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−ⅱ

 ナンダ ソノ目ハ
 気味ガ悪イ
 本当ニ …
 触ルナ
 オ前ノ ――

「――っ!!」

 ビクリ、と体が反応した。
「――…」
 目を開き、辺りを見渡す。
「…? ――…」
 ループルの息はあがっていた。鼓動が妙に、早い。
(ここ…は…?)
 自分の居場所がわからなくて、何度も瞬きを繰り返す。
(…あ…)
 そうか、としばらくしてやっと、自分の居場所がわかった。
「……」
 ここは自分が過去に居た土地だ。
「――ゆ…め…」
 言葉にしてやっと、自分が眠っていたのだと知る。
「夢…」
 鼓動は未だ早いままだった。
 しかし、自分がどんな夢をみていたのか…もう、思いだすことができなかった。

 ループルが台所に行くと、リスティは既にいた。
「…おはようゴザイマス――」
 戸を開けながら言うと、リスティは振り返り、笑った。
「おっす」
 よく眠れたか? もうすぐ飯ができるけど、食うか? ってか食え。オレの作る飯はうまいぞ――。
 …と、リスティは語る。
「あ、いただきます」
 よく回る口だと再び思いながら、ループルはリスティに並んだ。
「何を手伝えばいいですか?」
「――あ゛?」
 態度悪し、リスティ。
「あの、だから…」
 ループルがもう一度言おうとすると、リスティはループルの言葉を理解したのか、「あぁ、いいよ」と応じた。
「お前は一応客だし、怪我人だろ。ゆっくりしてろ」
 そういいながら盛り付けていく。…朝から沢山の量である。
「あぁ、運ぶのだけ、頼む」
 リスティの言葉にはぁ、と答えてからループルは思った。
(もしかして、一人で料理するのが好きなのかな?)
 昨日片付けは普通に手伝ったし、とそんなことを思いながら皿を机に運んだ。

「そういえばお前、ずっとそれ着けてるのか?」
 テーブルに着くと、リスティは突然言った。
「はい?」
 何のことを言っているのか分からず、ループルは訊き返した。
 リスティは自らの額を指し「それ」と応じる。
 リスティが言っているのは額飾りサジフェスのことだった。
「…あぁ…はい、そうです」
 ループルは額飾りサジフェスを眠る時以外、ずっと着けている。
 理由は、ループルの額にある不思議な模様のような…痣のようなもののせいだ。
 それを見せないために、ループルは常に額飾りサジフェスをしているのだ。
 ――実は、その痣は額だけではない。
 左右の手の甲と、鎖骨の間…心臓の上にも、額にあるものと似た模様のような、痣のようなものがある。
「…気になりますか? 外したほうがいいでしょうか」
 問いかけると、リスティは「別に鎌わねぇよ」とヒラヒラと手を振った。
「そうですか」と言いながらぼんやりと、
(…そういえばスールにも似たような痣があったな…)
 そんなことを思いだす。
「――…」
 ――スールのことを考えるだけで胸が締め付けられるように痛んだ。
 頭を振ってその痛みを追い払う。…追い払おうと、する。
 痛みが消えてなくなることはなかったけれど。

「なんだ?」
 ループルの行動にリスティは手を止めて問いかけた。
 なんでもないです、と答えてリスティ作の手料理に手を伸ばす。
 チラリとリスティの皿を見てループルは思った。
(……食べきれるかな)
 リスティはすでに半分食べ終えているというのに、ループルは三分の一も終わっていない。全て食べきれるか、本気で心配になってきた。

* * *

 リスティの手料理が功を奏したのか、ループルの怪我が大分よくなった。ひとまず、痛みはない。
 …もともと、大怪我というほどではなかったのだが。
 薄くなった傷口を見て、ループルはゆっくりと瞬きをした。
(…夢だったのかな)
 腕を見て、スールによって怪我をさせられたという現実事実ウソだったのではないかと考える。
 …次の瞬間に唇の形が歪んだ。――自嘲の形に。
 ただ、そう思いたいだけだと自身でわかった。

 怪我も治ったことだし、いい加減お世話になるのをやめようと思った。
 これ以上世話になる理由もない。
 今までここにいたのは「怪我の治療のため」だったのだから。
 そのことをリスティに告げた。
 リスティは「とりあえず朝飯を食え」と言う。
 料理ののった皿を運びながら今日も頑張ろう、と思わず気合を入れてしまう程度に、沢山の量だった。

 満腹満足。今日もどうにか食べきった。
「本当に、ありがとうございました」
 いっぱいごちそうになって、とループルはお腹をさすって消化を促しながら…実際に促されるかは謎だが…リスティに言った。
 今日、この家から出ようと思った。
「これから、どうするんだ?」
 リスティの問いかけにループルは一瞬言葉を詰まらせてからゆっくりと告げる。
「…人に、会おうと思います」
 スールに会おうと、思った。
 ループルの答えに「そうか」と頷き、リスティは食後の茶を飲んでいる。

 ループルはこの七日ほど、『力』を借りることをしなかった。――スールの行方を、風に尋ねることをしなかった。
 けれど…もう、いい加減にしなくては。
 いい加減、決着をつけなくては。――まずは、スールに会わなくては。探さなくては。
 そう、自身に言い聞かせる。
「バカなヤツの話をしよう」
 食後の茶を飲みながら、リスティが突如言った。
「はい?」
 何を言い出すのだ、などと思い妙な声をあげてしまう。
 妙な声の後何も言えないループルにリスティは「まぁ、聞け」と言った。
 はぁ、と間延びした返事をしてリスティを見つめる。

「『死』を願うヤツがいる」
 リスティの言葉にループルはギョッとした。爽やかな朝にそぐわない内容である。
「自殺はできない。…したくても、できない。――自殺では、死ねない」
 リスティの話は静かに続く。
 ループルは、口を挟むことができない。…したくても、言葉がでてこない。
「だからソイツは、他人に殺されるしかない。…それしか、『死』の方法がない」
 しかも、とリスティはループルを見つめた。
 …明るい空色の瞳のはずなのに、宵闇の空色を思わせるのはなぜだろう。
「ただの他人じゃ駄目だ。同じ…同じ『種』の人間ヤツでないと」
 そう言うと、言葉を切った。――沈黙が訪れる。

 その沈黙を破ったのは、ループルだった。
「――なぜ…」
 そんな話を、私に? ループルは小さな声で問いかけた。
 自分に何か、関係のある話なのだろうか。
 そんなループルの思いがわかったのかどうか、リスティは「オレの知り合いの話だ」と言いながら立ち上がった。お茶の入っていたカップを片付けるためだろうか。
「……」
 ループルは思った。
 リスティの知り合いが『死』を願っているというのか、と。
 リスティはなぜ、自分にその男の話をするのだろう、と。――そう、思った。

「ループル」
 リスティは背後に立つと、突然ループルの額飾りサジフェスを外した。
「…な…?」
 一瞬、何がどうなったかわからなかったのだが、額飾りサジフェスが外されたことが理解できると「突然に何を」とループルは声をあげようとする。
 しかしループルが全てを言い終える前に、リスティは「夢を見るか?」と問いかけた。
「…へ?」
 唐突な問いかけにループルは間抜けな声をあげてしまう。
 ループルの答えを待たず、リスティは続けた。
「『夢』は記憶や、過去と切っても切れないものだ」
 ループルは瞬きを繰り返す。なんとなく、振り返れない。
「…ループル、この頃夢見が悪いだろう」
 突然額飾りを外した謎の行動の上、いきなり図星をさされて驚いた。
「夢見が悪いというか…」
 夢の内容は覚えていない。だが…鼓動を妙に早くして、目覚める。
「…なぜ、それを?」
 自分はいつもうなされてでもいるのだろうか。
 そうやってうなされているところを、リスティは知っているのだろうか。
「『記憶』とか『過去』はオレの領分だ」
「???」
 なんというか、話がバラバラでわけがわからない。
 リスティの話は突拍子がないことがあるが、今回はいつも以上だ。
 ――突然。
「?????」
 リスティの手に視界を塞がれた。しかし隙間があり、その隙間からは紐の先に何か石のついた振り子がある。
「あの…」
 リスティ? と名を呼ぶ。
「ここは、お前の育った土地」
 それはそうだが、と考えてから疑問が浮かぶ。自分はそれを言っただろうか、と。
「例えお前が忘れても…『場』にも、記憶は残る」
「????????」
 何がなんだか、さっぱりだ。
 ループルはリスティの手の隙間から見える振り子を、知らず見つめていた。

「…お前は自身に強い暗示をかけた」
 言葉と同時に振り子が、ゆっくりと動きだす。
「――何を忘れている? …全て」
 思いだせ。
「……」
 動き出した振り子を目で追っているうちにゆっくりと、力が抜ける。
『全て、思いだせ』
 リスティの声が遠く…近く、響いた。

 
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