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其の十三

わたしが刀を手に入れて――三年が、経った。
そして…出会う。
あの人に――再び、会う。

 

 目が、覚めた。
 嵐はむくりと起き上がる。
「どうした?」
 刀流は声をかけた。
「…目、覚めた」
 寝惚けているせいか、単語のみを嵐は言った。
 ちなみに刀流は眠らない…というより、眠りを必要としない。
 三年前――刀流が嵐のモノと、嵐が刀流の使い手となってから、ずっと…同じ時を、同じ家で過ごしていた。
 嵐の母に、刀流の姿は映らないまま。
「――そうか」
 寝惚けた様子の嵐に刀流は応じる。
 刀流の声を聞きながら、嵐は外を見た。
 …わずかではあるが、庭に月光が降り注ぐ。
(外に…行こう)
 そう、嵐は思った。
「どうした?」
 むくりと起き上がった嵐に、刀流は声をかけた。
 ふらふらと、嵐は夢遊病のように歩く。
「…外…行ってくる…」
「――こんな夜に?」
 意外な嵐の言葉に、刀流は言葉を続ける。
「…そんな気分」
「…どんな気分だ…」
 刀流はわずかにため息を交えて言う。
「それから…外に外出することは勧められない」
 刀流の言葉に、寝惚けまなこのままの嵐はゆるゆると瞬いた。
 ふと、笑みを浮かべる。

 ――あれから、三年。
 未だに嵐は男のような格好なりをしている。
 今も、一族の者には女だとばれていないし…ばらしていない。
 刀流は女だと知っているからか…時折、はっとするほど美しいと思うことがある。
 今の微笑みも、また…。
(――美しい娘になった)
 顔立ちというわけではなく…その真っ直ぐな、変わらない目が…美しいと思う。
「大丈夫、今夜は月も出ているし…」
 その言葉に、立ち上がり嵐に付き合おうとした刀流は瞬いた。
 『大丈夫』だと、嵐は笑った。
 ――それはすなわち…『ついてこなくていい』という意思表示意味だろうか。
 そう思いながらも、刀流は訊ねる。
 『付き合わなくていいか』と。
 その答えは刀流の予想通りで「大丈夫だよ」だった。
 刀流は少しばかり顔をしかめる。…けれど、一つ息を吐いて自身の不満を吐き出した。
 ――完全にはぬぐい去れなかったが。
 嵐にだって、一人になりたいことはあるだろう。
 四六時中と言っていいほど、刀流は嵐と共にあるから。
「…必要があれば、名を呼べ」
 刀流は嵐に告げる。
「必ず、行くから」
 刀流の言葉に嵐は「わかった」と頷く。
「ありがとう」
 淡い月明かりの下、嵐は廊下へ進み外に出た。

・ ・ ・

 …幼い頃、迷子になった時以来の夜の外出だった。
 ――ふと…突然に、思いだす。
『気をつけて。もう…夜に出歩いちゃ駄目だよ』
 その言葉。
 幼い日に出会った…彼の、言葉。
(あの人は…どうしているだろう)
 ――唐突にそう、思った。

 夜道を歩く。
 今夜もあの日と同じ、風に女郎花おみなえしが揺れる…秋の夜。
 空には細い月と、星。
 月が細いせいか、夜空に星の輝きが映える。

 嵐は、当てもなく歩いた。
 幼い日の記憶を辿りながら…面白がって。
(――変わらない気がする)
 寝惚けたまま頭の嵐だったが、歩いているうちに目が冴えたのか、あるいは記憶を辿る内に頭が活性化してきたのかしっかりとした足取りで歩き回っていた。
「……」
 ――歩き回った。
 ふと、嵐は足を止める。くるりと辺りを見渡した。
(まさか…)
 …まさか、とは思うが。
「――迷った…?」
 ポツリと、嵐は呟いた。

(…え、えぇ…と…?)
 心の中で、呟く。
 そして嵐はとりあえず歩きだした。
 立ち止まっていても、どうにもならない。
 もと来た道を戻る。…もどっている、つもりである。
(ここは通ったっけ…?)
 …まさか…。
 嵐は心中でため息をついた。
(この年で迷子になるとは…)
 歩を進める。
 頭を軽く振ると、嵐の髪がサラリと揺れる。
 わずかに俯いて歩いていると、視界が暗くなったと思った。
 嵐は空を見上げる。
「…あ…」
 細い月が雲に覆われ、隠れた。
 細くとも、月は月。
 光源を奪われれば、暗くなるのは当然かもしれない。
 嵐は十字路に至る。
(さて…どちらから来たのだったかな…)
 自分に問う。
 …当然ながら、答えはない。

 さわり、と嵐の首筋を何かが撫でたと思った。
「…――」
 嵐は一度瞬き、眼光を鋭いものにする。
 ――ザワ…。
 首筋を撫でたものが、背筋にまで広がったような気がした。
 悪寒とは違う、けれど…脊髄にまで広がるような、寒気。
(…これは…)
 悪霊と遭った時の気配と似た…いや、同じ気配モノ

 嵐に悪霊を『見る』ことはできない。
 だが、感じることはできる。
 …そして、嵐の感知能力が違えたことはなかった。
 ――刀流の折り紙付きでもある。
 嵐はこの感知能力ことならば、自身を持って言える。
 この…十字路に…。
(悪霊が、存在する!)

『…必要があれば、名を呼べ』
 刀流の言葉が蘇えった。
『必ず、行くから』
 三年前――嵐が刀流の使い手として選ばれてから、共の時間を過ごした。
 共にあり、友の時間を重ねた。
 ――刀流が、言葉を違えたことはない。
 嵐は刀流の名を呟く。
「と…」
 ――呟こうとして、止める。
「――…」
 何かが動く気配。
 悪霊とは違う…人の気配だろうか。

(巻き込むわけにはいかない)
 嵐は一瞬躊躇した。
 その躊躇の間に、辻に一人が立っていた。
 そのことに、気付く。
「…?」
 先程まで見えなかった、はずだ。少なくとも嵐は、気付かなかった。
 背丈から、男だと予測された。

「――…」
 内容までは分からなかった。
 けれど…何か呟いている、ということはわかった。
「――…?!」
 嵐は「え」と思った。
 ――忽然と…消えた。
 嵐の背を撫でた寒気が。
 …脊髄にまで広がるような寒気が。
(悪霊が、消えた?)
 嵐は目を凝らす。
 突如現れた、と思えた存在…一人の男を、見つめる。

(…あの人が、何かしたのか…?)
 嵐はそんなことを考えた。

 
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