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<再来>−ⅱ

「え?」
 真斗の反応にオレは「あ?」と聞き返す。
「あ?」ともう一度声にして…気付いた。
『――なんでそう一緒にいたいと思うんだ…?』
 思ってたことがそのまま、口に出ていたようだ。別に、言うつもりはなかったのに。
 続ける言葉に迷って、ウーロン茶をすする。ズズッと音がした。
 …やっぱ会話は難しい。どうしたって苦手だ。
「さぁ…」
 なんでだろうねぇ、真斗は首を傾げた。
 ――オレが訊いてんだっつの。
 ストローをちゃんと差し込むとまだ、ウーロン茶が飲める。
 チキンバーガーをかじった。
「…すきだから…かなぁ」
「――…っ!?」
 言葉に、チキンバーガーの塊を呑みこんでしまった。
 苦しい。ウーロン茶で流し込む。
「斗織、大丈夫?」
 ゼハー、ゼハーと肩で息をした。ぐっと手の甲で口元を拭う。
「…妙なこと言うんじゃねぇ!!」
 オレは怒鳴った。
 真斗はきょとんとする。
「――妙?」
 首を傾げて、真斗は言った。
 …わざとか? ――っつーか、コレでボケだったらシャレにならねぇが。
「何が?」
 心底不思議そうに真斗は言いやがる。
 ………ボケ…かもしれない…。素か? 素なのか?!
 げほっともう一度むせる。若干まだ苦しい。

「――すき、とか…よく言えるな…」
 しかも兄弟…男相手に…。
 ようやく、そう返す。思ったままを口にして、手についた塩を落とした。残るのはウーロン茶だけになる。
「んー…やっと会えた…からかなぁ…」
 ちょっとの間を置いて、真斗は呟いた。
 ずっと一緒にいたら、こんなに言わないかもしれない、と続ける。
(いや、そんなしみじみ言われても――)
 オレは一緒についてきた紙で手をふいた。
「斗織、コレ食べる?」
 おもむろに、3分の1くらい残ったチキンバーガーを差し出しながら真斗が言った。
「なんだ? 食わねぇのか?」
 胃にまだ余裕がありそうだったから、それを受け取る。
 真斗はちょびちょびまだ残ってたサラダをつまんでいた。結構食うのが遅いように思えるが…オレが早いのか?

 全部食い終わってゴミを捨てた。
 よく食った。
 腹もふくれたしもう一回本屋を覗いてみるか…と考える。
 今動いたら横っ腹が痛くなりそうだが。

 さっきまで座っていたベンチに、また座った。
 オレの後にゴミを捨てに行った真斗も座る。
「斗織は…僕のこと嫌いって言ってたよね」
「は?」
 しばらく、考えた。
 ――あぁ、と思いだしてオレは「そうだな」と頷く。
「あ、否定してくれないんだ」
 悲しいなぁ、と真斗は呟いた。
 実際悲しんでいるかはナゾだ。…口調からだけだと、悲しんでいるようには思えない。
「――ねぇ、斗織」
「んぁ?」
 空を見上げる。
 夏よりもかすれた雲。遠く感じる空。
「斗織は僕のことを知らなかったって言ってたよね」
「あぁ」
 本当に、知らなかった。…あの時まで。
 母さんに告げられて、実際真斗がやってきたあの日まで――。
「――でも…僕はね、ずっと前から斗織のこと知ってたし…たまにね、見てたりしたんだよ」
「ふーん…。――ん?」

 …ずっと前から、斗織pレのこと知ってた。
(たまに…見てた…?)
 脳内で整理して…繰り返して――…。
『僕はね、ずっと前から斗織のこと知ってたし…たまにね、見てたりしたんだよ』
 ちゃんと、理解して「――えぇ?!」と空から真斗へ、視線を移す。
 ――予想しなかったことを聞いた。
 オレの反応に、真斗が笑う。

「いつも…話してみたいなって思ってた」
 真斗がそう言うと…目が合った。
 ――妙な感じがする。
 言葉では表せない感じモノ

「…不思議だね」

 その声が、一瞬…どちらのものかわからなかった。
 オレの意識ものなのか、真斗のものなのか――。
「――似ているのに、全然違うんだ」
 真斗の手が伸びて、オレに触れる。
 ――なんでいちいち触ってくるんだよ。
 …そう言おうと思ったはずなのに――声が、でなかった。
 頬に触れたそれの、冷たさのせいか。
 真斗がまた、笑う。
「斗織、口開いてるよ」
 ハッとした。
 オレの頬に少しだけ触れていた手のひらを引き剥がして、押しやる。
 立ち上がって、「いちいち触ってくんな」と呟いた。
 小さく笑いを漏らす真斗から無理矢理視線を外して、自分の手のひらに移す。
 ――じっと、手のひらを見つめる。

「僕はねぇ…斗織」
 笑いがおさまったらしい真斗が言った。
 立ち上がっていたオレの横に真斗が並ぶ。
「君がすきだよ」
「………」
 声を聞きながら、真斗を見つめる。
 ――何も言わず、ただ見つめる。

「――斗織が僕のことを嫌いでも…それでも、僕は…」
 オレの沈黙をどう取ったのか、真斗は目を伏せながら続けた。

「………本屋」
「――え?」
 オレは真斗の手首を掴んだ。
「本屋行くぞ」
 歩きながら、言う。

 すきだとか…んなこと、どうでもいい。

「っつーか、オレは本屋に行くぞ」
 掴んだ手首を放して、振り返る。

 オレが真斗をどう思ってても…すきだのなんだのと言い続けるんだろう、コイツは。――だったら。

「お前はどうするんだ?」
 勝手にすればいい。
 コイツのやりたいように、やればいい。

「――……行く」
 真斗は答えて――オレに抱きつきやがる!
「ベタベタすんなっての!」
 引きはがすと「ケチ」とか真斗はほざいた。何がだ。
「…手、放せ」
 抱きつくのをやめても、手を放さなかった真斗の手を振り払いながらオレは呟く。
「…さっき斗織から手つないだのに」
「つないでねぇ!! 手首掴んだだけだ!」

 ――勝手にすればいい。
 真斗のやりたいように、やればいい。

 オレもやりたいようにやるだけだ。

● ● ● ● ●

「いってきます」
 別れ際――駅で、真斗は言った。
「いってらっしゃい」とか言われるのを期待してたりするんだろうか。
(二度来るな、って言ってやろうか)
 そんなことをどこかで考える。

 …でも、結局は。
「――ああ」
 言っても無駄だろうから「二度と来るな」とは言わなかった。

 
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