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ニ、二日目−ⅱ

 もともと、二人は行動を共にする予定ではなかったのだ。
 ――むしろ、この連休中に会うとも思わなかった。
(さて、少し散策してのんびりするぞ、っと)
 エリナは慰安旅行に来たのである。
 去年初めてやった一人旅だったのだが、これがまた楽しい。
 まだ二度目だが、夏の連休の恒例行事になりそうな雰囲気である。
 二泊三日の二日目はここら辺を…グッシャルデをふらふらすると決めていた。
 財布を持っていくために、エリナは自分の泊まっている部屋に向かった。

**** **** ****

(さすが『花の町』と言ってるだけはあるな…)
 エリナは予定通り、街中を散策していた。
 グッシャルデは花の町。…そう言うだけあって、いたるところで花を見る。店先では香水やポプリなど、花を加工したものもよく見られた。夏の観光シーズンには少しだけ早く、苦しいほどの人込みはない。
 街中を少し外れると畑が広がっていた。
 花の町、だけあって当然花畑である。
 ろくに花の知識のないエリナに名前のわかる花は少なかったが、色とりどりの花は知識がなくても美しいと思えたし、気持ちもよかった。
 エリナでもわかったのはバラ。
 白、赤、薄紅、黄色…様々な色があった。縁取りがあるモノや大きさ、形など見れば見るほど違うように見えた。全て違う種類なのだろうか。
 わずかだが、風に香りが混ざっている。

 花を眺めつつのんびり歩いてエリナの目に、一つの建物が映った。
 花畑の向こうに石造りの、全体的に白っぽい建築物。神官であるエリナとしては、馴染みのある外装。
(聖殿…)
 ――それは、神殿だった。
 昨日行った神殿とはまた違う場所。

 神殿にはいくつか種類がある。
 まずは青神殿。
 昨日エリナとイリスが食事を取りに行った、学生食堂のあった神殿だ。
 別名『学殿』。言い換えれば学校のようなものである。
 そして黒神殿。
 『黒』は何に染まることもなく、公正さを意味する。
 別名『政殿』。行政事務を行う、役所のようなものだ。

 ――そして、白神殿。
 享名を授ける神殿であり、『還りの場』を管理している。
 生と死を司る神殿――別名は『聖殿』である。

 今エリナの目に入ったのは白神殿…『聖殿』だ。
 それは――まぁ、あってもおかしくはない。
 エリナが注目したのは、聖殿そのものではなく、そこに足を踏み入れた人物だ。
 静かな横顔のイリスだった。
(よく見るなぁ…)
 イリスはエリナに気付いていないようだった。そのまま、聖殿の中に姿を消す。
 エリナは聖殿に向かって歩き、そのまま通過した。
 広い聖殿を横目に、考える。

 自分は、観光でこの地に来た。
 慰安旅行の一人旅で、自分が楽しむために。
 しかしイリスは…違ったのであろうか。
(聖殿に足を運ぶということは…)
 エリナは目を細めて、考えた。風にラベンダーの香りがする。
祈拝きはい、か?)
 祈拝とは『還りの場』にする祈りのことである。
 『還りの場』というのは聖殿の奥にある広い土地のことで、死者を焼いて、細かくした骨が大地に還る場所を指す。
 だから『還りの場』と呼ばれている。しかし誰もが『還りの場』に入れるわけではない。
 正確にいうなら祈拝は『還りの場』より手前の『祈りの間』で祈りを捧げること。
 還りの場に入ることができるのは、定められた白神官だけだ。

 エリナは一度目を閉じた。
 イリスの静かな横顔を思う。
 ――誰か、亡くなったのだろうか。
 詮索するつもりはないが、ふとそんなことを思った。

**** **** ****

「お、エリナ!」
「……」
 その声に、ゆっくり振り返った。
(――本当に、よく会う…)
 存分に散策して、様々な花を楽しむことができた。
 日が傾き、程よい空腹を感じたので夕食をとることにした。
 『昨日は夕食を安く済ませたから、今日は少し豪華に』とか考えたエリナだったのだが…立ち寄った店でまた、イリスに会った。
「奇遇だねっ!」
「…本当にな…」
 昼に見た静かな面持ちは影も形も見当たらず、なんとなく複雑な思い抱いたエリナは表情と口調にその感情が露わになっている。
 そんなエリナに、イリスは「何か言いたそうね」と返したがエリナは「いやいや」と首を横に振った。
「どうせだからさ、またご飯一緒に食べようよ」
「……」
 エリナは何か言おうと思ったのだが、断る理由が考えつかない。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
「はい」
 料理店の店員の問いかけに、イリスは普通に応じて、エリナは拒否する…理由もないのだが…こともできないまま、席に案内された。

「エリナってさ、『形見者けいけんじゃ』だったよね」
 突然…だが、しみじみと呟いたイリス。
「――いや、しみじみと言われても…」
 注文した料理を待ちながら、エリナは「突然何を言い出すのか」と思いつつも応じた。
「そういうお前は『音見者おんけんじゃ』だろ?」
 しみじみ言ったイリスに、エリナはそう続けた。イリスは「見習い、ね」と付け加える。
「…そりゃあまぁ、オレもだが」

 イリスとエリナ、二人はまだ見習生だが、肩書きは神官である。
 勤める神殿は共に『白神殿』。
 生と死を司る『聖殿』である。
 『形見者』も『音見者』も『生』に関わりのある『享名』に関わりのある『白神官』だ。

 『享名』は親や家族が考えるものとは別に、芳祈…他にも神殿が国を取り仕切る周辺各国でも同様なのだが…で子供が生まれたときに神殿から授けられる名前のことで、神から受ける名前…魂に刻まれた名前…とされている。
 その各々の魂に刻まれている『享名』を『見る』ことができるのがエリナ…『形見者』であり、形見者の見た享名を『音』に変えることができるのがイリス…『音見者』である。
 付け加えれば『形見者』と『音見者』が揃って『名見者めいけんじゃ』と呼ばれ、『名見者』の二人がそろっていなければ『享名』を享けることができない。

「でさ、思ったんだけど。『享名』ってさ、魂に刻まれた名前なんだよね」
「最初にそう言われるよな」
 おもむろに何を言うのか、と思いつつエリナはイリスの言葉を待つ。
 その時、注文した料理が運ばれてきた。
 まずはエリナの分である肉料理。花の町ならではなのだろう、サラダには野菜と一緒に花が添えられている。食べられる花らしい。
 目前に料理が用意されると、エリナは店員に「どうも」と小さく礼を言う。
「『魂』に刻まれた…ってことはさ、アレにも『享名』があるんじゃないか、とか思って」
 『アレ』とは十中八九、イリスの部屋にいた『何か』のことであろう。
「……で?」
 なんとなく嫌な予感がする。エリナはイリスの頼んだ料理を待とう、という心遣いもあったかもしれないが、運ばれてきた料理に手を出せずにいた。
「エリナさ、アレの『読取』やってみてよ」
 イリスの言葉にエリナは一度呼吸を止めてしまった。
 ――嫌な予感が的中した。
 イリスはエリナの予想通りの言葉を発したのである。
「…はぁ」
 エリナの口からは思わずため息が漏れた。

「何、そのため息」
「お待たせしました」
 イリスの呟きと同時に、イリスの注文した無難なミートソースのスパゲティが運ばれた。
 スパゲティの上にハーブ(の、花)がのっているのが花の町ならでは、というところであろうか。
 イリスはフォークを手にして、スパゲティをくるくると巻いた。
 エリナはそれを目にして、自分もフォークを手にする。
「…いや…まぁ…な」
 机に置かれた伝票をチラリと見つつ、エリナは言葉を濁した。イリスより先に用意された料理を一口、ようやく食べる。
 そんなエリナにイリスはさらに続けた。
「で? やってくれるの? くれないの?」
 エリナは思わず恨めしそうな目になった。そう自覚した。
「…ここで「やらない」とか言っても、やらせるだろう?」
 低く「無理矢理にでも」とエリナは続ける。
「あはは、わかってるじゃん、エリナ」
「――なんとなく、な」
 応じるエリナの声のトーンは変わらず低い。
 なんとなくではあったが二年の付き合いがあったし、昨日から今朝だけでイリスの一部分はかなり見えたように思える。
 ずばり、マイペース。
 悪い言い方をすればゴーイングマイウェイ。下手をすれば『強引に』マイウェイ。
 エリナの心情を知ってか知らずが、「だってさ」と前置き、イリスは言った。
「やっぱり夜はのんびりたっぷり寝たいじゃない? 二日連続睡眠不足なんて耐えられないわ、あたし」
 そう言い切るとスパゲティをもぐもぐと食べる。
(…オレのベッドを奪っておいて『寝不足』か?)
 イリスの言葉にエリナはそんなことを思ったが、心中のみの呟きにとどめる。
 口にしたら逆に何か言い返されるような気がしてならない。――いや、絶対に二倍三倍は言い返されるだろう。
 しばらく間を置き、「…見返りは?」と問いかけた。
 するとイリスは「え?」と瞬いた。
「友達が困っているのに見返りを求めるの?」
 続いた言葉に、エリナが目を丸くする。
「オレ達はいつの間に『友達』になったのか?」
 …心からの問いかけに、イリスは「おやおや」と肩をすくめる。
「ちょっと傷ついたわ」
 飄々とあっさりと。イリスは言いながら再びくるくるとスパゲティを巻いて口に運んだ。
 そんな様子を眺めつつエリナは瞬く。
 それはエリナの求めた答えではなかったが、イリスの答えは予想外の答えモノだった。
「そりゃ悪かったな」
 エリナは思わず、そう言った。

 
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