嵐は『悪霊祓い』の一族に生まれた。
刀で、悪霊を祓う一族に。
――女の私が、その一族に。
すっと、刀を抜く。…抜こうと、する。
『抜けぬだろう?』
それは、父の刀だった。
嵐が抜けなかった刀を受け取ると、父は嵐の目の前で刀を抜いてみせる。
『忘れるな。お前が刀を選ぶのではない』
ゆっくりと、父は言った。
『刀が、使い手を選ぶのだ』
…父は、言った。
嵐の一族には『刀選びの儀』というものがある。
一族の者が十四になった正月明けに行われる儀、だ。
その時、刀を得るのだ。
――それは『暗黙の了解』として、男が参加する。
女は参加せず…十四になると普通の小刀を得る。
しかしその年…嵐が十四になった年は、女が『刀選びの儀』に参加した。
その女とは、嵐だった。
「…『刀』は、その人間の本質に惹かれるのだと聞く」
一族の長はそう言った。
低い、深い声。落ちて、しみこむような声音だ。
今年は嵐を含め七人が『刀選びの儀』に参加することになった。
「一人が得られる刀は、一振りだけだ」
長の言葉だけが、しんと静まった部屋の中に響いた。
ほんの少しの身動ぎの衣擦れの音でも耳につく。
――それほどの静寂。それだけの、緊張感。
「一人ずつ、部屋に入れ」
その言葉に、長に一番近い場所に座っていた一人が立ち上がった。
座り順は別段定められたわけではなかったが、嵐は長から一番遠い場所に腰をおろしている。
刀を得るのは、最後だ。
ぎゅっと、瞳を閉じる。
ただ…ひたすらに、時が過ぎるのを待った。
「次の者」
七人目――最後の、嵐の番になった。
待っている時間と言うのは長く感じそうなものだが、嵐の中にある緊張のせいか、その待つ時間を別段長く感じることはなかった。
(それとも…)
――皆の刀選びが、それぞれ時間がかからなかったのか。
嵐は自身の思考を振り払うように軽く頭を振った。
「はい」と立ち上がり、嵐に順番を告げた男の後に続く。
奥へ、奥へと進み、次に『一人でこの場所に来い』と言われても、嵐では迷って辿りつけなさそうな場所へと進んだ。
前を進んでいた男がひたり、と止まる。
すっと、流れるような所作で戸を開けた。
目に映った『刀選びの間』。
嵐はこくりと息を呑んだ。
当然だが、嵐はその部屋に初めて足を踏み入れることになる。
足を踏み入れないまま…見えた部屋の様子に嵐は、瞠目した。
刀、刀、刀――…すごい数だ。
「ここで得られる刀は、一振りだけだ」
此処まで案内した男の言葉に嵐は浅く息を吐いた。
まだ自分の中にある気がする緊張を吐き出そうとする。
(私の刀は、この中でただ一振り…)
「…知っておろうが、そなたが刀を選ぶのではない。刀が、そなたを選ぶのだ」
「――存じております」
父に聞かされた。
…今日、長にも言われた。
――探してみせる。
強く、嵐は思う。
(…私の、刀を)
嵐は意識せず拳を作る。
もう一つ、息を吐き出した。
「では、健闘を祈るぞ」
男の言葉に嵐はぺこりと頭を下げた。
嵐が足を進め、『刀選びの間』に入る。
カタン、と軽い音がして戸が閉まった。
足音が遠ざかる。男が部屋を離れたのがわかった。
『刀選び』は神聖なもの。
選ぶ刀と、選ばれる人間との…対話。
誰であろうと、それを妨げてはならない。
嵐は右側の棚へと足を進めた。
…刀が人間を選ぶとは言っても、人間のほうもその刀に惹かれるらしい。
何か、あるはずだ。
――心惹かれる、刀があるはずだ。
嵐は一振りずつ、言葉をかけるように…問いかけるように、見ていく。
最初の一列が見終わったが…嵐が心惹かれる刀は、なかった。
(…棚はまだある)
嵐はそう、自分に言い聞かせた。
圧倒されるほどの、刀の数。
惹かれる一振りが…嵐を『呼ぶ』一振りが、ある。
そう信じて、嵐は足を進めた。
…進めようとした、その時。
ふと、感じた。
『何』と、明言することはできない。
あえて言うならば…気配、だろうか。
嵐は自分が見ていた棚の、隣の棚…その隙間を覗き込んだ。
嵐が入ってきた戸の向かい側…壁に――。
「…え?」
いるはずのない…いてはならない、人の存在が見えた。