「小月真斗です。よろしくお願いします」
真斗はそう言って、ペコリと頭を下げた。
教室がザワザワしている。
――それは、いつもの光景。…だが…。
「小月くんって、上沢くんと親戚?」
「すごいそっくりだよね〜。双子?」
「でも名字が違うよ」
――そのざわめきの中心が真斗…それから、オレだ。
(鬱陶しい…)
肘をついて、どことなく眺める。
――ものすごく眠い。
「とーおる」
………ヒラヒラと、視界を手のひらが横断した。
オレは視線を背ける。…その、手のひらから。
「どこ見てるの? というか、疲れてるねぇ」
のんびりと言うソイツ…当然、真斗だ…を殴りたいような気分になる。
(誰のせいだ)
オレは、朝から疲れた。…いや、昨日から『疲れている』と言うべきか…。
寝不足だし。
オレが住んでるのは2Kのアパート。
母さんと2人の生活には慣れているが…。
2Kに3人は、はっきり言ってきつかった。
…しかも…真斗が、しつこい。
何かと話したがるし。(昨日寝たのは12時過ぎ…だから、今日だ)
何かと、ベタベタしてくる。
人付き合いが苦手でついでにベタベタされるのも嫌いなオレ。
…なんつーか…寝不足ってのもあるが。精神的に疲れている…。
中学最後の年…。始まりにコレってどうよ。
「とーおーるー」
……うるせぇ…。
覗きこみながら名を呼ぶ真斗を、ちょっと見た。
真斗はパッと笑顔になる。
…コイツの笑った顔は、なんだか妙な感じがする…。
見知ってるのに見慣れないというか…。
「席、隣にしてもらっちゃった〜」
ニコニコしたままの真斗の言葉にオレの息は一瞬、止まった…と思う。
…席はそれぞれ2つの机が横にくっついている状態。
「………」
間を挟んで隣、ではない。
「へへっ」
――そのまま…隣に並ぶ状態だ。机をくっつけた、隣。
「上沢は小月の世話係な」
はっはっはっと(実に楽しげに)笑う担任和山を…殴りたくなった。
「あはは〜よろしくね、斗織」
…ついでに、ニコニコ笑っている真斗も。
自分の髪を掴む。
イライラした気分は全然、静まらなかった。
「よろしく〜」
転校生なんて別に珍しいモノでもないだろうに、休み時間、真斗はクラスの連中に囲まれた。
制服が、自分たちとは違うブレザーのせいだろうか。(ちなみにオレの学校は学ランだ)
オレは席を立つ。
…特に用事はねぇが、ここにいたくない。
「斗織?」
――と…。
「どこか行くの? トイレ?」
…真斗に呼び止められた…。
「どこでもいいだろ」
言いながら、さっさと席を後にした。
「待ってよ」
「ごめんね」という声も聞こえた。ガタガタと椅子の動く音も。
…嫌な予感がする…。
「僕、トイレの場所わからないんだ。教えて?」
真斗に腕を掴まれた。
「――ベタベタすんな」
掴まれた腕から逃れて言う。
「斗織ってば冷たいなぁ」
ニコニコしたまま真斗は言った。
冷たくて結構。
(…っつーか、鬱陶しいんだよっ)
一度振りほどいた腕を再び掴まれた。――イライラする。
● ● ● ● ●
…火曜日。
昨日と同様、寝不足。(寝たのは12時チョイ前くらい…)
オレよりもクラスに馴染んでいる真斗。
今は女子に囲まれている。
聞く気もなかったが聞こえちまった会話。
「小月くんは上沢くんのこと好きなの?」
…おしゃべりで騒がしい横島――静という名前だったと思った。全然名前どおりじゃない――の唐突な質問。
真斗は躊躇いなく「うん」と答えやがった。
顔が引きつったのが、自分でわかる。
「禁断の恋だね!」
横島はやたらと楽しげ言った。
頑張れ小月くん!! と応援までする。
…ナニを頑張るというんだ。
ついでに『キンダンのコイ』って?
(――恋? 男同士で…?)
「……」
――気色悪いことを想像してしまった…。
「あぁ、違うよ」
そう言った真斗に、心の中で『当然だ!!』と叫ぶ。目が半分座っている自覚がある。…だが、続いた言葉が想定外だった。
「僕は斗織を愛してるんだ」
「は?!」
だから『禁断の愛』だよ、と真斗は笑い、周りの女子は「本当?!」とか興奮気味だ。
オレは思わず声を上げていた。
(なぜ興奮する、女子!!)
真斗に顔を向けたオレ。
ふと、目が合う。
「…斗織? 冗談だよ?」
のほほんと言いやがる真斗に「本当でたまるか!!!」と半ば吼えた。
冗談なんだ〜と残念そうな反応(主に横島)が見える。
おい、なんでしょんぼりしてるんだ? 残念そうなんだ?
……。
………いや、考えるのはやめよう。
なんか妙な考えに行き着きそうだ…。
「あ、でも好きなのは本当だよ」
安心して、と真斗はいつもの笑顔でほざいた。
お前に言われても嬉しくねぇよ!!
「やっぱり禁断の恋!! 小月くん、頑張って!! あたし応援してるから!!」
横島の意味不明発言に真斗は「うん、頑張る」と答える。
しかもぎゅっと拳を握ってやる気満々っぽく…。
――イライラする。
…胃が痛くなったら絶対真斗のせいだ。
● ● ● ● ●
…水曜日。
――眠い。
「ベタベタすんなって言ってるだろ?!」
何かと絡んでくる真斗に理科室に移動中、オレは怒鳴った。
ついでに腕を振り払う。
真斗は動じることなく、ついでに再び腕に絡みつき「スキンシップだよ〜」とか言いやがる。
(――鬱陶しい…)
理科室に到着。ドアを開けた。
「ちゃんと『生きてる』って確認するんだ」
「……は?」
控えめな声だったが、聞こえた。
「オレが死んでるとでも言いてぇのか」
真斗は「まさか」と当然のようにオレの隣に座る。
「…席順は決まってる。お前の席はここじゃねぇ」
「え? ちなみに隣は誰?」
「千葉…」
言いながら「バカ正直に答えてどうする」と思ったが、遅かった。
オレ達の後に来たのが丁度千葉で「呼んだか?」と言う。
…トイレと風呂以外、ずーっと、ずーっと、ずーっとくっつかれて…やっと、放れられる時間だと思った。
が。
「あぁ、別にいいよ。変わる」
…どうしてクラスの連中は、真斗の言うことに応じるんだろう…。
そしてオレは、理科の授業中も真斗から離れることができなかった…。