TOP
←本編
←アトガキ

<きみの名>

「名前! お義父さんと僕と一文字ずつってどうですかねっ!」
 日差しの穏やかな、9月の半ば。
 名案だ、というように突然娘婿むすめむこが言った。
「…というと…?」
 ――先日、娘が男の子子供を生んだ。
 そして今日、孫が家にくる。
 自分もとうとう『祖父じいさん』だ。
「僕が『悠真』、お義父さんが『斗織』…で」
 少々興奮気味に。ちょうどそこらへんにあった紙に、婿は字を書く。

『真斗』

 …一瞬、呼吸を忘れた。
 その名前は久々に見る。

(『まなと』…?)

「『まさと』ってどうでしょう!!」
 思っていたのと違う読みで婿は読み上げた。
「………まさと…」
 繰り返すように、呟いた。

「まさと」
 ――けれど、思ったのは…違う名前。
真斗まなと…)

 ――忘れてはいなかった。
 けれど、思いだすことも減っていた。
(釘を刺しにきたのか?)
 忘れるな、と。

真斗まさと…か」

『斗織〜っ!!』
 よみがえる、呑気な声。
 …中学生の姿以上、年を取らない双子の弟。
(忘れてなんざいないぞ)
 我知らず、苦笑がもれる。

「ただいま〜」
 その声に、婿は腰を浮かせる。…こっそり自分も、腰を浮かせる。
 帰ってきた娘と…抱かれた、小さな赤ん坊。
 抱いてみる? と訊かれ、腕をのばす。
「…真斗まさと
 同じ字で違う名前の。
 ――いとしいきみの名を、呼んだ。

←本編
←アトガキ
TOP