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其の十二

わたしは刀を手に入れた。
…まさか、長年使い手のなかった刀だとは思わなかったけれど。
私は、刀を手に入れた。

 

 人形ひとがたをなしたままの刀流を連れ、刀選びの間を出ると、刀選びの間まで案内した男が廊下の角で立っていた。
 『刀』を選ぶと、長に報告をするのが習わしだ。

「…選ばれたか」
 長の言葉に嵐は力強く頷いた。
「…まさか…」
 長は嵐の後ろに控える存在を見つめ、続ける。
「刀流に選ばれるとは思わなかったが」
 長の言葉に、刀流はニッと笑った。嵐はそんな刀流の表情に気付かない。
 長は細く、息を吐く。
「刀流は、特殊な刀だ。『刀選びの間』の刀の…どれよりも」
 嵐は一言一句、聞き逃すものかとじっと長の声を聞く。
「…心して扱え」
「はい…!」
 嵐は返事をする。

 そして嵐は屋敷――本家を後にした。

 嵐の家に向かいながら、刀流は口を開いた。
「何故、女なのに『刀選びの儀』に参加した?」
 刀流の言葉に嵐は少しムッとなる。
「『女』が参加しちゃいけませんか?」
 嵐の切り返しに「そんなこと言ってない」と刀流はひらりと手を横に振る。
「ただ、珍しいなと思っただけだ」
 そう言うと何がおかしいのか、刀流は笑う。…笑い続ける。
「…何がおかしいのですか?」
「え? あ、ごめん」
 『ごめん』と言いつつ、笑いが止まらない刀流。
 うくくっとまだ笑いつつ、「じゃあ」と再び口を開いた。
「訊ねても、いいか?」
「…何をですか」
 その訊ねられる内容を何処かで予想しながら、嵐は刀流を促した。

「どうして女の子なのに、男のような格好なりをしている?」
 その問いかけは、想定どおりだった。
 嵐はへらへらしている刀流を見上げる。
 ふいっと視線をそらした。
「…少し、寄り道をしてもいいでしょうか」
 刀流の問いかけに、嵐は答えにならない言葉で応じた。
「え? あぁ、構わないけど」
 嵐はまっすぐに行けば家に向かうところを、右に曲がる。
 ――夜が近づいていた。

 正月明けの冷たい風にさらされる髪に頬。
 宵闇に空が染まり始める中、進む。
 そこは…。
「寄りたい所って、此処か?」
 刀流は「本当に?」という感情を口調と表情で露わに問いかけた。
 ――そこは…嵐の向かった先は、墓地だった。
「ええ」
 嵐は答えて、迷わず足を進める。
 静かな場所。死者の、眠る場所。
 どこも似たように映る墓地の合間で、嵐はピタリと足を止めた。

「これは、父の墓です」
「…亡くなってたのか」
 刀流の問いかけに嵐は淡々と「はい」と答えた。
「…最近…この正月に」
 嵐は父の眠る場所を見つめた。
 こんもりと盛られた土と、まだ真新しいとも言える卒塔婆そとば
「――私が生まれた時、父は既に四十を超えていました」
 嵐が切り出した言葉に、刀流は「へ?」という顔をした。声にせず、嵐の言葉を遮ることもなかったが。
「…父が男子を望んでいたのを母は知っていたため、生まれた私を『男』と、告げたんです」
 淡々としたままの嵐の言葉に、刀流はしばらくの間をおいて問いかける。
「――それが、理由?」
 女である嵐が男のような格好をする…刀流の疑問の、答え。
「そう…ですね」
 嵐は刀流の手を握った。
 嵐の手に刀流はゆるりと瞬く。
「父上…」
 小さく呟く嵐の声に、刀流は開きかけた口を閉ざした。

 刀流を見ず…そこに眠る人を見つめるように、数日前――大地に帰った父に、嵐は告げる。
「私は、刀を手に入れました」
 厳しくて、強く、誇り高くて…優しかった、父。
 ――本当は、言ってしまいたかった。自分が女であると。
「私は『女』ですが…刀を、手にすることができました」
 刀流は嵐の呟きに何も言わず、ただ、そこにある。
 ――嵐は、考える。
 父は自分が女であることを知っていても、優しくあってくれただろうか。
 厳しくあってくれただろうか。
 ――そう、思う。
 母は、父が亡くなった時に言った。
『やっと、女子おなごに戻れるのですね』
 …母は、父を喪った悲しみに濡れた目で、言った。
 ――けれど、嵐としては女に戻るのはもっと先でもよかった。
 嵐は、父が好きだから。…とても、好きだったから。
 『悪霊祓い』の家系いえの自身に誇りを持つ父を、尊敬していたから。
 だから…嵐もまた、その家系いえの者として、刀を得たいと思った。
 だから――『刀選びの儀』に参加した。
 ――そして、刀を得られた。
 父の願い、そして嵐自身のひとつの夢が、叶った。
「――『刀流』というのです、父上」
 答えはない。…知っている。
 けれど、嵐は続ける。
「私の刀は、『刀流』というのです」
 風が吹いた。

 その声がわずかに震えた気がして、刀流は嵐を見つめる。
 ふと、今まで視線を落としていた嵐は顔を上げた。
 …その瞳に、涙はない。
 まっすぐに、刀流の目を見つめる。
 『ヒト』ではない…けれど感情のある刀流はドキリとした、気がした。
 ――刀流に、鼓動はないのに。
 今まで握れれていた手が、離れた。
「…刀流殿」
 静かな声音。…嵐が刀流の名をまともに呼んだのは初めてだった。
 まっすぐで、そらさない瞳。
 刀流もまたそらさないまま、見つめ返す。…そらせない。
「私を選んでくださって…ありがとうございました」
 そう言って、深々と頭を下げた。
「え? …あ…」
 刀流は言葉にならない音を発する。
 ――まさか、こんなことを言われるとは思ってなかった。
 嵐が再び顔を上げ、視線がぶつかった。
 …再び、ドキリとしたと思った。
 ――刀流に、鼓動はないのに。…とっくに、失われたものなのに。
 ドキリとした自分自身を否定するように、刀流は頭を振る。そして、口を開いた。

「訊いても、いいか?」
「…何を、ですか?」
 嵐は刀流を見つめた。…今も尚、まっすぐな視線。
 澄んだ、瞳。
「…お前は何故、悪霊と闘う? …何故、闘おうと思う?」
 『女』である嵐。…守られてもいい存在だろうに。
 …守られていてもいい存在であろうに。
「何故…? 父上の望みだから…ですが」
 当然とばかりに嵐は答える。嵐は首を傾げた。
「強くあれ。母上を守れ。それが、父上の言葉です。…母上は自分で気付かぬ『狙われやすい』方だから…」
「…『男』と思っての望みだろう? 嵐は『女』じゃないか」
 小さく、刀流は呟く。
 刀流の呟きに、嵐は逆に「何故」と問いかけた。
「何故…謎に思うのですか? 私は…父上が望んでくれたことを、私自身もまた、望むだけです」
「――…」
 刀流は、嵐の答えに意識せず目を細めた。
 父親の言葉を守るため…父親の願いを叶えるため。――そして、母親を守るため。
 女である嵐が、刀を取って闘うというのか――。

「…刀流殿」
 嵐は今も静かな声のまま、刀流を呼んだ。
 意識せず俯いていた刀流は、顔を上げる。
 嵐は今も、澄んだ瞳で刀流を見つめていた。
「刀流殿は…『女』、『女』と言いますが…私は馬鹿にされているのですか?」
「そういうわけでは…っ!!」
 続いた言葉は想定外なもので、刀流は思わず声を荒げる。
 自身の口調の強さに、刀流は慌てて口に蓋をした。その様子に嵐は微かに口元に笑みを刻む。
「…私を心配してくれてるんですか? ありがとう…ございます。とても、嬉しい」
 けれど、と嵐は続ける。
「『女』、『女』と…言うことは、やめてください。私は確かに女です。けれど…男に劣っているわけではないと、思っているから」
「――…」
 刀流は、声を失った。

 ――決意の言葉。自分の意志を貫こうとする、心。
 それを示す…どこよりも現す、瞳。
(――ああ…)
 初めて視線がぶつかった時には、もう…決めていたのか。
 刀流は思った。
 …自らが気付かないまま、捕らわれていたのか、と。
 ――まっすぐで、澄んだ瞳に。
(オレは…)
 『オレ』が無くなるまで。
(この娘の、刀になろう)
 この娘だけの…刀でいよう。
 刀流はそう――決めた。

「――悪かった」
 刀流は嵐に謝罪した。
 嵐が嵐であること。男とか、女だとか…そういうことではなく。
 これからは、嵐が嵐であることを尊重しようと思う。
 刀流の謝罪に嵐は瞬き、再び笑う。
 ――年相応の、笑み。まだ、十四の少女だ。
「闇はもう、近い。…嵐、家に向かおう」
 刀流は嵐の手を取った。
 嵐は刀流の手を避けない。「はい、刀流殿」と頷く。
「……」
 刀流は嵐を見つめ、少しばかり考える。
 突如、嵐を抱き上げた。
「ぅひゃっ!?」
 嵐の妙な声に刀流は思わずプププと笑った。
 …笑うのを堪えたが、堪え切れなかった。
「それから…」
 笑いが治まると、嵐を抱いたまま刀流は口を開いた。
 『刀』である、人形をなした刀流が触れられる存在は、少ない。
 少し浮かれているかもしれない、などという自覚がありつつ刀流は続ける。
「『刀流』でいい。『殿』は、いらない」
 『刀流』を見つけ、認めた存在。
「…オレは、お前のモノだ」
 刀流の言葉に嵐は瞬いた。
 バランスをとるのに刀流にしがみつきつつ、呟く。
「――刀流?」
 呼びかけに、刀流は心から微笑む。
「よし」
 嵐に「どっちに行けばいい?」と問いかけつつ、足を進めた。

 
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