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其の六

「「嵐」」
夢の中の声。
「「嵐」」
…過去に聞いた、声。

そして――。
「「嵐」」
思いだせぬ人の、声。

 

 ――グ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ッ ッ ッ ! ! !――

「…は…ぁ…」
 蘭は呼吸の乱れを直そうと、大きく深呼吸した。

 この間…『蘭』として生まれて初めて襲われてから、立て続けに一週間…気を抜く暇がないほどに、『奴等』は蘭を付け狙う。
 過去にも、『カゲ』とも呼んでいた『奴等モノ』を斬ってはいたが…こんなにも執拗しつような攻撃を受けていただろうか。
 幸い、今のところ蘭は傷ついてはいないのだが。
『蘭…大丈夫、か?』
 蘭の手に握った刀が光ると、人形ひとがたを成した。
 刀流の姿へと。
「刀流…」
 刀の…刀流の言葉に、蘭はわずかに笑ってみせた。
「大丈夫…かな。ちょっとしんどいけど」
しんどいそれは『大丈夫』なのか?」
 刀流は言いながら、蘭の前髪をそっと掻き上げた。そのまま、額に触れる。
「熱は…ないようだが」
「う…ん…」
 蘭は刀流の手のひらを受け入れ、そのまま目を閉じた。

 前は…とは言っても『過去』を思いだす前だから、一週間程度でしかないのだが…刀流に触れられることは、緊張した。
 でも、今は。過去を…前世と呼ばれるであろう記憶モノを思いだした、今では。
 刀流が誰よりも自分を支えてくれる存在だと知っているから…わかっているから――わかるから、ドキドキとはしない。
 刀流に触れられることはむしろ、安心する。

 蘭と刀流は、暗い場所にいた。
 此処は、閉じられた空間で――奴等…カゲ、あるいは悪霊とも呼ばれる『モノ』を、抹殺するための場。
 周りの関係のない人間存在を巻きこまないための、刀流の築く結界だった。

 過去に、刀流はそんな力はなかったと思った。
 そのことを問えば、「アレからオレだってちったぁ成長するのさ」なんて、刀流は笑っていた。
 その間の、刀流が『アレから』と言った時間を考える。
 刀流が蘭と巡り逢うまで――嵐だった蘭と巡り逢うまで、ずっとずっと『ヒトリ』でいたのだろうか。

(ちょっと頭痛いな…)

 結界が解かれると、蘭は自分の部屋に戻った。
 初めて奴等と闘って以来――蘭が『嵐だった』という過去を、刀流の存在を思いだして以来、刀流はほとんどの時間を蘭と共有している。

「蘭、ご飯よ!」
「あ…はい!」
 母親の声に蘭は居間へ向かった。当然のように、刀流も蘭に続く。
「蘭、ご飯盛ってちょうだい」
「はーい」
 刀流は居間のソファーに身を沈めた。
 その間にもじっと、蘭の様子を見ている。

 蘭はご飯を盛りつつ、チロリと母を見た。
 蘭の母は刀流を気にせず…むしろ、気付いていない。
(なんか…変な感じ)
 蘭はそんなことを思う。

 ――蘭は知らなかったのだが。
 刀流は…その、姿は。蘭にしか見えず、蘭にしか触れられない存在だった。
 つまり駅での刀流との会話は…周りの人間から見れば蘭の独り言だったのだろう。
 蘭は刀流と一緒にいて話している時によく振り返られるような気がしたのだが、それは気のせいではなく、「あの子はどうしたんだ?」という感じで振り返られていたのだ。

 夕食も食べ終わり、蘭は後片付けをしていた。
 ズキリ、と頭が痛む。
(なんでこんなに頭が痛いんだろ…)
 頭痛は止まない。
 特に、奴等と闘った後など。

 食器を流し台へ移し、机に並んでいた夕飯のオカズを冷蔵庫にしまい終えると蘭は刀流の隣に腰を下ろし、テレビをつけた。
 今日は何か面白そうな番組をあっただろうか、と新聞のテレビ欄を眺める蘭の隣で、ピクリと刀流が何かに反応した。
 刀流の反応に蘭もまた反応する。
 ――また、奴等が来たのか。
「…蘭」
 蘭の予測を肯定するように、刀流が蘭に呼び掛けた。
 静かなその声に小さく頷いて、蘭は立ち上がる。
 蘭はテレビを消し、二人は居間を出た。
 居間を出たところで、刀流は蘭を背後からぎゅっと抱きしめる。
 蘭は目を閉じ、開いた。
 その、目を開いた瞬間には――暗い空間が広がっている。
 それは蘭の家の廊下ではない。
 瞬く間に、蘭は刀流の築く結界の中に立っていた。
 蘭を抱きしめていた刀流は素早く刀へと変貌する。

 ――殺 セ――。
 ――我 等 ガ 皇 ニ 捧 ゲ ヨ――
 ――引 キ 裂 ケ ! !――

 耳鳴りのようにも思えるコエ…意思のような奴等のコエを聞きつつ、蘭は呼吸を整える。
 頭痛は止まない。けれど――
(来る…!!)

 蘭は刀流を振るった。
 一つ、二つ…三つ。

 ――グ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ッ ッ ッ ! ! !――

 最後の声を聞きながら、蘭は息を荒げていた。

 ――オ … ウ … ヨ … ! ! !――
 断末魔と共に聞こえた言葉。
 よく聞く『皇』という言葉。
 蘭はその『皇』という言葉ものが気になっていた。
(おう…って、王?)
 ――奴等の中心となるものが…リーダーが、いるのだろうか?
「…っ」
 そう、考えた途端にまた、蘭の頭がズキリとした。
 頭痛に意識せず顔を顰める。
 蘭はふっと息を吐き、その痛みを追い払おうとした。
 軽くなることはなかったが。

「…刀流」
『なんだ?』
 蘭の呼び掛けに応じた刀流に、問いかける。
「王って…何?」
 蘭の問いかけに刀流は再び人形を成した。
「おう?」
 蘭の言葉を繰り返した刀流に、蘭は頷く。
「…なんか…襲ってくるカゲが、そう言うのが聞こえるから…」
 何かなぁ、って。
 蘭は純粋に自分の疑問を口にした。

 

「――皇、は…」
 刀流は蘭の言う『王』が奴等の言う『皇』だと、思い当たった。
(…アイツだ)
 刀流の中で一人、思い浮かぶ。
(――アイツのことだ)

 …刀流から、嵐を奪った…一人の存在。
 ――あの、男。

「…刀流?」
 蘭の呼び掛けに、ハッとする。
「あ…いや、悪い…」
 刀流は結局、蘭の問いに曖昧にしか答えることができなかった。

 
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