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<いとしいきみへ>−ⅱ

「…今日…ですか」
 通された和室に腰をおろす。
「ええ」
 ――声に出しているのに、…そのはずなのに、現実味があまりないのはどうしてだ?
「一年…」
 問いかけるわけではない言葉が、勝手にこぼれる。
「そう、一年」

 ――沈黙が、ただ、ながれた。

「あの子が呼んだみたいね」
 小さく言ったその声が。
 部屋中に広がって、散らばって…けれどオレの耳に残る。

 …勝手なヤツだとは思っていた。
 自分のしたいように、自分のやりたいことをしているヤツだと。

「――なんだよ…」

 オレが、アイツを驚かせようと思った。
 迷惑かけられたし。
 だから今度はこっちから不意打ちフェイントしてやろうと。

(…自分勝手なヤツだな…)
 オレは、不意打ちをくらうだけだ。
 初めて会ったときも。
 2度目に会ったときも。
 ――今回も。

「勝手に死ぬなよ…」

 思わず、呟いた。

● ● ● ● ●

 ――2年前。
 真斗は医者に『余命半年』と言われたらしい。

 原因は、病気ガン
 転移が、全身に広がり始めていたそうだ。

『――それが、本当なら』と。
 真斗は滅多に言わないワガママを言ったらしい。
 …聞きながらあの自分勝手な真斗が『滅多にワガママを言わない』というのが「本当か?」とか思ったんだが。…それはさておき。
『一週間だけ、時間をください』と言ったそうだ。
 ――そう言ったのが、春のこと。
 その一週間…オレの家に転がりこんでいたわけだ。

(…アレ、ウソじゃなかったのか)

 真斗の言葉を思いだした。
『…このまま、目が覚めなかったらどうしよう…』
 暗闇の中に広がる声。
『医者に言われたんだ。…僕の余命があと半年だって』
 …瞬きをしない横顔。
『…だから、会いにきたんだ』
 静かな…掠れた声。オレを見つめる瞳。
 脳裏によみがえる気がして…見えるような気がして――目を、閉じる。

『あれ、ウソなんだ』
 アイツが家を出る時――そう言ったのは、『余命が半年』ということを『ウソ』にするためだったのだろうか。

● ● ● ● ●

『貴方に知らせなかったのは…私の勝手なの』
 真斗の母さんが言った。
『――せめて、斗織くんの中だけでも生きていてほしかったの』

「お邪魔しました」

 正直…実感のわかないまま、線香をたてて、小月家を後にした。
 プレゼントなんて買ったことも渡したこともないから何を持っていけばいいか、なんてわからなくて。
 …ひとまず手土産で食い物を持ってきたけど、そのまま持って帰ることになった。

 ――アイツが死んだ。
 この世にはもう、いない。
 ――会うことはない。

(清々するじゃねぇか)
 もう、不意打ちをくらうこともないし。
 穏やかな日々を過ごしていける。

 アイツが死んだ。
 ――もう迷惑をかけられることもない。
 アイツの自分勝手ワガママにふりまわされることもない。
 イライラさせられることもない。

(――オレの誕生日って、結構散々?)
 ハハ、と乾いた笑いが漏れそうになる。
 なんだかな、という。
(去年は入試だったし。…っつうか、人の誕生日に死にやがったのか)
 双子だってことだから…真斗の誕生日でもあるわけか?
 そんなことを思って、意識せず足を止めた。
 振り返る。
 …真斗の母さんが、今も見送ってくれている。
 軽く頭を下げて、再び足を進めた。
 行きとは逆に、家が増えていく。
 住宅地だが、あまり人通りはない。

 真斗は、死んだ。
 ――たとえ、この目で確かめなくても。

――ト…オ…ル――

 たとえ、信じることができなくても。

「……」
 風がふく。
 日は巡り、季節は過ぎて――ただ日々が過ぎるだけで。
「……ッ」
 ついさっきまでアイツが死んで、いなくなったことも知らなかった。
 ――そう。
 人が一人いなくなったところで世界が終わるわけじゃないし、何かが変わるわけでもない。
 わかっている。
 …わかっている。
 …だけど。
「――……」
 意識せず、口を押さえた。
 そうしなければ、零れ落ちてしまいそうで。
 勝手に、こみ上げてくる。
 熱いモノは…感情なのか。

 一年前あの日の空白は、お前が逝った瞬間だったのか?
 入試中、突然頭が真っ白になった…あの瞬間に、死んでしまったのか?
「――ッ」
 口を押さえていても、目を塞ぐことが出来なかった。
 熱い、目から溢れるもの。
 視界がぼやける。拭っても拭っても止まらない。
 こみ上げるモノで、息が苦しい。

(……真斗…ッ)

 食道の辺りが熱いように感じた。
 目の奥と、喉の奥も。
 吐き気とは違った。だけど、苦しい。
 目から勝手に零れるモノを拭えきれないまま、口を押さえる。

 ――オレは、悲しいのか?
 アイツがいなくなったことがこんなにも――寂しいのか?

『たとえ 遠く 遠く離れても』
 …一文が、頭によぎった。
 アイツのよこした、本。

『君に 忘れられてしまうことのほうが
 もっと 寂しいのです
 ずっと 悲しいのです』

『忘れないでいてあげて』
 ――本の一文と、真斗の母さんの言ったことが、重なる。

(忘れるかよ)
 本当に、自分勝手なヤツだ。
 ――勝手に死にやがって。

(…忘れられるかよ)

 似ていて――でも、全然違う存在。
 双子の弟。
 今はもういない。
 ――二度と会えない…

いとしい きみ

いとしいきみへ<完>

2004年10月27日(水)【初版完成】
2012年 1月 6日(金)【訂正/改定完成】

 
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