TOP
 

−ⅱ

 …パキンと、小枝が折れる。パチパチと小枝が燃えていた。
 ループルはフッと、目を開いた。目が覚めたのだ。
「…」
 いつものように、ループルの周りを守る風がめぐっている。
「…?」
 いつものように――けれど、いつもとは違う風が。
「…どうしたの…?」
 自分の周りをめぐる風がなんとなく騒がしい。こんなことは今までになかった。
「…?」
 けれど、ひとまず。ループルは呼吸と一緒にゆっくりと瞬きをした。
「ЭеЖјЪљыЪ」
 ループルの薄墨色に戻っていた瞳が、わずかに琥珀色に変わり始める。
「ЭеСЮГГСјЭеСЮРФЩЌІнЧ…ЬЉЧ」
(…あ、落ち着いてきた…)
 言葉に反応したせいか、風が騒がしさをなくしたように感じながらループルはそんなことを思った。
「Ін! ІЂ…ЉюІЂ!!」
 ループルの声と共に風が、一気に空に散る。
 ループルの周りに存在した守りの、盾の風はただの風に戻っていた。
 空を見上げる。
「…どうしたんだろう…?」
 それから、ふと木の向こうを見つめた。…正確には、そこに埋まっている男達を。
 ループルは小さくため息をついた。
 また町に行かなくては、と。

* * *

 賊を役人に引き渡し、またもや賞金をもらってしまった。…いや、お金はないよりあったほうが良いからいいのだが。
 風が吹いて、ループルの髪を揺らす。
(そういえば、今日引き渡した人達の会った人…)
 今日役人に引き渡した賊は、男か女かもわからない…なぜか思いだせない『誰か』が、風除けのダボイ(実際は『ダヴォイ』なのだが、ループルは『ダボイ』だと思っている)をやったと言っていた。
(ダボイってなんだろう?)
 ループルは「うーん…」と思わず呟きをもらす。
 ループルは指を唇に当てた。そして、軽く噛む。

 何かが、始まっているのだろうか。…我知らず、何かが。
(でも…)
「何が…?」
 ループルの問いかけに、答えはない。

* * *

「…厄日?」
 ループルは小さく息を吐き出しながら呟く。
 自分は何か『襲うべき』リストにでも載っているのだろうか?
 厄日というか、厄日々というか…。
 このところ、よく賊に襲われてしまっている。――全て撃退しているが。
 ちなみに合計七賊である。
 風呂に入ってから十日。…明らかに、多い。――と、いうか…。
(こんなにたくさんの賊がいて、どうして町が襲われた、とかそういう話を聞かないんだろう?)
 もしや自分しか襲われていないのか?
(…まさかなぁ…)
 一応、賞金をもらえる程度に迷惑をかけている奴等なんだから、自分以外も襲われているのだろう、とループルは考え直した。

 …そして。
「金を置いてけっ!!」
 計、八賊目…。
「ЭеЖЪљыЪ」
 マントの内側からエルファを手に取りつつ、「ここ最近でもう何回言ったかなー」なんて思いつつ、呟く。
「фКЈЋхЕЖЩ ЁЌІЏЕЖЫ…Ін! ЏГІ」
 まずは、風を呼んだ。
 男達…今回は女も数人混ざっている…は一度歩を緩めた。
 ループルは間を入れず次の言葉を発する。
「ДЇЂЁЪФКЮЂРЌУЧ…См! ІЂ!!」
 次は川沿いが故に、水。ループルの『言葉』に、水は賊達を戒める。
「АКФКБВЮЕуУЧ пЂВ! Ъ!!」
 そして…最後に大地の呼びかけた。
 大地が揺れる。そして、大地は賊達の体…半分以上…を地中に飲み込む。
「――なんか…かなり手早くなったな…」
 ループルは小さく呟いた。
 そして悪態をつく賊達に歩を進め、ループルは今まで自分を襲ってきた賊と同じことを問いかけた。
「あなた方は、誰かに私のことを言われたんですか?」
 ループルの問いかけにそれぞれ賊は顔を見合わせた。
「答えてやる義理はないね」と、髪の長い女が言う。
 ふむ、とループルは呟き、応じた女に近づいた。
 しゃがみこんで、わずかに首を傾げる。
「そうかもしれませんけど、そこをどうにか」
「言わせてみな」
 女…ちなみに二十代後半くらいだろうか…はループルを睨みつけ、言った。
 その答えに、ループルは微笑んだ。
「ЭеЖЪљыЪ」
 その言葉と共にループルの瞳が、今一度琥珀色に輝きだす。
「ЊЊЗЌёГиЯЏЧ …ПКЅ」
 そう言うと突如、エルファを持たない左手に火が現れた。今まで強気だった女がその火を見てぎょっとする。
「教えてくれないと、この火がどこに灯るかわかりませんねぇ」
 ループルの言葉に女は瞬時に顔を青く染めた。
 ループルの視線が女の髪に注がれていたからだ。
「お、おおお覚えてない!」
 女は動揺の色を隠しきれず…むしろ隠さず…言った。ループルは女の答えに小さく息を吐き出す。
「本当だっ!!」
 ループルのため息に女は半ば叫び声を上げる。
 ループルは今まで襲ってきた賊が『自分を襲撃しろ』と言ったと予測される人物のことを『そういう人間がいた』という記憶しかないことを頭の片隅に浮かべ、言った。
「確かに言われたのに、男か女かも覚えていない、と」
「そう…だっ!!」
 未だループルの手に灯る火を見つめ、口元を引きつらせながら女は応じる。
 髪の長い女が他の賊達に同意を求め、同意を求められたほうは大きく頷く。
「ありがとうございます」
 では、とループルは灯る火を消した。
「役人を呼んできますので」
 そしてループルは、風を用いて町に向かった。
 …もっとも。今ループルのいる場所は町からさほど遠くなかったが。

(…もしかして…)
 ざわざわと賑やかな通りを歩きつつ、ループルは考える。
(町が大きいから賊も多いのかな…?)
 それにしても、賊の言葉に見え隠れするループルを襲え、と発破をかけているらしい『誰か』の存在。
(何が、どうなってるんだろう?)
 考えながらも、ループルは町に足を進めた。
 そこはセイジェルより北寄りの土地…山中の街道を抜けてすぐの町アンクス。
 まだまだ乾燥した地域といえるが、港があるため様々な土地との交流が盛んな土地であり、商業が盛んな町であるといえる。

 そして、アンクスに初めて来たループルは知らなかった。

「ごめんよっ!!」
 少年がループルの横…と言うよりも、ループルに体当たりをして走り去る。
「大丈夫…」と答えるころには、もう、少年の姿は見えなくなっていた。
「…足、速いなぁ」
 ループルは一人呟いた。
(それにしても…人が多いなぁ。役所はどこだろう?)
 ループルは足を進める。
 こうばしい香りがして、ループルは自分が起きてからまったく食べていなかったことを思いだした。意識した途端、空腹を感じるような気がする。
(何の匂いだろう…パン、かな?)
 朝食に買ってしまえ、と匂いの元をたどる。
 そしてすぐ近くに匂いの元…パン屋があった。
 石造りの店内にはループルが感じたこうばしい香りが充満しており、ますます空腹感が増した。
 チーズとハムと野菜がはさんであるサンドイッチに目が留まり、それを買おうとループルは決めた。マントの内側…腰元の財布に手を伸ばす。
「…?」
 声に出さず、ループルは首を傾げた。
 ――ウエストポーチにあるべき財布が、手に触れない。
 ループルは思わず、自分を包むマントをバサッと勢いよくめくった。
 …ウエストポーチは、ある。――しかし。

 ループルは顔面の血の気が引いた気がした。
 財布と…それから。
 通常手に触れるエルファがなかったのである!
「…え、えぇ…と…」
 ループルは、知らなかった。
 アンクスは商業が盛んな町。…そして。
「…どうすれば、いいんだろ?」
 治安が良いとはいえない町だということを。

* * *

 パン屋の人に訊ね、とりあえず役所に向かうループル。
 歩きながらループルの頭の中はかなり混乱していた。
 …例えいつもとかわらないような表情をしていたとしても、だ。

 実は喧嘩っ早い部分もあるが外見も実態も『のんびりホノボノ娘』なループル。
 その『のんびり』加減が現れていたのか。
 スリに財布とエルファを奪われてしまったのであった。

 
TOP