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其の十

わたしは『悪霊祓い』の一族に生まれた。
刀で、悪霊を祓う一族に。
――女の私が、その一族に。

 

 すっと、刀を抜く。…抜こうと、する。
『抜けぬだろう?』
 それは、父の刀だった。
 嵐が抜けなかった刀を受け取ると、父は嵐の目の前で刀を抜いてみせる。
『忘れるな。お前が刀を選ぶのではない』
 ゆっくりと、父は言った。
『刀が、使い手を選ぶのだ』
 …父は、言った。

 嵐の一族には『刀選びの儀』というものがある。
 一族の者が十四になった正月明けに行われる儀、だ。
 その時、刀を得るのだ。
 ――それは『暗黙の了解』として、男が参加する。
 女は参加せず…十四になると普通の小刀を得る。

 しかしその年…嵐が十四になった年は、女が『刀選びの儀』に参加した。
 その女とは、嵐だった。

「…『刀』は、その人間の本質に惹かれるのだと聞く」
 一族の長はそう言った。
 低い、深い声。落ちて、しみこむような声音だ。
 今年は嵐を含め七人が『刀選びの儀』に参加することになった。
「一人が得られる刀は、一振りだけだ」
 長の言葉だけが、しんと静まった部屋の中に響いた。
 ほんの少しの身動みじろぎの衣擦きぬずれの音でも耳につく。
 ――それほどの静寂。それだけの、緊張感。
「一人ずつ、部屋に入れ」
 その言葉に、長に一番近い場所に座っていた一人が立ち上がった。
 座り順は別段定められたわけではなかったが、嵐は長から一番遠い場所に腰をおろしている。
 刀を得るのは、最後だ。
 ぎゅっと、瞳を閉じる。
 ただ…ひたすらに、時が過ぎるのを待った。

「次の者」
 七人目――最後の、嵐の番になった。
 待っている時間と言うのは長く感じそうなものだが、嵐の中にある緊張のせいか、その待つ時間を別段長く感じることはなかった。
(それとも…)
 ――皆の刀選びが、それぞれ時間がかからなかったのか。
 嵐は自身の思考を振り払うように軽く頭を振った。
 「はい」と立ち上がり、嵐に順番を告げた男の後に続く。
 奥へ、奥へと進み、次に『一人でこの場所に来い』と言われても、嵐では迷って辿りつけなさそうな場所へと進んだ。
 前を進んでいた男がひたり、と止まる。
 すっと、流れるような所作で戸を開けた。
 目に映った『刀選びの間』。
 嵐はこくりと息を呑んだ。
 当然だが、嵐はその部屋に初めて足を踏み入れることになる。
 足を踏み入れないまま…見えた部屋の様子に嵐は、瞠目どうもくした。
 刀、刀、刀――…すごい数だ。

「ここで得られる刀は、一振りだけだ」
 此処まで案内した男の言葉に嵐は浅く息を吐いた。
 まだ自分の中にある気がする緊張を吐き出そうとする。
(私の刀は、この中でただ一振り…)
「…知っておろうが、そなたが刀を選ぶのではない。刀が、そなたを選ぶのだ」
「――存じております」
 父に聞かされた。
 …今日、長にも言われた。
 ――探してみせる。
 強く、嵐は思う。
(…私の、刀を)
 嵐は意識せず拳を作る。
 もう一つ、息を吐き出した。

「では、健闘を祈るぞ」
 男の言葉に嵐はぺこりと頭を下げた。
 嵐が足を進め、『刀選びの間』に入る。
 カタン、と軽い音がして戸が閉まった。
 足音が遠ざかる。男が部屋を離れたのがわかった。

 『刀選び』は神聖なもの。
 選ぶ刀と、選ばれる人間使い手との…対話。
 誰であろうと、それを妨げてはならない。
 嵐は右側の棚へと足を進めた。

 …刀が人間使い手を選ぶとは言っても、人間のほうもその刀に惹かれるらしい。
 何か、あるはずだ。
 ――心惹かれる、刀があるはずだ。
 嵐は一振りずつ、言葉をかけるように…問いかけるように、見ていく。
 最初の一列が見終わったが…嵐が心惹かれる刀は、なかった。
(…棚はまだある)
 嵐はそう、自分に言い聞かせた。
 圧倒されるほどの、刀の数。
 惹かれる一振りが…嵐を『呼ぶ』一振りが、ある。
 そう信じて、嵐は足を進めた。
 …進めようとした、その時。

 ふと、感じた。

 『何』と、明言することはできない。
 あえて言うならば…気配、だろうか。
 嵐は自分が見ていた棚の、隣の棚…その隙間を覗き込んだ。
 嵐が入ってきた戸の向かい側…壁に――。
「…え?」
 いるはずのない…いてはならない、人の存在が見えた。

 
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