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①席替え
<再確認>

「しっつれー」
 声が聞こえていたから、中に誰かがいるのは知っていた。
 この部屋にいるのは限られた人だということもわかっていた。
 だからノックと挨拶だけで、返事を待たないでドアを開ける。
「おぉ、大森」
「こんちは。久しぶり」
「だな」
 タメ口のあたしを気にせず対応してくれる野里サン。なんとなく大型犬っぽい印象で、背が高い。今年の学生会の副会長の片割れ。副会長は二人いる。
「涼さんも」
「久し振り」
 もう一人のピシッとした印象の女の人は、涼さん。メガネはしてないけど、かけたら似合いそう。涼さんも副会長の一人。
「会長も、久し振り」
 春那ちゃんの兄ちゃん、今年の学生会長だ。
「久し振り、大森さん」
 夏休みどうだった? とかいう雑談をする。
 三年生は受験生。ハナシを聞いた感じじゃ勉強漬けだったらしい。…特に野里サンが。
「正直気が狂いそうだったぜ」
「あはは。今までのツケ?」
 さらっと毒舌の会長。野里サンは飄々と「冷てぇ」と笑う。
「おれもまぁ、勉強漬けだったけど…ちょっとは遊んだよ。蛍見に行ったり」
「蛍? へぇ、見れんの?」
「隣町だけどね」
 会長の言葉にまた「へぇ」と頷く。そういえば蛍…最後に見たのいつだ? 結構チビの時じゃねぇか? とか、ちょっと考える。
「涼さんはどこか行ったりした?」
「そうね…お祭りに行ったくらいかしら」
「お祭りか」
 そんな他愛のないハナシをして、隣に移動した。
 そこは会長に相談したら作ってくれた空間。
 この部屋に誰か…ってか、会長か副会長?…がいる間使っていい、っていう条件付きの溜まり場ってか、秘密基地ってか。
 本当は部室とかでもよかったんだけど、新しく部を立ち上げるには最低五人だか六人だか必要で、そーゆー活動をする気はなくて、会長に相談したらこの場所を使っていいと言ってくれて…今になる。

 本当は用事もないしさっさと帰ってもいいとは思うんだけど今ちょっと、暑くて。ダルくて、もうちょっと日が落ちてからに帰ろうと思った。残暑? なのか? まぁ、まだ八月が終わったばっかだから急に涼しくもならないかもしれないけど。
「なぁ、眞清」
「はい?」
 呼びかけに早速読書を始めようとした眞清が顔を上げた。
「席替えのこと」って前置きをして、ちょっと不思議に思ったことを尋ねる。
「なんで弥生ちゃんの番号と交換したんだ?」
 …おかげで眞清からもらった33番号で、後ろが眞清っていういいポジションになったわけだけど。
 あたしの問いかけに眞清はゆっくりと瞬いた。
「若月さんがクジを引いて「34って、移動なし?」とか言っていたのを聞いたので」
 眞清はそう言って、「それに」と小さく続ける。
「…約束、しましたからね」
 その答えに、今度はあたしが瞬いた。
 ――やっぱり、イイヤツだ。そう再確認する。
 あたしの『背中になる』っていう言葉を実行していてくれている。そうしようと、してくれる。
「ありがとな」
 ――それしか言いようがない。
「――弱味を握られていますしね」
 笑みを浮かべて続いた眞清の言葉に「よわみ?」と、あたしはちょっとばかり考えた。
 考えて、考えて…思い当たる、一つ。
「あぁ、写真」
 ――眞清がチビの頃…まだあたしがアメリカ向こうに行く前に撮った写真。
 あたしと、眞清と並んでる。
 すっげーカワイイんだ、眞清。
 眞清のお母さんの趣味だったのか、カワイイ格好してたし、髪の色も瞳の色もあたしみたいに黒じゃなくて、金色ってか、琥珀色ってかで。ちなみに今は――中学の時から髪を染めてて、黒っぽい。
 こっち戻ってくるまで眞清が女だって思ってたくらい、小さい頃の眞清はカワイイ。そのまま成長すればよかったのに。
(髪染めなきゃ…もうちょっと小さい時の面影が出てくるってか、印象が近くなるのかな)
 あたしが一人そんなことを考えてると「はい」と眞清は頷いた。
 アレを大っぴらに見せてまわられては耐えられません、と眞清は本に視線を落とす。
「カワイイのに」
 チビの時の眞清を思い描いて呟いた。
「…克己…」
 ため息混じりの眞清に「実は今もある」とカバンを探った。定期券を入れるパスケースに入っていたりする。
「?! な…っ」
 お気に入りは持ち歩く主義だ。「ほれ」と眞清に見せれば「見せなくていいですから!!」と珍しく声を上げた。
「眞清このまま成長すればよかったのになー。そうすりゃモテモテのかわいこちゃんまっしぐら」
 あたしは眞清に見ることを拒否された写真に視線を落とす。
 勝手な想像だと――琥珀色のサラサラの髪に、似たような色の瞳。
 小さい時と似たような格好をすれば…いや、しなくてもきっとカワイイ。
「…なんですかかわいこちゃんまっしぐらって…!」
 ちょっとばかり『吼える』に近い眞清の声と
「大森さん、蘇我くん、ゴメン、ちょっといい?」
 そんな会長の声は、ほぼ同時だった。
「? ハイ」
 会長の呼びかけに、隣に戻ろうとした。手に持ったままのパスケースに気付いた眞清が「それはいらないと思います」と短く、でも強く言う。
 眞清の言葉に「おっと」と、パスケースを鞄にしまった。パスケースを見ている眞清に「その写真はやらねぇよ」と笑う。
 隣に顔を出しつつ「呼んだ?」と訊いたら、「ちょっと手伝ってもらってもいい?」と言われた。

 これは、隣の部屋――秘密基地? を使う条件。
 たまに手伝うことがあれば、手伝うこと。
 野里サンはふざけて(か、本気か未だ不明)あたしと眞清は「学生会支部だ!」とか言ってる。一応クラスの代議員だし、学生会室…と、その隣の部屋に入り浸っても怪しまれていない、ハズ。多分。とりあえず今のところ突っ込まれたことはない。

「冊子作りかなんか?」
「うん、お願い」
「おう」
 会長からホチキスゲット。涼さんとホチキス係になる。
 会長、野里サン、眞清…と三枚のプリントを集めて、置いた。それをあたしと涼さんと二人で、左上で留める。
「なんか騒いでたね。どうしたの?」
 のほほんと会長が言った。あたしは「写真のハナシ」と笑う。
「写真?」と聞き返してきた会長に「気にしないでください」と眞清が言った。
「んだよ、そんな言い方されっと気になるじゃん」
「いえ、気にしなくて結構です」
 野里サンにもピシッと眞清。
「痴話喧嘩か?」と笑う野里サンに「いえ」とまたもや短く眞清は応じる。
『ちわげんか』ってなんだ? とか思いつつ、プリントの内容をなんとなく見てみると、選挙のネタだった。
「…選挙」
 読み上げつつ「そんな時期なのか」とか思っていると、「まぁ、実際選挙をやるのは十二月だけど」と前置きしつつ涼さんは言った。
「そろそろ受験に専念しなさい、ってことかしらね」
 クールな涼さんに「もうそんな時期か」と野里サン。
「あんたはもうさっさと、受験モードになったほうがいいかもね?」
「うーわー」
 そんな野里サンと涼さんの会話を聞く。
 涼さんは何故か、野里サンに手厳しい…様な気がする。あたしの気のせいか?
 少し前に知ったけど、野里サンは涼さんのことが好きらしい。隠すこともしてないし。
 ――涼さんは、野里サンの気持ちを…感情を、知っているのだろうか。
 誰かが誰かを好き…っていうのは、いい。
 けど――あたしは、そういう感情がコワイ。
 誰かをLIKEで好きにはなれても、LOVEの意味では好きにはなれない。
 なんとなく野里サンと涼さんを見た。

『カツミ』
 ――声が、自分の中で聞こえた気がする。
 バチン、とホチキスで左上を留めながら…なぜか、体が重くなるような感覚。
『嫌だ、嫌だよ…っ』
 ――はっと息を吐き出した。
 また、ホチキスで左上を留める。
『傍にいてくれるって言ったじゃないか…っ』

「はい、終了〜。ありがとね」
 会長の言葉に顔を上げた。
(…やべ、暑さでぼーっとしてた…)
 違うことを思っていた自分を、あたしは無視する。
「大森、選挙とかこーゆーの好きそうだよな。燃えるか?」
 野里サンの問いかけに「へ?」とあたしは瞬いた。あたしは手元のプリントを見下ろす。
「いや…別に、好きってほど好きじゃないぞ」
「え」
 意外、という野里サンの呟き。――そんなに目ぇ丸くされるほど意外か?
「いつもと違うってのは、面白いと思うけどな。準備とか面白がるほうかも」
 中学の時、こっちで一度だけ参加したクラスマッチ。
 事前準備で、暗くなるまで学校にいたのはちょっと面白かった。
「ふぅん」
 会長の声に、視線を会長に向ける。目が合うと、にっこりと笑われた。
 え、なんだその笑顔…?
「それじゃあ気兼ねなく手伝い頼めるね」
「へ?」
 妙な声をあげてしまうあたし。会長は言葉を続ける。
「選挙の準備って、結構人手が必要なこともあるみたいなんだ」
 穏やかそうで、下手すりゃ気が弱そうにも見える会長…だけど。
「よろしく」
「…はぁ…」
 さすが『会長』ってなるだけの、ナニかもあるっぽい。
「支部らしくなるか?」
「…冬哉…」
 野里サンと涼さんの言葉に「ん?」と会長はちょっと首を傾げる。「何か問題でも?」と言うような態度に野里サンが笑って、涼さんが細く息を吐き出した。

 
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