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①席替え
<くじ引き>

「…アツ…」
 思わず、ぼやいた。ぼやきに「そうですね」と律儀に答える隣のヤツ。
「…本当にそう思ってんのかよ…?」
 パッと見、「暑い」とダラけてるカンジも、キレてるようにも見えない。
「思ってますよ? 暑いのは苦手ですし」
「…そぉか」
 バサバサと青地に胸元と背中に刺繍のあるシャツの襟元から空気を送り込む。
 空気が通ればちょっとはマシってトコロか。

「あ…克己! おはよ!!」
「おー、ハヨ、益美ちゃん」
 教室…自分の席に着くと元気な声をかけられる。
 一学期、ずっとあたしの前の席だった益美ちゃん。報道部でおしゃべり好き。割とテンション高め。二学期の最初もテンション高い。
「暑いねー」と言った益美ちゃんに「なかなか涼しくならないな」とあたしは応じる。
「ねー。ちょっとぐったりってカンジ」
 私服の豊里高校。益美ちゃんは丸首の小花模様のTシャツを着ていた。
「蘇我君もおはよ」
「おはようございます」
 あたしの隣の席の眞清にも、益美ちゃんが声をかける。
 眞清はあたしの幼馴染みで、常に敬語なオトコ。
 いつも笑ってるようなカンジで見たところは「イイトコの坊ちゃん」って言われても納得できそうな雰囲気だけど、実際にはそうでもない気がする(性格的な意味合いで)。まぁ、結局はイイヤツなんだけど。

 二学期か、と机に肘をつきながら思った。窓側の席は風があればいいけど…風がないと日光がキビしい。あちぃ。
 あたしは思わず、窓を開けてカーテンを引いた。風、来い!! とか念じてみる。
「夏休みどっか行った?」
 すぐ前の席の益美ちゃんも、あたしが引っ張ったカーテンをそのまま引っ張った。日差しとか、ちょっとはマシになるといい。
 益美ちゃんの問いかけにあたしは「あんま遠出はなかったな」と答える。
 七月下旬から始まった夏休み。
 区切りよく、日曜日まで休みで月曜日から学校が始まった。ずーっと休みだったから、しばらくだるそう…。
 夏休み中のことを思い出してみた。
 イク…あたしの兄貴、育己が帰って? きたり。
 久々に家族四人で出かけてみたり。眞清と宿題片づけたり。
 友達の学校の文化祭に行ったり…と…。
「へぇ? ドコの文化祭行ったの?」
「ん? 川商」
「え、克己川商行ったんだ」
「? おう」
 ちょっと驚いた様子の益美ちゃんに思わず首を傾げる。なんかマズいのか?
「あたしも誘ってもらったんだけどさー。違う約束あって行けなかったんだよね」
「あぁ、そうだったのか」
 川商は、あたしの家とかがある和山から考えると豊里高校の反対方面にある田川商業高校のことだ。
 久々に会った友達は小さいコなんだけど…元気で小さくてカワイかったな。五ヶ月じゃ変わんないかもしれないけど、変わってなかったし。他にも川商に進学しいった面々に会えてよかった。

「あ、春那ちゃんおはよう」
「おはよう」
 益美ちゃんの声に視線を向ける。ウチのクラスにも、小さい子がいる。
 もしかしたら川商で会った友達と同じくらい…いや、春那ちゃんのほうがちょっと大きいかも?
「おはよう」
 あたしも挨拶をすると春那ちゃんは「おはよう」とちょっとだけ笑った。
 休み前よりちょっと大人っぽい雰囲気に見えるのは、ふわふわの長い髪をまとめて上げてあるせいかな。ワンピース姿がカワイイ。
 春那ちゃんは今年の学生会長の妹だ。
 学生会長は穏やかでパッと見、気が弱そうにも見える人で、その妹の春那ちゃんはカワイイほんわかしたコなんだけど…二人ともたまーに毒を吐く、性格が似ている兄妹だったりする。

 ホームルームが始まるまで雑談をして過ごした。クラス担任松坂さんが入ってくる。
 ひとまず、休み明けの挨拶をしてクラス全員で始業式をやる体育館へ向かった。

※ ※ ※

 一日目はラッキーなことに、授業がない。
 始業式の後に休み明けの掃除、それから再びホームルーム…クラス内の自由時間になる。

「ではー、二学期にもなったので、席替えをしたいと思いまーす」
 ちょっとほっぺが丸めの松坂さんの言葉にあたしは「げ」と思わず声を上げてしまった。
「やっとか」とか「マジでー?」とか、教室内では賛成反対、両方の声が聞こえる。
 あたしはどっちかってーと『反対』のほうだったりした。できれば席替えしたくない…。
 窓側の隅っこ、と今の席はあたし的に最高の席だったりする。

 背後に人がいると集中できない。
 今もたまに授業に集中できてないってのに、席替えして前の席になったら…余計に、集中できなくなる。その確率が、高くなる。
(うわー…どうやって席順を決めるか…だな…)
 あたしは松坂さんをガン見していた。「席順は」その後に続く言葉に注目する。
「くじで決めたいと思います」
「…っ」
 あまり良くない決め方だ…っ。
 正直、あたしはクジ運がいい――とは、自分じゃ言えない。
 とりあえず、あたしよりイクのがクジ運がいい、って具合だな。ウチの中じゃ多分、イクが一番クジ運があると思う。
「最初と最後の人でじゃんけんしてください。勝ったほうから順番にクジを引いてもらおうと思いますー」
 席順と名簿で一番の荒瀬と、最後の弥生ちゃん(は、若月という)がじゃんけんする。
 弥生ちゃんが勝って、後ろから順番にくじを引くことになった。
 あたしは七番。だから…今回は最後から七番目?
 残りものには福がある…だっけ? に、かけるしかないなぁ…。
「大森さん、蘇我くん、ちょっと手伝ってください」
「? ハイ」
「はい」
 なんで指名? とか思ったけど、あたしと眞清は代議員だから多分、呼ばれたんだな。
 松坂さんが手作りしたのか、小さな紙が入ったビニール袋を手渡される。
「後ろから順番に取っていってもらってください」
「はい」
「それから、黒板に席順を書いてもらっていいですか?」
「はい」
 なんとなくあたしが配って歩くほうに、眞清が黒板に席順を書くほうに…と分担される。
 弥生ちゃんに向かおうとした時、眞清に「克己」と呼び止められた。「んあ?」と振り返ると、ビニール袋を奪われる。
「回るのは僕が。黒板お願いします」
「…おう」
 ビニール袋を持った眞清が弥生ちゃんに向かう。そんなに黒板に書くのが嫌なのか? と思いながらも、適当に四角と数字を書いた。黒板に字を書くのって、確かにノートとかに書くのに比べれば書きにくいよな。手も汚れるし…。

 左上から1、2、3…と、廊下のドア付近に立っていた松坂さんに訊いて縦に六列、横に六列に数字を書く。
 うちのクラスは三十四人。
 一学期はあたしと眞清のいる窓側二列が七列にしてあって、その後は五列になっていたけど、今回は入口側二列を五列にして、あとは六列になるみたいだ。
 34まで書いて振り返ると、眞清はすでに後ろから半分くらい…津村ちゃんにクジを差し出していた。
 それを見て、気付く。――眞清の背中に。

(あぁ…)
 あたしは、昔…ってほど昔でもないか。ちょっと前から、背後に『誰か』がいるのが苦手だ。眞清はあたしが背後に誰かがいるのが苦手なこと…そして、その理由も知っていたりする。――まぁ、あたし自身が言ったんだけど。
 あたしの独り言みたいな呟きに、眞清は言った。
『僕が、背中になりますよ』
 あたしの背中になると、言った。――言ってくれた。
 そう言ってくれたのは、中学を卒業して高校に入学する前の春休み。
 その言葉通りに、眞清は叶う限りずっと一緒にいてくれてる。
 眞清が傍にいてくれるのは、すごく気が楽なんだ。あたしの背中と『誰か』のクッションになるように居てくれているから。
 流石に体育の授業の間とか、一緒にいれないこともあったりするわけで…今日の始業式もそうだけど、背後に『誰か』がいるってのは、相手がクラスメイトだとわかってても、ダメだ。すごく神経が張り詰めてしまって、終わった後がいつも疲れる。
 実は今もちょっと疲れていたりする。
(やっぱ眞清は、イイヤツだな)
 クジを引いてもらう為にはクラス中を歩き回らなくちゃいけなくて。…そうすると、背後は常に『誰か』がいる状態で。
 黒板に数字を書くってのは背中を晒している状態ではあるけど、クラス中を歩き回るよりはずっと、『誰か』が遠い。
 あたしは幾らか高くなってる黒板の付近…教壇から降りた。窓寄りの壁に背中を預ける。
 順番に引いて、眞清の番になったらしい。
 自分で引いたクジを机の上において、進む。席順に、名簿番号順に、前に前に進むとあたしの番になった。
「克己」
「ああ」
 呼ばれて、ビニール袋の中身をちょいちょいとつついた。
 あたしが七番だから、残り七枚。少ない。
 これ、と一枚をつかむ。
「…ありがとな」
 これを配ってくれて。――あたしの背中になってくれて。
 いくつかの意味を込めた感謝を、唇に乗せる。
「? はい」
 眞清がしばらく瞬いて応じると、益美ちゃんに向かった。
 そんな眞清の背中をしばらく見つめる。
 また壁に背中を預けて、あたしは手元の紙を広げた。さて吉と出るか、…凶と出るか。

『13』

「………」
 あたしは思わず自分が書いた黒板の席順を確認した。
 ザワついた教室内。13の場所は…
(…凶と出た…)
 別にカミサマを信じていないあたしが言うようなことじゃないだろうけど…13っていう不吉な数。
 で、その場所は窓側から三番目の最前列!
 授業に集中できない確率、99.9%。
「それじゃあ手元の紙と黒板を確認したら移動してくださーい」
 松坂さんの呑気とも思える声が聞こえた。


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