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<斗織>−ⅳ

 久々に濃い味の物を食べたせいか、もう、お腹がいっぱいになってしまった。
 3分の1くらい残ったチキンバーガーを全部食べ終わった斗織に差し出す。
「斗織、コレ食べる?」
「なんだ? 食わねぇのか?」
 斗織はそう言いながら、全部食べきった。
 ゴミ箱にチキンバーガーを入れてあった袋とかを捨てる斗織を見て、僕も自分の分を捨てに立ち上がる。

 ベンチにもう一度座って、僕は切りだした。
「斗織は…僕のこと嫌いって言ってたよね」
「は?」
 しばらく、間があった。
 ――あぁ、ともらして「そうだな」とあっさり言う。
「あ、否定してくれないんだ」
 悲しいなぁ、と呟く。
 少しショック。
 …でも、なんか本気で言ってるわけじゃないっぽい?
 ――というか、そう思いたい…。
「ねぇ、斗織」
「んぁ?」
 空を見上げてる斗織につられて僕も空を見上げた。
 夏よりもかすれた雲。遠く感じる空。
「斗織は僕のことを知らなかったって言ってたよね」
 ぼんやり、言った。
「あぁ」
 斗織もぼんやり答える。
「でも」と、僕は斗織の横顔を見た。
「僕はね、ずっと前から斗織のこと知ってたし…たまにね、見てたりしたんだよ」
(まぁ、実際に見れたのは2回だけど)
「ふーん…。――ん?」
 ――しばらくの、間。
 それから「――えぇ?!」と斗織は視線を空から僕へ移す。
 斗織の妙な声に僕は思わず笑った。
 その、ビックリした顔にも。
「いつも…話してみたいなって思ってた」
 目が合う。
 ――不思議な感じがした。
 言葉では表せない感じモノ

「…不思議だね」

 ――なぜだろう。
 確かに僕が言ったはずなのに、なぜか斗織の声も重なっているような気がした。

「――似ているのに、全然違うんだ」
 そっと、斗織に触れる。――温かい。
「なんでいちいち触ってくんだよ」
 …斗織ならそう言ってくると思った。
 声がない代わりに、斗織の口が微かに開いていた。
 僕はまた、笑ってしまう。
「斗織、口開いてるよ」
 斗織がハッとして、触れている僕の手のひらを引き剥がした。
 それから「いちいち触ってくんな」と呟く斗織に…予想していた言葉を漏らした斗織に、僕は何だか嬉しくなって少し笑ってしまった。
 プイッと視線の外れた斗織がなんだかおかしくて、僕は笑い続けてしまう。
 少し笑い疲れた。
「僕はねぇ…斗織」
 立ち上がって、ベンチから離れた斗織の横に並ぶ。
「君がすきだよ」
「………」
 斗織と目が合った。
 言葉はなく、怒鳴り声もなく。
 ――ただ、見つめられる。
(しつこい、とか思われてる?)
 …でも、本当の気持ちだ。
「斗織が僕のことを嫌いでも…それでも、僕は…」

 沈黙と一緒に流れるのは、秋の風。
 9月も下旬になると、やっぱり秋の気配が濃くなる。

「………本屋」
「――え?」
 その言葉と一緒に手首を掴まれた。
 予想外のことに、僕は驚いてしまう。
 そのまま斗織は歩き出した。
「本屋行くぞ」
 半分引っ張られるようにして僕は続く。
「…っつーか、オレは本屋に行くぞ」
 斗織は掴んだ僕の手首を放して、振り返る。
 真っ直ぐな視線。
「お前はどうするんだ?」

 僕は言葉につまった。

 かなしいような気がした。
 ――でも、違うとわかる。
 せつなさが、広がったように思えた。
 ――だけど、そうではなくて。
 さみしいのだろうか。
 ――似ている。だけど、やっぱり違う。

 この想いはなんだろう。
 この感情は、なんだろう。

 僕の中で湧き上がるものは今でもわからないままめぐりつづけていた。
 …心臓が、ぎゅっとなる。

「――……行く」
 僕はどうにかそれだけ言って、斗織に抱きついた。
「ベタベタすんなっての!」
 怒鳴り声に僕はゆっくり離れた。「ケチ」と呟いてみる。
「…手、放せ」
 抱きつくのはやめても手は放さなかった僕に、斗織は低く言う。
「…さっき斗織から手をつないだのに」
 僕は言いながら、それでも手は放さない。
「つないでねぇ!! 手首掴んだだけだ!」
 斗織の怒鳴り声を聞きながら僕は笑った。
 一緒に本屋へ向かう。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「いってきます」
 本屋をふらふらして、話をして。
 …気付けば夕方になってしまった。
 少し、この間みたいな言葉を期待している。
 半年前、「行って来い」と言ってくれたことは、すごく嬉しかった。――本当に、嬉しかった。

 お出掛け帰りの人達か…明日も休みだからこれから出掛ける人達なのか…ともかく、駅は結構混んでいた。
 ざわめきの中、斗織はふと笑う。…本当に、一瞬だけ。
「――ああ」
 …その答えだけで十分だった。
 いってらっしゃいとか、行って来いとか。そういうのと同じように思えたから。

 僕は改札に入ってから、何度も振り返ってしまう。
 斗織はこっちを見てないけど…それでも、そこにいてくれている。
(やっぱり、斗織って優しいなぁ…)
 こんなこと言ったら、また怒鳴られそうだけど。
(やっぱ、すきだな)

 予想以上に、僕の乗る電車には人がいた。
 吊り革につかまった瞬間、クラリと立ち眩みがする。
 ぎゅっと瞳を閉じた。
(また…半年後)
 そう、目標を立てる。

 ――コレは、闘いだ。
(また、斗織に会う)
 だから、僕は死なない。
 この痛みにも勝ってみせる。

 死んだりなんかしない。  絶対に、生きるんだ。

 
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