夕食をとり、ループルの腹の虫も落ち着いた。
「スール、エルファを新しく作ったほうがいい、と言いましたよね?」
そう言いながら、ループルはエルファを取り出した。
パチパチと、炎が燃える。この炎は、スールによってもたらされたものだ。
「そう、だな」
ループルの正面…炎を挟んで向こう側にスールは腰を下ろしている。
ループルは一度、瞬きをした。そして、問いかける。
「…エルファは、誰か作ってくれている人がいるんですか?」
エルファ職人、とかいうものでもいるのだろうか。
「それとも自分で作るものなのでしょうか?」
スールはループルの問いかけに、壊されてしまったループルのエルファを一瞥して「それは、俺が作ったものだが」と、応じた。
…今まで愛用していたのはスールが作ってくれたもの…。
その呟き…事実に、
(そのエルファを、壊されちゃったのか…)
ループルは更に、へこんだ。
「…また、作るか?」
肩を落とし、落ち込んだ様子のループルを見て、スールは静かに言った。
ループルは「え?」と問い返してしまう。
スールの呟きを聞き逃したわけではなかったが、『本当に?』という思いから、思わずこぼれた呟きだった。
ループルの問いかけを聞き逃したと判断したらしいスールが「また…俺が作るか?」と繰り返した。
意識せず、握った拳を胸元に当てる。期待のせいか、握った手の体温が上昇した気がした。
「あの…お願いしてもいいですか?」
愛用していたエルファが壊れてしまったことは、悲しい。――だが。
「あぁ、構わない」
スールの言葉にループルの瞳がパッと輝いた。
(新しいエルファを…スールが作ってくれるなんて!)
嬉しい。単純に、嬉しい。思わずループルは笑顔になってしまう。
しかも、だ。スールがエルファを作ってくれるとなると、少なくとも新しいエルファが出来上がるまで…もし、エルファを作っている間会うことが…一緒にいることができなくても、新しいエルファが出来上がれば会える。
「ありがとうございます!」
ループルは頭を下げる。
そんなループルに、スールは笑みで応じた。…浮かれたループルは、そのことに気づかなかったけれど。
――そしてその、深い黒と見紛う藍色の瞳が何かで揺れていたことにも、ループルは気づかなかったけれど。
赤い影が二人を染める。夜は更けていった。
* * *
ループルは、ふと目を覚ました。
「――? …?」
いつもと、何かが違う。でもその『何か』が、わからない。
「…ん…」
とりあえず、大きく伸びた。…と、横に伸ばした腕が、何かにあたった。
「?」
まだ寝惚けている頭だが、ループルは考えた。
いつものクセで、右側には木がある。
だから、右腕が何かにあたるのは、まぁ、わからないでもない。
しかし、左側には空き地…あったとしても、焚き火、なのだ。
仮に今ループルの手にあたったものが焚き火だとしたら、熱いはずだ。火傷を負っていたはずだ。
しかし、なんともならない。
(…なんだ…?)
ループルは視線を――頭を、左側へと向けた。
…その、ループルの瞳に映ったのは…。
「?!」
一人の、男だった。
黒い髪、閉じられた瞳。額飾り、黒っぽい衣類…。
よく、その男を見てループルは自身につっこみをかます。
(スールじゃん)
昨日、一緒になった。なんだかんだでスールと共に野宿ができた。
ループルは起き上がった。そして、じっと男…スールを観察する。
スールはそんな隣の気配に気づくことなく、安らかに眠っている。
(…わぁ、寝てるよ…)
――と、ループルはなんだか妙な感想を抱いた。
じっと、その寝顔を見つめる。…見つめ続ける。穴が開いてしまいそうだ。
「…顔洗おっと」
そう、小さく呟きをもらしながらループルは立ち上がった。
別に、スールの寝顔観察に飽きたわけではない。むしろ、もっと見ていたい。
だから、早々に顔を洗ってしまってまたスールの寝顔を観察しようと考えたのだ。
顔を洗っていると、後ろから誰か来るような感じがした。
(あれ?)
もしかして…ループルはそう思い、顔を拭くと振り返った。…予想どおり、そこにはスールが立っていた。
(起きちゃったのか…)
もう少し寝顔を観察していたかったのに残念、とループルは考える。
「おはようございます」
ループルは額飾りを額にあてながら告げた。
逆に、スールは額飾りを外しながら「あぁ」と返す。
どうせだから待っていよう、とループルはボーっと立っていた。
スールは顔を洗い、頭を振りながら振り返る。
そんなスールに布を差し出しつつ、言った。
「これ、使いますか?」
自分が使ったものですが、と続けようとしてループルの視線はある一点に集中する。
(…あ)
ループルは、スールの通常額飾りと前髪に覆われている、今は露わになった額を見つめた。
ループルの記憶の中に、それはなかった。けれど。
(スールの額に…)
痣があった。それは、まるで…。
(私と、同じ?)
――ループルの額にある痣と同じような模様が、そこにあった。
* * *
そもそも、と。ループルは考える。
この痣…額にある模様は一体なんなのか、と。
スールと再会して早五日。ループルの新しいエルファは、まだ完成していない。
…頑張って新しいエルファを作ってくれているらしい――なぜ「らしい」かというと、スール曰く、「見られていると集中できない」とのことで、ループルはスールがエルファを作っているところを見たことがないからである――スールには悪いかもしれないが、それは、どちらかというと嬉しい。
スールと共にいられる時間が延びることを示すから。
――それはさておき。
スールの額に痣を発見してから、ループルは考えるようになった。
この痣には何か意味があるのか、と。
きちんと見えたわけではないから、ループルの額の痣とスールの額にある痣が同一のものかどうかは定かではないのだが、それでも、スールの額にも痣があることは確か。
そしてループルの場合にはその痣が左右の手の甲と心臓の上辺りにも、額にあるものと似たものがある。
この、痣。
痣のことを考えながらも…わからないことがあれば大抵スールに問うのだが、今回は…なぜか、スールには問えないループルがいる。
仮説は一つ、たてた。
(うーん…。もしかして『力』を借りれる人間にある、とか?)
ループルはそんなことを思った。
今現在スールは用事がある、とかで街の方にでかけた。
ループルは荷物の見張り番で二人が野宿しているところに残っている。
この五日間、一人になると考えるのは大抵痣のことだ。
ループルはスールと自分の共通点を考えて、そんな仮説にいたる。
ループルとスールの共通点…それは『力』を借りることができる、だ。
他の人間で自分達のように『力』を借りることができる者をループルは見たことがなかった。
――まぁ、判断基準はエルファを持っているかどうか、なのだが。
そのエルファを持っている人間を、ループルはスールしか知らない。見たことがない。
(そういえばスールには額以外にも痣があるのかな?)
スールの手の甲には見当たらないが…もしループルと同じように、同じ箇所に痣があるというのなら、額ばかりではなく、心臓のある上の部分にもあるのだろうか。
かといって…知りたいからといって、まさか「服を脱いで」と言うわけにもいかないだろう、とループルは考える。
(しかもそんなこと言ったら変態だって…)
スールから「…」と、沈黙を返されるのがオチだろう。
それにしても、とループルは空を見上げた。
――青い。赤い。東からは夕闇の気配が近づいている。
吹く風が時折冷たい。
(スール、遅いなぁ…)
ループルは木に背をあずけ、雲を見つめる。日によって紅く染められて、綺麗だ。
スールは日が一番高いころに行ったので、もう出かけて半日は経つ。
ガサガサ、と風に木の葉が揺れる。
風に…。
(――ん?)
現在、風はナシ。なのに、木が揺れるとは…これは…。
人間か、と。そう、考えながら振り返る…とそこに立っていたのはスールではなく。
「よう、久々だな」
「…はあ」
見覚えがあるようなないような、ゴロツキ男(数名)が、姿を現した。