それは。
僕の知っている言葉では表すことができないものだった。
何かが。 ――僕の中で、『何か』が。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
母さんに「湯川のリオスに行きたい」って頼んだ。
どうしたの、って言われたけど湯川のほうに用事もあったらしくて連れてきてくれた。
「母さん、用事があるんでしょ? 僕、ここの本屋さんあたりで待ってるよ?」
「え…」
でも、と母さんは微妙な表情をする。
僕は笑った。
「ちゃんと待ってるから」
ね? と首を傾げると母さんは「そうねぇ…」と言ってから「じゃあ、本屋さんにいてね」と背を向けた。
「あ」
一歩足を進めた母さんを呼び止めて「時間はどのくらいかかりそう?」と尋ねる。
「そうね、大体30分…。長くても一時間はかからないはずよ」
答えを聞いて、僕はヒラヒラと手を振った。しばらく母さんの背中を眺めて、僕は本屋さんを離れる。
ひとまず、リオスをぐるりと回ってみようと思った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
(まぁ…やっぱりそう、うまくいくわけないよね…)
すれ違う人をじっと見たけど、僕に似た人はいなかった。
本屋さんにある時計を見上げると、大体15分経っている。
(まだ、30分は経たないか…)
どうしよう、と思いながら今度は本屋さんをフラフラすることにした。
ここの本屋さんは結構広いと思う。漫画も色々あるし。
僕は漫画の並んだ棚を見上げる。
欲しい、って思うのはないなぁ…。
「…あら…」
トントン、と肩を軽く叩かれる。
母さんだと思って「早かったね」と、言おうとした。
ら。
「こんにちは」
…違った…。
どこか、見覚えのある人だけど…。
「――あ」
ふふ、っとイタズラっぽい笑みをうかべておばちゃんは「わかる?」と首を傾げた。
「この間、駅で会った…」
「正解」
おばちゃんは軽くぱちぱちと手をたたいた。
「よく覚えてたわね。…湯川には、よく来るの?」
『よく覚えてた』のはおばちゃんも一緒だと思う。
会ったのは、駅で…ホームまで案内してもらった。
「よく? んー…時々、です」
別に毎週欠かさず来てるというわけじゃない。
僕が答えると「そう」と頷いた。おばちゃんはチラと腕時計を見る。
「…3時…か…。じゃあ、おばさんはこれで」
おばちゃんは手を軽くあげた。
四、五歩歩いてから戻ってくる。
「――おばさんと一緒にきてみる?」
へ? と僕は間抜けな声をだしてしまった。
「…なんてね」
僕の間抜けな声に…かな? おばちゃんが少し笑う。
「じゃあね」
おばちゃんはそう言って、背中を向けた。
今度は戻ってこない。本屋さんを出て、右に曲がっていった。
(…?)
不思議なおばちゃんだなぁ、なんて考えながら僕はもう一度漫画の棚を見上げた。
「真斗」
呼ばれた声に振り返ると今度は母さんだった。
「あ…」
母さん、と言おうとして、突然思い出す。
『――じゃあね、真斗』
この間の、おばちゃんの言葉を。
(…あ…!)
なぜか、僕の名前を知っていたおばちゃん。
「真斗?」
僕を呼ぶ母さんの声は聞こえなかった。
早歩きで本屋さんを出て、右に曲がる。
本屋さんのすぐ右隣にパン屋さん。それから、食料品売り場になっている。
僕は、おばちゃんを探す。…探す。
――探す…。
「……っ!!」
一瞬、息を忘れた。
僕は、探していた人を見つけた。
――それは、おばちゃんではなくて。
僕と、似た顔の。
――僕と、同じ顔の…。
(ニ イ サ ン ?)
背中に…全身に。
ビリビリと。
何かが。
僕の中で、『何か』が…。
「真斗、どうしたの? いきなり歩いていっちゃって…」
あの人は、僕に気付かないままいなくなってしまった。
…それでも、動けずにいた。
ただ、立っていた。
「…真斗…?」
母さんの声が、少し遠くで聞こえる。
僕の目は、あの人のいた場所から動かないで…動けないでいる。
「母さん…」
小さく呟いた。
母さんを呼んで、僕は僕を抱きしめる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
時々、意味もなく寂しくなるときがあった。
家族がいても。
友達といても。
…その理由が、わかった気がした。
――僕は 君を 求めていた
僕のクセは、自分で自分を抱きしめること。
腕を…肩を抱いて、僕は自分で自分を抱きしめる。
――自分で 自分を 抱きしめて
――僕は 君を 抱きしめる
そうすると少しだけ、寂しさが和らいだ。
――ひとつ だったかもしれない 君と 僕
――僕の 半身
胸に広がるこの想いはなんだろう。
…この感情は、なんだろう。
かなしい?
せつない?
さみしい?
心臓が、ぎゅっとなる。
瞳を閉じて残像を追う。
――僕の半身を思う。
(僕の…兄さん…)
同じ年の。
――多分、同じ日に産まれた。
僕と似ている。
けれど、僕とは違う存在。
――双子の兄さん。