「ぐあーっ」と思いながらも、足早に自分の席に戻る。
あぁ、この席最高なのに…っ。
あたしは「はぁ」と思わずため息をついた。
益美ちゃんに「どうしたの?」と訊かれて、「ちょっと席がな」と応じる。場所を訊かれて、「13番」と答えた。
益美ちゃんは黒板に視線を向け、13の場所を見て「うわ、アリーナじゃん!」と呟く。
「アリーナねぇ…あぁ、そうだな…」
コンサートとかに行く気はないが、もしコンサートとかだったら嬉しい席なんだろうな。
「益美ちゃんは?」
「あたし、16」
あたしの二人挟んだ後ろだ。移動としては、あんまりしない感じか。
「眞清は?」
あたしは隣に視線を向ける。
「33です」
眞清の答えで――こりゃダメだ、と思った。
アリーナ席で多分、授業に集中できないし。
すぐ後ろに眞清…なんていう幸運が起こればよかったけど、そんなラッキーはなく、眞清は一番廊下側の後ろから二番目で遠い。
(やっぱあたしクジ運ないなぁ…)
こうなったら6番を引いたヒトと変えてもらうしかないかな…。って、アリーナ席じゃ交換も嫌がられるか…。
(あーあ)
二学期の始まりからちょっとテンション下がる。なんてこった。
ガタガタと早速移動を始めるヤツもいる。
ざわめきの中、「うそ、移動なしだけど!」とか「遠い〜っ」とかいう声が聞こえた。
「移動なし」が心底うらやましい。
…って、机の並び方が若干変わるから、そもそもこの席自体がなくなっちゃうのか、あたしの場合。
益美ちゃんの席に移動できれば最高だったんだけど。…まぁ、うまくいかない、か。
(とりあえず6番が誰か、だな)
ダメ元で聞いてみよう、と思った。
席の移動が始まる教室。
「克己」
眞清の呼びかけに気付くのにちょっとばかり遅れた。
「へ? あ、わりぃ。なんだ?」
「これ」と眞清に紙を差し出される。思わず首を傾げたあたしに眞清は「交換しましょう、僕と」といつものように、笑っているような印象の顔のまま言った。
「…は?」
続いた言葉にあたしは瞬いてしまう。眞清が差し出したのは、「33」と書かれた紙。
「え? …なんで…」
眞清はにっこりと笑う。「僕と交換してください」と繰り返した。
――何か企んでんのか? まぁ…アリーナ席より後ろ側のほうがまだ、マシはマシだが…。
「交換してください」
「………」
『オネガイ』のハズなのに、なんとなく拒否を許さない雰囲気があるのはなんでだ。
あたしは「13」の紙を手渡す。眞清がまたにっこりと笑って、「33」が書いてある紙を寄越した。
「それじゃあ、また後で」
今まで、わざわざ約束しなくても一緒に帰ってたけど…今日は、眞清からそんな約束を言われる。「おー」と答えると眞清が机の移動を始めた。受け取った「33」の紙をしばらく見降ろして…一つ、息を吐き出す。
6番を待とうかとも思ったけど、折角の眞清の親切。――突っ返すのはわりぃよな。
あたしもようやく席の移動を始める。
教室内がゴタゴタゴタゴタ…。
あたしは背中を後ろのロッカーに半ばくっつけるようにしながら移動する。
(34…誰かな)
そんなことを思っていると、何故か眞清の姿が見えた。
(…あれ?)
眞清はあたしが渡した13番…最前列の席のはずなのに。
「交換していただけませんか?」
「一番前かぁ〜…あ、でも隣は理恵子と絵美か!」
…弥生ちゃんと眞清の会話が聞こえる。
「いいよ、交換交換」
「ありがとうございます」
へ? と思う。思わず二人の様子をガン見。もうすぐ、眞清が寄越した33の席なのに…足が進まない。
椅子に座り込んでいた弥生ちゃんがガタガタと移動を始めた。
少し肌の色が濃い、元気っこな弥生ちゃんの様子を眺める。弥生ちゃんがいなくなった席に、眞清が机を移動させて、座った。
…そこは、34の席。
33の、後ろ。
33は元々、矢田の席だった場所。
矢田は既に移動していて、その場所は空いている。あたしは机を持って移動した。
眞清が顔を上げる。目が、合った。
「よろしくお願いします」
「…ヨロシクな」
ちょっとばかりわざとらしいと思いつつも、応じる。机を下して椅子を下して、席について――こみあげたのは、笑いだ。
あたしは壁に背を預けて振り返る。眞清に「耳貸せ」と小さく言った。…ダメだ、まだ笑ってしまう。
「詐欺師」
「何処がですか」
眞清の言葉に「くく」とまだ、笑える。
「ありがとな」
背中でいてくれて。――いようとしてくれて。あの言葉を、守ってくれて。
あたしの言葉に眞清が瞬いてふと、笑う。
「なんの事だかわかりませんね」
笑ってる時点でわかってんじゃねぇの? って思うけど。眞清がそう言うなら、そういうことにしといてやろう。
「わかんねぇならいいよ」
ついさっきまでテンション下がる感じだった二学期の始め。
後ろに眞清がいてくれる…ついでに隣が春那ちゃんっていう、最高の始まりになった。