僕はアイスが好きだ。
小さい時からで…今も好きで。
リオスでバニラアイスを買ってもらって僕は車に戻った。
車を置いた場所は店から遠い、道路の傍。
カップのアイスを木のスプーンで食べる。
母さんは買い物…というか、服を見ている。
父さんは、多分、それに付き合ってる。
休みのせいか結構車が多い。
アイスが半分終わったころ、父さんと母さんが車に戻ってきた。
「ちょっと電気屋寄ってもいいか」
父さんがそう言いながら、車のエンジンをかけた。
「いいわよ」
母さんが答えると、駐車場を走って、入ってきた入り口から一番遠い出口から出る。
アイスが食べ終わって、僕は車のゴミ箱に空になったカップを捨てた。
目の端っこで、歩道に人が歩いていたのが見えた。
歩いてる人と僕の乗ってる車と、すれ違う。
「…」
……
「………?!」
ぐるん、と振り返った。
僕は車の窓にくっつく。
「どうした、真斗?」
父さんの言葉がちゃんとわかったのは、すれ違った人の姿が全然見えなくなったころ。
「…え? あぁ…」
どうしたもこうしたも。
「…なんでもない」
――見間違い、だったのかな。
幸平の話を聞いたから。
……米倉さんの話を聞いたから。
――期待、していたから。
僕と 似た 顔の
――僕と同じ顔の…。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「「湯川〜湯川〜…湯川です」」
ホームに響くアナウンス。
電車から、沢山の人が降りた。
僕もその沢山の人の中の一人になる。
人の流れと一緒に歩けば、そのまま改札口から外に出れる。大きな駅だ。
(迷いそ〜…)
いつもこんなに沢山の人がいるのかな。
日曜日だから、多いのかな。
とにかく。
どこを見ても人、人、人…だ。
…もう、挫けそうになる。
(あぁ、もう…)
せっかくおばあちゃんが電車代をくれたのに。
行きと帰りの分。
気をつけてね、と言ってくれた。
とにかく、歩くことにする。
見上げるとスーパーの大きな看板が見えた。
僕は湯川に来た。
…確認するために。
僕の、ドッペルガンガーを探しに。
――僕の、兄さんを探しに。
当てもなく歩いた。
適当に、歩いた。…お日様がちょっと夕方めいてる、気がする。
――収穫、ナシ。
(まぁ…そう、うまくいくもんじゃないか…)
ドコに行けばいいかもわからないし。
僕はそこらへんにあるベンチに座る。
右に、左に…歩いていく人をボーッと眺めていた。
(やっぱり1時間とか2時間じゃ、見つかるものも見つからないのかなぁ…)
――というか、ここはどこ? 駅からそんなに離れたつもりはないけど。
意識せずため息が出る。
ウチを出たのが1時ちょっと過ぎ。
湯川駅に着いたのが大体2時半。
そして今は、もうすぐで4時になる。
ウチに帰るのに大体1時間かかるから…。
(今すぐ帰っても5時過ぎか…)
6時頃には家にいないといけない。
怒られちゃうし…心配させちゃうし。
(そろそろ、帰らなきゃなぁ…)
右から左に、左から右に…沢山の人が歩いている。――歩いていく。
だけど…だから、なのかな。
人が沢山過ぎて、誰に「どうやって駅に行けばいいか」ということを訊けばいいのかわからない。
(…あ…)
みんな急いで歩いているように見えたけど、一人の女の人はゆっくり歩いているように見えた。
優しそうな人。
おばちゃん…だけど、母さんより若そう。
(あの人に訊いてみよう…)
駅にどうやって行けばいいか、と訊く人を決めて僕は立ち上がった。
「すいません」
多分、10歩も歩かないでそのおばちゃんに声をかけることができる。
目が合って…答えがなくて、間があった。
驚いた、みたいな顔をしている。
まぁいきなり声をかけたから、かな…。
「あの…?」
僕が首を傾げるとおばちゃんはハッとした顔をした。
「何? どうしたの?」
そう言っておばちゃんはニッコリ、笑った。
初めて会った人だけど…なんかこのおばちゃん、好きかも。
「駅までどうやって行けばいいか教えてほしいんですけど」
僕の言葉に「駅?」と繰り返してからおばちゃんはあぁ、と頷いた。
「あっち、よ。おばさんが一緒に行ってあげる」
「え…」
それは、とてもありがたい言葉だったけど…いいのかな?
そう思ったのが顔にでていたらしく、おばちゃんは「いいのいいの」と言って笑った。
「あっ」と声を上げて、おばちゃんは指先をくるくる回して「大丈夫よ」と続ける。
「誘拐なんてしないからね」
僕はおばちゃんの言葉を頭で繰り返してから、笑ってしまう。
この頃妙な事件が多いし、学校でも「知らない人についていっちゃいけません」と何度も聞いた。
「それなら、お願いします」
僕が頭を下げると「行きましょう」とおばちゃんが背中をポン、と一度叩いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「切符売り場で…あっちが改札ね」
路線図を見上げて『藤城』を探した。
…あった! ――って、お礼言わなきゃ。
「ありがとうございました!」
おばちゃんは少し首を傾げてから「いいのよ」と笑う。
「――じゃあね、真斗」
手を振るおばちゃんに頭を下げて、僕は切符の販売機にお金を入れた。
450円。
うぅーん、漫画が一冊買えるなぁ…。
行きと帰りで二冊か。
(…ん?)
何か、ひっかかった。
行き先の書いてあるボードに見覚えのある駅の名前が書いてあるホームに歩いて、電車を待つ。
タイミングがよかったみたいで、電車がちょうど来るところだった。
聞き取りにくい声でアナウンスが響く。
(この電車…で、いいんだよね?)
ちょっとだけ不安になりながら、僕は閉まったドアの傍に立った。
椅子は殆ど埋まっていて座れない。
日曜日のせいかなぁ…。
いくらか暗くなってきた風景を見てから、目を閉じた。
『――じゃあね、真斗』
言葉を、思い出す。
(…ん?)
僕、あの人に名前なんて言ったっけ…?
ガタンガタン、と電車に揺られながら僕はボンヤリ、そんなことを考えた。