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−ⅱ

 夕食をとり、ループルの腹の虫も落ち着いた。
「スール、エルファを新しく作ったほうがいい、と言いましたよね?」
 そう言いながら、ループルはエルファを取り出した。
 パチパチと、炎が燃える。この炎は、スールによってもたらされたものだ。
「そう、だな」
 ループルの正面…炎を挟んで向こう側にスールは腰を下ろしている。
 ループルは一度、瞬きをした。そして、問いかける。
「…エルファは、誰か作ってくれている人がいるんですか?」
 エルファ職人、とかいうものでもいるのだろうか。
「それとも自分で作るものなのでしょうか?」
 スールはループルの問いかけに、壊されてしまったループルのエルファを一瞥して「それは、俺が作ったものだが」と、応じた。
 …今まで愛用していたのはスールが作ってくれたもの…。
 その呟き…事実に、
(そのエルファを、壊されちゃったのか…)
 ループルは更に、へこんだ。
「…また、作るか?」
 肩を落とし、落ち込んだ様子のループルを見て、スールは静かに言った。
 ループルは「え?」と問い返してしまう。
 スールの呟きを聞き逃したわけではなかったが、『本当に?』という思いから、思わずこぼれた呟きだった。
 ループルの問いかけを聞き逃したと判断したらしいスールが「また…俺が作るか?」と繰り返した。
 意識せず、握った拳を胸元に当てる。期待のせいか、握った手の体温が上昇した気がした。
「あの…お願いしてもいいですか?」
 愛用していたエルファが壊れてしまったことは、悲しい。――だが。
「あぁ、構わない」
 スールの言葉にループルの瞳がパッと輝いた。
(新しいエルファを…スールが作ってくれるなんて!)
 嬉しい。単純に、嬉しい。思わずループルは笑顔になってしまう。
 しかも、だ。スールがエルファを作ってくれるとなると、少なくとも新しいエルファが出来上がるまで…もし、エルファを作っている間会うことが…一緒にいることができなくても、新しいエルファが出来上がれば会える。
「ありがとうございます!」
 ループルは頭を下げる。
 そんなループルに、スールは笑みで応じた。…浮かれたループルは、そのことに気づかなかったけれど。
 ――そしてその、深い黒と見紛う藍色の瞳が何かで揺れていたことにも、ループルは気づかなかったけれど。
 赤い影が二人を染める。夜は更けていった。

* * *

 ループルは、ふと目を覚ました。
「――? …?」
 いつもと、何かが違う。でもその『何か』が、わからない。
「…ん…」
 とりあえず、大きく伸びた。…と、横に伸ばした腕が、何かにあたった。
「?」
 まだ寝惚けている頭だが、ループルは考えた。
 いつものクセことで、右側には木がある。
 だから、右腕が何かにあたるのは、まぁ、わからないでもない。
 しかし、左側には空き地…あったとしても、焚き火、なのだ。
 仮に今ループルの手にあたったものが焚き火だとしたら、熱いはずだ。火傷を負っていたはずだ。
 しかし、なんともならない。
(…なんだ…?)
 ループルは視線を――頭を、左側へと向けた。
 …その、ループルの瞳に映ったのは…。
「?!」
 一人の、男だった。
 黒い髪、閉じられた瞳。額飾りサジフェス、黒っぽい衣類…。
 よく、その男を見てループルは自身につっこみをかます。
(スールじゃん)
 昨日、一緒になった。なんだかんだでスールと共に野宿ができた。
 ループルは起き上がった。そして、じっと男…スールを観察する。
 スールはそんなループル気配様子に気づくことなく、安らかに眠っている。
(…わぁ、寝てるよ…)
 ――と、ループルはなんだか妙な感想を抱いた。
 じっと、その寝顔を見つめる。…見つめ続ける。穴が開いてしまいそうだ。
「…顔洗おっと」
 そう、小さく呟きをもらしながらループルは立ち上がった。
 別に、スールの寝顔観察に飽きたわけではない。むしろ、もっと見ていたい。
 だから、早々に顔を洗ってしまってまたスールの寝顔を観察しようと考えたのだ。

 顔を洗っていると、後ろから誰か来るような感じがした。
(あれ?)
 もしかして…ループルはそう思い、顔を拭くと振り返った。…予想どおり、そこにはスールが立っていた。
(起きちゃったのか…)
 もう少し寝顔を観察していたかったのに残念、とループルは考える。
「おはようございます」
 ループルは額飾りサジフェスを額にあてながら告げた。
 逆に、スールは額飾りサジフェスを外しながら「あぁ」と返す。
 どうせだから待っていよう、とループルはボーっと立っていた。
 スールは顔を洗い、頭を振りながら振り返る。
 そんなスールに布を差し出しつつ、言った。
「これ、使いますか?」
 自分が使ったものですが、と続けようとしてループルの視線はある一点に集中する。
(…あ)
 ループルは、スールの通常額飾りサジフェスと前髪に覆われている、今は露わになった額を見つめた。
 ループルの記憶の中に、それはなかった。けれど。
(スールの額に…)
 痣があった。それは、まるで…。
(私と、同じ?)
 ――ループルの額にあるものと同じような模様が、そこにあった。

* * *

 そもそも、と。ループルは考える。
 この痣…額にある模様は一体なんなのか、と。

 スールと再会して早五日。ループルの新しいエルファは、まだ完成していない。
 …頑張って新しいエルファを作ってくれているらしい――なぜ「らしい」かというと、スール曰く、「見られていると集中できない」とのことで、ループルはスールがエルファを作っているところを見たことがないからである――スールには悪いかもしれないが、それは、どちらかというと嬉しい。
 スールと共にいられる時間が延びることを示すから。

 ――それはさておき。
 スールの額に痣を発見してから、ループルは考えるようになった。
 この痣には何か意味があるのか、と。
 きちんと見えたわけではないから、ループルの額の痣とスールの額にある痣が同一のものかどうかは定かではないのだが、それでも、スールの額にも痣があることは確か。
 そしてループルの場合にはその痣が左右の手の甲と心臓の上辺りにも、額にあるものと似たものがある。
 この、痣。
 痣のことを考えながらも…わからないことがあれば大抵スールに問うのだが、今回は…なぜか、スールには問えないループル自分がいる。

 仮説は一つ、たてた。
(うーん…。もしかして『力』を借りれる人間にある、とか?)
 ループルはそんなことを思った。
 今現在スールは用事がある、とかで街の方にでかけた。
 ループルは荷物の見張り番で二人が野宿しているところに残っている。
 この五日間、一人になると考えるのは大抵痣のことだ。
 ループルはスールと自分の共通点を考えて、そんな仮説にいたる。
 ループルとスールの共通点…それは『力』を借りることができる、だ。
 他の人間で自分達のように『力』を借りることができる者をループルは見たことがなかった。
 ――まぁ、判断基準はエルファを持っているかどうか、なのだが。
 そのエルファを持っている人間を、ループルはスールしか知らない。見たことがない。
(そういえばスールには額以外にも痣があるのかな?)
 スールの手の甲には見当たらないが…もしループルと同じように、同じ箇所に痣があるというのなら、額ばかりではなく、心臓のある上の部分にもあるのだろうか。
 かといって…知りたいからといって、まさか「服を脱いで」と言うわけにもいかないだろう、とループルは考える。
(しかもそんなこと言ったら変態だって…)
 スールから「…」と、沈黙を返されるのがオチだろう。
 それにしても、とループルは空を見上げた。
 ――青い。赤い。東からは夕闇の気配が近づいている。
 吹く風が時折冷たい。
(スール、遅いなぁ…)
 ループルは木に背をあずけ、雲を見つめる。日によって紅く染められて、綺麗だ。
 スールは日が一番高いころに行ったので、もう出かけて半日は経つ。

 ガサガサ、と風に木の葉が揺れる。
 風に…。
(――ん?)
 現在、風はナシ。なのに、木が揺れるとは…これは…。
 人間か、と。そう、考えながら振り返る…とそこに立っていたのはスールではなく。
「よう、久々だな」
「…はあ」
 見覚えがあるようなないような、ゴロツキ男(数名)が、姿を現した。

 
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