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其の九

わたしは…知らない。
――知らなかった。
私が…あの人に初めて出会ったのが、幼い頃だったということを。

 

 ――月光。
 少女…嵐は、月光に誘われるように外に出た。
 夏も終わり、秋風が薫る頃。
 今でも、あの時に何故、外に出たのかわからない。

 嵐の一族は『悪霊祓い』を生業なりわいとしていた。
 それゆえ、一人で…まして『力』がないような子供が夜に外を出歩くようなことを好ましく思われたこともなかった。
 だが、嵐はあの夜、外に出た。
 灯らしい灯もなく、決して月明かりの強い夜ではなかったというのに。
 …我知らず、彼に惹かれていたのだろうか。
 ――『運命』というものに、導かれたのだろうか。

 いつも夜に、一度寝てしまえば翌朝まで目覚めることはなかったのだが…何故かその夜には目が覚めた。
 庭を見てみれば、いつもとは違う…知らない景色が映った。
 闇にぼんやり浮かぶように見えた女郎花おみなえし
 黄色の小花が白っぽく見えて、思わず庭を降りた。
 白い猫が誘うように門にいて、嵐はそのまま…決して明るくはない月明かりの下、家の敷地を出たのだった。

「…ここ、どこ?」
 嵐は呟いた。
 初めて、夜の散歩に出てみた。
 昼間と同じ場所がいつもと違うように見えて、面白がってたくさん歩きまわっていたら…よくわからない場所に出てしまった。
 いつもであれば、父も一緒にいる。あるいは、母が一緒にいる。
 もしかしたら知っている場所なのかもしれないが、とりあえず、嵐は自分が今どこにいるのかわからなくなってしまった。
 弱い月明かりの下、人通りはない。
「どこぉ?」
 もと来た道を戻っているつもりなのに、やはり自分がどこにいるのかわからない。
 月明かりだけが頼りの夜。
 闇夜に比べればマシ…とはいえ、一人で見知らぬ場所というのは心細い。

「どこに行けばいいのぉ?」
 嵐は呟く。
 誰か、答えて。…誰か、答えをちょうだい。
 幼い少女…小さな嵐に答えるものはいない。
 嵐はとうとう泣きだした。泣いてどうにかなるものではないけれど、涙が出た。
 ゆらりと視界がかすむ。
 それは涙のせいばかりではなく…霧だ。霧が出てきたのだ。
 心細さに拍車がかかる――その時、だった。
「どうかしたのか?」
 ぼんやりとする月明かりの下、数歩離れたところに少年が現れた。
 突然声をかけられたことには驚いたけれど、『人がいた』ということで嬉しくもあった。
「おうち…わかんなくなっちゃった…」
 嵐は答えた。
 声にして…言葉かたちにして、改めて自分が『迷ってしまった』という現実を思い知る。
 じわっとまた涙があふれてきた。
 嵐の様子に少年は少し驚いたような顔をする。
 しばらく困ったような顔をして…意を決したように「おいで」と言った。
 嵐は少年の言葉を自分の中で繰り返した
「…おいで」
 少年はもう一度言って、にっこりと笑う。
 嵐はその言葉に瞳を大きく見開いた。
「私が…連れていってあげるよ」
 少年は、言葉を続ける。
 さし伸ばされた、嵐とあまり大きさの変わらぬ手。
「さ」
 優しそうな少年の笑顔と言葉に、嵐はそっと手のひらを重ねた。

「こんな夜に出歩いて、家のものには怒られないのか?」
 手を引きながら少年は嵐に問いかけた。
 歩き始める前…嵐が家の近くにあるものを何個か上げると、少年は嵐の家の場所が分かったらしく、すぐに「こっちだよ」と手を引いてくれた。
「怒ると思う…けど、今日はお外にでてみたくなったの」
「ふぅん」
 少年との会話は、少年が問いかけ、嵐が応じる…というものばかりだった。
 嵐の意識としてはかなり早く、見覚えのある場所に到着する。

「…あ!」
 嵐は声を上げた。
 家を出るときにも見かけた白い猫が道を歩いている。
「ここ、わかるよ!」
 やや興奮気味に嵐が言えば少年は「そうか」と足を緩めた。
「…じゃあ、ここからは一人で帰れるか?」
「うん! お兄ちゃん、ありがとう!!」
 嵐の言葉に少年は瞬きをして、ふわりと笑った。
「どういたしまして」
 そして…手が離れる。

「気をつけて。もう…夜に出歩いちゃ駄目だよ」
「うん!」
 嵐は元気よく返事をする。
 少年はもう一度微笑んで、「さよなら」と言った。
「さよなら〜!」
 嵐は家に帰れそうなことが嬉しくて早々に少年に背を向けた。
 少年はそんな嵐の背中が見えなくなるまで…ずっと、見守っていた。

 
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