――金曜日。
明日は休みだというのに…寝不足で眠いってのもあるが…気分は暗い。
オレの気分みたいな暗い曇り空…だけが原因じゃない。
真斗のせいか…真斗にくっつかれているオレの周りにもなんとなく人がいる。
真斗に話しかけるついでとはいえ、話しかけられたりして…。
「上沢は?」
「…え?」
――戸惑う。
…正直。
人付き合いが苦手なのは…会話が苦手なせいだと思う。
クラスの連中の興味のあるようなことにオレは興味がなくて、何を話せばいいのかがわからない。
ついでに真斗がいう『スキンシップ』…やたらとベタベタするのが嫌いなオレは、他人に対しての態度が悪いらしく、相手を嫌な気分にさせるらしい。
…対して。
真斗はいつもニコニコしていて、ちょっとガキっぽいくらい表情がくるくる変わる。
性格が明るいんだろう。
不思議と、周りに人を集める。
…人が、真斗に集まる。
そんな気がする。
(…他人と一緒にいるのが好きなヤツはいいけどな…)
イライラしすぎると、気分が重く暗くなるようだ。
胃は痛くなってないが、時々わき腹に変な感じがする。
窓の外で木が揺れるのをぼんやりと見た。
横目で真斗を見る。
(オレじゃなくてもいいんじゃねぇか)
真斗はニコニコ笑って話していた。
真斗と話す千葉も笑う。
…妙な感情。
イライラする イライラする イライラする。
――それ以外にも何かが、ある。
「小月くんと上沢くんって兄弟…えっと、双子だっけ? 双子なのに似てないね」
オレに言ったのか真斗に言ったのか…横島の声が、妙に頭に響いた。
真斗が、オレと真斗との関係を普通に話した。
別に隠すことでもないのかもしれねぇが…あえて言うことでもなかったんじゃねぇか? とも思う。
…まぁ、顔立ちから兄弟っていうのが――双子っていうのが、あえて言葉にしなくてもバレるもんだろうか。
――双子だったら、似てなきゃいけないのか。
真斗のようにニコニコしなきゃならないのか。
真斗のように、話し上手にならなきゃいけないのか。
(真斗のように…)
ぎゅっと自分のわき腹を掴んだ。
――わき腹が、変な感じがする。
…腹に何かがいるんじゃないか、とも思える。
くすぐったいような、かきむしりたいような。…抉り取ってしまいたいような。
「え? 僕がおしゃべりってこと?」
「まぁ、簡単に言えばそう」
ひどいや横島さん、と言うと一緒にいる連中が笑う。
オレは浅く息を吐いた。
この時間が終われば(まぁ、掃除もあるが…)帰れる。
オレはわき腹に2、3度爪を立てる。
ぎゅっと瞳を閉じた。
(今夜は何にしよう…)
今は国語の時間なのだが、国語の先生がいなくて自習になっている。
「やっぱ育つ環境で違うのかねぇ」
「どうだろう?」
…うるせぇな…。
集中して晩飯のことが考えられねぇじゃねぇか。
しかも人がどんな風に育ったって関係ないだろ…。
「まぁ、僕がおしゃべりなのは…ナゾとして」
「ナゾなんだ」
横島のツッコミに「そう」と真斗が答える。
「斗織は口下手なだけで、優しいんだよ。…ね、斗織〜?」
オレは机にうつぶせていた。
わき腹に強く、爪を立てる。
…生地の硬い学ランの上からだとあまり効果はない。
「寝てるの? おーい。もうすぐ授業が終わるよ〜?」
真斗の手が、オレを揺さぶるのに触れた。
「…うるせぇ」
オレは体を起こすと真斗の手を振り払った。…思いきり。
「斗織ってば冷たいなぁ。僕、こんなに斗織のことが好きなのに」
横島が「告白ね!!」とか何とか騒いでるのが聞こえる。
…どこか、遠くで。
「――オレはお前なんざ好きじゃない」
意識せずもらした言葉は、自分でも低い声だなと思った。…なんだか、客観的に。
真斗ののばした腕が止まる。
真斗と目が合うと…真斗が小さく「斗織?」と呟いた。
――何かが…グラグラッとせり上がってくる。
「鬱陶しいんだよ! ベタベタしやがって…いちいち触ってくんじゃねぇよ!!」
上沢、と誰かがオレを呼んだように思えた。
チャイムが鳴る。授業時間は終わった。
――だけど、止まらない。
「知らない奴がいきなり出てきて『弟だから仲良くしよう』って言われて…できるわけねぇだろ?! 少しはオレのことも考えろっ」
真斗は腕を下ろした。
…うまく息ができない。
「迷惑…だった?」
「当たり前だ!」
オレとよく似た顔。
…けれど、鏡ではなく。
俯いて、表情は見えない。
――体が熱い。
「お前がオレを気に入ってても…好きでもなぁ! オレはお前なんざ嫌いだ!!」
一瞬、音が止んだ。
まるで時が止まったように。
ガタン、と真斗が立ち上がる。
…それで、また空気が動き始めた。
一度にこんなに叫ぶのは多分、初めてだ。
呼吸が荒い。自分でわかる。
「――……」
小さく、真斗は言った。顔を上げる。
…真斗と、目が合う。
よく見知っている…オレとよく似た顔。
けれど、オレとは違う存在。
「……ごめん…」
――小さな声は、繰り返した。
「…ただ…ただ、僕は――」
そう言うと、真斗は唇をかむ。
そしてオレに背を向けると、走って教室を出ていった。
オレの息はまだ、荒い。
(――オレもあんな顔をするんだろうか…)
真斗の開けたドアを見ながら…オレは、そんなことを考えていた。