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<斗織>−ⅱ

 斗織に僕の居候する期限を伝えないままの一週間は本当に早くて。
 もう、土曜日。
 あと2日。

 昨日は…斗織に怒られて。
 思わず、教室から飛び出して。
 ――でも、斗織が迎えにきてくれて。

 夜になって、気がつけばこぼしていた本音に、斗織はぎゅっと手を握ってくれた。

 斗織といる間、僕は、あのクセがでない。
 ――自分で自分を抱きしめる、クセ。
「斗織、買い物行こう!!」
 誘った僕に、しかめっ面をしながら、渋々と斗織は付き合ってくれた。
 斗織の家から一番近い湯川駅は大きい駅だけあって、傍には沢山のお店がある。
 本屋、CD屋。それから服屋。
 僕のお小遣いで買えるものは少ししかないけど、買い物よりも斗織と一緒にいられることがただ、嬉しい。

 ――この想いはなんなんだろう。

 僕と似ていて…でも、全然違う。
 ぶっきらぼうで――だけど、本当はすごく優しい斗織。

 斗織のことを考えると、ぐるぐると今までにない感情が僕の中にめぐる。
 かなしいような、せつないような…さみしいような。
 ――だけど、違くて。
 …どれでもなくて。
 でも『すき』なことは確かで。

 ――この感情はなんだろう。

「――おい」
 少し立ち眩みになった僕に斗織は飲み物を買ってきてくれた。
「ウーロン茶でよかったか?」
 ペットボトルのジュースを受け取りながら「ありがとう」と返す。
「気が済んだか?」
 結構よく歩いた。
 朝の10時頃にアパートをでたのに、もう4時だ。

 斗織は夕飯の支度…買い物があるからぼちぼち帰るぞ、と言った。
 作ってもらう僕が口を挟めるはずがなく、頷く。
「何作るかもう、決まってるの?」
「…まだ決まってねぇ…」
 スーパーに向かって歩きながら、そんなことを話す。

 ――ただ、君といられれば。

「…おら、キリキリ歩きやがれ」
 またもや立ち眩みになった僕に、斗織はため息混じりにそう言って、手首を掴んだ。
「アハハ。斗織ってやっぱり優しいね」
「うるせぇっ」
 そう言いながら、時々ふらつく僕の腕は放さない。
「やっぱ、斗織は優しいよ」
 僕の呟きに斗織は答えない。
 照れてるのかな。
 思わず、笑ってしまう。

 ――ただ、一緒にいられるだけいい。
 一緒にいることは叶わないから…また、会えればいい。

 ――だから、僕は。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 …日曜日。
 今日は帰る日だ。
 斗織が昼ごはんの片付け…皿洗いをしている間に、僕は帰る準備を終わらせる。
 皿洗いが終わった斗織に「お疲れ様」と言って立ち上がった。
「…どっか行くのか?」
 僕のお母さん…いまだに『おばさん』という感じだ…も仕事で一緒に出ることになっている。
 斗織はカバンを背負った僕に問いかけた。玄関に座り込みながら答える。
「うん。…一週間ありがとね。斗織」
「一週間ありがとね…って…」
 斗織が言葉を繰り返した。僕は笑う。
 斗織には僕が一週間心期限付きの居候だとは言ってなかった。
「もともと、そういう予定だったんだよ。――斗織には、言ってなかったけど」
「……」
 瞬きを繰り返す斗織に「僕がいなくなったら寂しい?」と聞いてみた。
 ――ら。
「いや、全然」
 …そう、即答された…。
「…斗織…」
 思わず名前を呟いた僕に、
「ずっと2人だったんだ。お前がいて騒がしくてしょうがなかった。いなくなるんだったら清々する」
 斗織はそう、あっさり言ってくれる。
(…まぁ、ずっと僕がひっつくの嫌がってたしなぁ…そう言われるのは当然かぁ…)
 少し、悲しい気持ちになった。
(いきなりの居候だったしなぁ…)
 …落ち込む僕が、自己中ってカンジになってしまうかな。
 勝手にしょんぼりしてしまいながらそんなことを思っていると、
「気をつけて行って来い」
 斗織がそう言った。
 自分の中で、言葉を繰り返す。
 そして、斗織の『行って来い』というその言葉に、自分の顔が笑顔になったのを感じた。
「――…!」
 また、来てもいいんだ?
 また…会いに来ていいんだ!!
「…うん!」
 僕は力強く頷いた。

「あ、そうだ」
「一昨日の話だけど」僕は斗織の耳元で小さく言った。少し、重々しく。
 …一昨日の話というのは、僕が聞いてしまった言葉。
 ――あと半年だという僕の時間…。
 思わず呟いてしまった、言葉。
 息を詰まらせた斗織に、僕は重々しく続ける。

「あれ、ウソなんだ」
「……え?」
 ――ウソにするから。
「信じた?」
 ――僕の時間が半年なんて…そんなの、ウソにするから。
「手、握ってくれて嬉しかった」
 ――絶対にまた、会いに来るから。

「え?」という表情の斗織にドアを開けながら「いってきます!!」と元気に言った。
 アパートの階段を下りている途中、ドア越しに、斗織の「二度とくんなーっ!!!」という叫び声が聞こえた。
 その叫び声に僕は笑った。おばさんも笑っている。

「またいらっしゃいね」
 別れ際、おばさんの言ってくれた言葉に僕は頷いた。

 …医者の半年宣言なんてウソにする。
 絶対に、死なない。…絶対に、生きる。

 それで、また。
 …半年後に、また。斗織に会うんだ。

 
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