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−ⅰ

「この間は痛い思いをさせてくれてアリガトよ、お嬢ちゃん」
 …お礼を言われてしまった。
 よく見ればこの間――とはいっても既に十日は経っただろうか――のゴロツキではないか。…役人に、引き渡したはずの。
 もう、拘置所から解放されたのだろうか。
 ともかく、ループルはお礼を言われたので「ドウイタシマシテ」と返してみた。
 ピクリ、と男の表情が硬くなるのが見えた。
「もう、拘置所から解放されたんですか?」
 ある程度迷惑をかけていた時いていたから、もっと長い間囚われたままかと思っていたのだが。
「あぁ、オカゲサマでな」
 そう言って、笑う。…目は明らかに笑ってないが。
「今日はエルファを持ってない! だから、単なる娘だ!」
 そう言った男を見て、ループルは「ふむ」と小さな呟きをもらす。
(エルファのこと知ってるんだ)
 エルファの存在を知る、細面の男。
(ふぅん…)
 ループルは、考える。
 確かに今、エルファを持ってない。自分は特別体力があるわけじゃないし、攻撃力があるわけでもない。足だって速くない。
 しかし、『力』を使えないわけではないのだ、別に。…ただ、暴走するかもしれないという危険性を秘めているが。
 暴走するかもしれない力を使うよりは、逃げてしまったほうがいいだろう。だが…。
(あの人…)
 細面の、エルファを知る男と話がしてみたいと…話を聞いてみたいと思った。
 なんだかんだで自分は、エルファのことや…扱える『力』のことがわかってないと気づいた。
 記憶に穴があって、それはもしかしたら当然のことなのかもしれないが。

(大丈夫…かな?)
 なんとなく、だった。――その「なんとなく」が命取りになるかもしれないのだが――なんとなく、だった。
 ループルは小さく息を吸い、吐き出す。呼吸を整え、自分を捕らえようとする男達を見据えた。
「ЭеЖјЪљыЪ」
 男達が…前の、ループルの不可思議な力を思いだしたのか、ぎょっとした顔をする。
 細面の顔の男は「なに…?!」と声を詰まらせていた。
 そんなことは気にせず、ループルは続ける。
「фКЈЋхЕЖЩ ЁЌІЏЕЖЫ …Ін!」
 前と同じように…風が、男達を包む。
(あ…)
 言った後、ループルは思いだした。
(この人達、風の『力』が通じなかった人達だ!)
 確か『ダボイ』とかなんとか言っていた。…最終的に『大地』で捕らえたが…ヤバイ、と思った。しかし、ともかく。最後まで言い切る。
 風が、吹く。…明らかに意思を持った、風が!
「ЏГІ!!」
 ループルは閉じていた瞳を開いた。
 その瞳は…輝く琥珀色。薄墨色から変化した、いろ
「だぁっ?!」
「うゎっ!」
 風に身を……体の動きを捕らわれた男達は声をあげる。
「…成功!」
 ループルは自賛した。前回は風の力が通用しなかったが…今回は風の力で捕らえることに成功する。
 ――かくして、男達は。
「…なぜだ…?」
 前には捕らわれなかった風に捕らわれた。

* * *

「…で…」
 ループルは迷わず細面の男の目前に立った。
 ――風がめぐり続け、ループルを襲った男達は風に捕らわれたままだ。
 エルファを知る、細面の男はゴク、と喉を鳴らす。ループルの瞳…らんらんと輝く琥珀色の瞳を、恐ろしいと感じた。
「少し、訊いてもいいですか?」
 真っ直ぐに見つめる瞳。男は、応じない。…正確には、応じることができないだろうか。
「あなたは、エルファのことを知ってましたよね?」
 最後の勇気を振り絞ったのか、男はループルの瞳から、目を逸らした。
「…」
 ループルは目を細め、男を見据える。他の男達は、そんな様子を何もせず――まぁ、動けないのだから何もできないのだが――見ていた。
「ЭеЖјЪљыЪ」
 そう言いながら、ループルは手のひらをかざす。
 周りの男達は「なんなんだ?」と思わず注目した。…すると。
「ЊЊЗЌёГиЯЏЧ …ПКЅ」
 静かな口調のまま言葉を紡いだループルのかざした手に…炎が宿った。
「?!」
 ループルから顔を背けた男は、視界の隅に突如現れた存在に、口元を引きつらせる。…元々細い顔が更に、細面に感じられる。声にはならず、「まさか」と呟いた。
「私、結構気が短いんです」
 その言葉に男達は「結構なんてモンじゃなく、かなりだろう…」という感想を抱いた。…誰も、口にすることはないが。
「髪や服を薪代わりにされたくないのなら、私と話をしてください」
 ――表情だけ見ていれば穏やかなループルは、そう、細面の男に告げた。
 男はこくこくと何度も何度も頷く。

「もう一度訊きますが」と前置きをしてから、ループルは再度問いかけた。
「あなたは、エルファのことを知ってましたよね?」
「あ、ああ」
 本当は目を逸らしたい。…逸らしてしまいたい。だが、視線を外した途端、少女ループルの手の炎が灯されそうで、怖い。
 恐怖に彩られた表情が、語っている。
 まぁ、薪代わりになりたい人間はいないだろう。
「なぜ、知ってるんですか?」
「…おれがかつて、シダズィーエを目指していたからだ」
 シダズィーエ…聞いたことのある言葉だ。
「ジダジーエ…」
「シダズィーエ」
 ループルの間違いに男がチェックを入れる。
 ふとループルの瞳が細められた瞬間、チェックを入れた口から「ヒッ」と小さく悲鳴が漏れた。
 炎が灯されてしまうのか、と。
 だが、ループルは「シダ…ズィーエ? ですか?」とただ、聞き返すだけだった。
 ループルの問いかけに頷くと、男は大きく息を吐き出した。安堵のため息だった。
「…ドコで聞いたっけ…」
 ループルは独り言を呟く。「まぁいいか」と一人頷いて、一度男から外した視線を戻した。
「名前、伺ってもいいですか?」
 ループルの問いかけに「アモン」と細面の男は応じた。
(おや、素直)
 と、ループルは思ったのだが…手に炎を灯しつつ、そう問われては誰しも応じるだろう。
「アモンさん、シダズィーエって、何なんですか? いまいちわからないんですが」
「…アンタみたいな奴だろう?」
 ループルの問いかけにアモンは「何を言ってるんだ」と言わんばかりの返答をする。
「私みたいな…って…。あの、エルファを持っている人って、ちょくちょくいるんでしょうか?」
「ちょくちょく…いや、そんなにいない」
 しかし、とアモンは小さく息を漏らす。大分、ループルに慣れたようだ。
「おれの知っているシダズィーエはほとんどお偉いさんや金持ちの家におさまってる。旅をしている…あんたみたいなシダズィーエのほうがよっぽど珍しいと思うが」
 アモンの言葉にループルは瞳を丸くした。「そうなんですか?」と問い返す。
 嘘を言ってもしょうがない、と瞳で訴え、アモンはループルを見つめた。
 ――そして案外、琥珀色に輝く瞳は美しいかもしれない、なんて思ったりもした。
 次の瞬間、アモンは頭を振る。「ナニ考えてんだ…」と知らず、呟きが漏れる。

 ループルは考えていた。
 シダズィーエは…自分のような者が、ある程度いたのか、と。
 全然見かけないと思ったら、旅をしているシダズィーエはいないのか、と。
 しかも、お偉いさんや金持ちの家におさまっているのか…そう、考えていた。
「旅をしてるシダズィーエも珍しいが…」
 どうせだからとことん語っておこう、とでも考えたのか、アモンが口を開く。
 ループルの手から――いつの間にか――炎は消えていた。そして、顔を上げる。
 アモンを見つめた。
「あんたみたいに若いシダズィーエも珍しい」
「へ?」
 またもや瞳を丸くしてしまうループルである。
 そんなループルの様子を知ってか知らずか。…いや、気にしてないだけかもしれない。ともかく、アモンは続けた。
「おれの知るシダズィーエは、みんな年寄りだ。…おれの知るシダズィーエで一番若いのは、五十三歳だった」
 しかも、と。
「皆、一種類の『力』しか使えなかった。――あんたみたいに、いくつも使えない」
 …ループルは…声が、出なかった。
 では、スールは――自らの師は。
 ループルは、思う。
(あの人は、すごい人…?)
 その人に教えられた自分は…。
 ――風が、騒ぎだす。
 そしてガサリと木が鳴る。ループルは「新手か?」と慌てたりしない。
 なぜなら、その存在がわかっていたから。
「…どうした?」
 その声は、自分の師。スールのもの。
 スールは「お前がやったのか」と呟きを漏らす。ループルはその問いかけに頷くことで応じた。
「エルファなしでこれか…」
 上出来だな、というスールの呟きにふと、唇に笑みが浮かんだ。
(私は、幸せだ)
 そう、思った。
 スールにこの『力』の使い方を教えられた自分は幸福だ、と。――そう思った。

 
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