、トールなのだと。
「「嵐」」
呼ばれる声。自分を呼ぶ、声。
…あれは、過去。
『幼い頃』という意味の『過去』ではなく――もっと、違う『過去』。
(…前、に…)
――過去に…『前世』に、この刀と共に――。
先程のような奴等を斬っていた、と…蘭は一人、納得する。
「「嵐」」
――あれは、自分を呼ぶ声。
『嵐』は、自分の名前。
…過去の、蘭の名前。――蘭より前の、前世の名前。
「…トール」
繰り返した蘭の呼びかけに、トールは…光る刀は、人形を成す。
人懐っこさを感じさせる、黒い瞳。さらさらとしたまっすぐな髪室。
蘭はゆるゆると瞬いた。
暗いこの空間でも、トールの姿が見える。蘭の瞳に映る。
蘭は自らトールに触れた。手を伸ばし、その手を握る。
「…気付かなくて、ごめん」
――かつて共に戦った仲間。過去の蘭にとって、友とも言える存在。
「嵐…」
そう、蘭に呼びかけてトールはハッとしたような表情をする。
蘭はふと、口元に笑みを刻んだ。
手を握ったまま微かに頭を振る。
「トール…刀流」
改めて、名を呼んだ。…音としてばかりでなく、彼の『名』を。
「今は、蘭だよ」
蘭は笑って、正した。
『トール』は『刀流』。
…思いだした。
『蘭』という意識はそのままではあったが、自分が『嵐』だったという認識が、ある。
蘭は目を閉じた。
『嵐』は過去の自分の名前だとかみしめる。
確かに、自分の名前だったと。
――ドクン
(…あぁ、そうか)
蘭は思った。
夢の中…自分を呼ぶ人はきっと、『嵐』と呼んでいたのか。
夢の中で『自分』が呼ばれているのはわかるのだが、『蘭』とは呼ばれていない、とも思っていた。
時たま見るあれは、過去の記憶か。
「「嵐」」
夢の中の声。呼びかけ。
夢の中の――…
「「嵐」」
ドクン …
(…あれ?)
蘭は、気付く。
記憶の中の過去の声も…ひどく切ない、あの夢の声も。
(刀流のものでは、ない?)
ドクン ドクン …
「「嵐」」
…ドクン
「「嵐」」
(…あれは…)
あの、声は。
――誰ノモノダッタダロウ…
そう考えた瞬間、ズキリとキた。
「…っ」
蘭は顔をしかめる。
「どうした? …どこか、痛むのか?」
突然の痛みに蘭は握ったままだった刀流の手を強く握ってしまったらしい。
刀流は心配そうに…案じるように、蘭の顔を覗き込む。
「…あ…大丈夫…」
蘭は今更ながら、握ったままだった刀流の手を離した。
(…なんだろう…)
突発的な頭痛は今もまだ、止まない。
「「嵐」」
…自分を呼ぶ声を思うとまた、大きな針をこめかみから突き立てるような痛みが増すようにも思える。
――まるで『思いだすな』というように、蘭の頭痛はいつまでも尾を引いた。