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<斗織>−ⅰ

 しつこいかもしれない、と思いながらも僕はソレをやめることができなかった。
 ピンポーン ピンポーン ピンポーン
 チャイムを何度も押している様子をおばさん…僕を産んだ『母親』が少しだけ笑いながら見ていた。

「あ…」

 戸が開いた。靴を気にしているのか、視線を下に向けたままの人。
 ――僕と同じ…よく、似た顔の人。
「とおる〜っ!!!!」
 名前を呼んで、抱きついた。
「――な…っ?!」
 温かい。
 僕は僕を抱きしめないで…本当の、君を抱きしめる。
 本当の、本物の…僕の兄さん!
「…はな…」
 兄さん…斗織と目が合った。
 僕とよく似た…だけど、違う顔。
「会いたかった!!」
 思わず、笑ってしまう。
 だって斗織の顔が…面白い。
 あ、面白いなんて言ったらオカシイかな?
 とにかく、僕の顔を見てビックリした顔になっていたから。
 驚いた顔が一度固まって、斗織は僕をグイグイ押しやりながら
「………誰だお前は?!」
 と、大分息を詰まらせてから言った。
 その間に僕はまた笑ってしまう。
 それから、問いかけに答えた。
「真斗だよ〜」
 斗織の、僕を押す力が一瞬弱くなった。僕は続けて「斗織の弟で〜す!!」と抱きつく。
 …と…
「な?!」
 ――あ。
「いぃっ?!」
 …ガタンッ
 ――勢いつけすぎた…。
 斗織押しつぶしちゃったよ。でも…斗織を抱きしめたまま、離さない。
「あらあら、仲良しね」
 倒れこんだ僕等に母親…と思えないんだよなぁ…。一緒に暮らしてなかったせいかな? 今でも『おばさん』って感じ…が笑いながら言った。
 うまく起き上がれない僕の下で、斗織がおばさんに向かって半ば叫ぶ。
「何コレ?!」
「だから〜、真斗だよ〜」
 おばさんの代わりに、僕は答えた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

『…お願いがあるんです』
 僕は、言った。
『一週間、僕に時間を下さい』
 叶うのなら、今すぐに会いたい人がいた。
『一週間が過ぎたら…必ず、帰ります』
 ――不安そうな顔をした母さんに、僕は繰り返す。
『必ず、帰りますから』
 ――帰ってきたら、必ず入院でも検査でもするから、と。

 僕は、僕の片割れに会いたかった。
 入院して、会える機会がなくなってしまうかもしれないなら、なおのこと。
 だから、お願いした。
 一週間、時間が欲しいと。
 母さんに「ドコかに行きたいの?」と訊かれて僕は頷いた。
「誰かに会いたいの?」と続けられて僕はまた、頷いた。
『誰か』がわかったのか、それともただ、ほうっておいてくれることにしたのか、母さんは深く追求はしてこなかった。
「…一週間経ったら、言うこと聞いてくれる?」
 僕が頷くと、母さんは少しだけ寂しそうに笑った。
 そして、言葉が続く。

「真斗が会いたいのは、お兄ちゃん?」

 その言葉に僕は素直に頷いた後…自然と頷いてしまった後、驚く。
「…僕の会いたい人、わかった?」
「勘よ。当たり?」
 もう一度笑って、隣の父さんと顔を見合わせた。

「お兄ちゃんのことを知っているのなら、あなた自身のことも話していいかしら…?」
「僕自身…?」
 僕のこぼした呟きと同じくらいに、父さんが椅子に座った。
「少し、長くなるかもしれない。…座りなさい」
 その言葉に僕と…母さんも、腰を下ろす。

「――少し、昔の話だ」

 僕は、僕のことを聞いた。
 母さんは僕の産みの親でないこと。
 父さんが僕と血のつながりがないこと。
 …母さんは、僕の父親の妹、らしい。だから叔母さんってコトになるのかな…?
「――……」
 聞きながら、息が止まるような感じがした。
 ショックを受けた。

 …でも、そんなに激しいものではなかった。

 小さい時におばあちゃんから『秘密』で『内緒』の話を聞いていたから。
 ――大きくなって、少しは考えることができたから。

 僕に兄さんがいるということ。
 けれどそのことが母さんと父さんに『秘密』で『内緒』な話で。
 その兄さんと血のつながりがあるというのなら。
 …けれど会ったこともなく、離れて暮らしているのだから――僕か兄さんが養子だということは、どこかで予想していた。

「…ショックか?」
 ぼーっとしたまま、父さんのそんな声を聞いた。
 それは、まぁそうだ。
 何も思わない…ショックを受けていない…と言ったら、嘘になる。
 頷いた僕に「でも、な」と父さんは言った。
 声に、視線を父さんへ向ける。
 ふと父さんが笑う。腕が伸ばされて、久々に頭をなでられた。
 少しビックリする。
「血のつながりがなくても、お前は大事な息子だよ」
 ガシガシと髪の毛をかき混ぜられた。
 僕は瞬きを繰り返す。
 それから、どこか熱くなった。
 何か言おうと思うのに、言葉が出てこない。
「そう。一番大切な、私たちの子よ」
 母さんが言いながら、僕を抱きしめる。
 照れくさい…だけど。
 それよりも、もっと、熱く…温かくなった。
 言葉が見つからない。
「ありがとう」って言うのも何かおかしい気がする。
 抱きしめられながら、僕は目を閉じた。
 父さんと母さんの言葉を自分の中で繰り返す。
「うん」と、頷いた。
 結局、何を言えばいいのかわからなかったから。
 父さんはもう一度、僕の頭をガシガシとなでた。
 母さんが僕を抱きしめる腕がぎゅっと強くなった。

「そういえば、お兄ちゃんのことは誰に聞いたの?」
 抱きしめられたまま、母さんのそんな声を聞いた。
 しばらくして、母さんの言葉がちゃんと脳みそにとどく。
「…内緒」
 これは約束だから、言わない。
 母さんが「そう」と、笑った。
 もしかしたらわかっているのかな。…わかっているかもしれないな。

「お兄ちゃんに会っていらっしゃい」
 それから、と。母さんは小さく続けた。
「…あなたのお母さんにも、会ってらっしゃい」

「待っているから」と母さんは言った。
 ――言ってはいないけれど。
 必ず帰ってきてね…とそう、聞こえた気がした。

 
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