それはお見舞いという名の宿題の山。
見てみても、さっぱりわからない。
教えてくれるという幸平がわかってないんだから仕方がないことかも。
12月の上旬。
幸平と梨本が『クラスから』と色々と持ってきてくれた。
…3年生になってから学校には殆ど行ってない。
でも、こうしてお見舞いに来てくれることがすごく嬉しい。
――いや、まぁ、宿題の山はあまり嬉しくないんだけどさ…。
「新刊でたから貸してやる」
「わー、ありがとう! 暇なんだよねぇ、病院って」
ずっと借りて読んでいたマンガの新刊の入った袋を覗き込みながら僕は言った。
「…お前、他の連中の前でソレ言ったらマジで刺されるぞ」
梨本はため息混じりにそんなことを言う。
「あ、そっか。受験も近いもんねぇ」
12月に入って急に寒くなった。…ような気がする。
僕の独り言に「他人事だな、おい」と梨本が突っ込んだ。
「アハハ。僕、受験はちょっと難しいよ」
全然勉強してないし、とパラパラとマンガをめくる。
「…受けないってことか?」
マンガを閉じながら「多分ね」と答えた。
梨本は一度口を噤んで「わりぃ…」と小さくもらした。
僕は思わずマンガから梨本に視線を移した。
「え? 何が?」
何について謝られたのかわからなくて、訊き返す。
「ナッシー気にすんな。コイツはこういう奴だ」
幸平はそう言って、梨本の肩をぽんぽんと叩いた。
「…っていうか、俺も受験来年にしてぇ…」
勉強なんざやってられねぇ、とぼやく幸平に僕は「一緒に受験する?」と笑う。
それに梨本は「じゃあ、オレはセンパイとして可愛がってやろう」と腕を組んだ。
「うわ、ナッシー…っつうかタメが先輩っつーのもキツイな…」
幸平は言いながらぐしゃぐしゃと髪の毛をかき乱した。
「じゃあ、今年受験しときなよ」
「…そうしとく」
12月となると暗くなるのも早くて、5時半とかでもう、夜みたいになってしまう。
幸平と梨本の背中を見送ってから、2人が持ってきた紙袋を覗いてみる。
…見舞いの品をチェックしてみたりして。
まず目についたのは、今日の家庭科で作ったというマドレーヌ。
ラップにつつんである2つのマドレーヌには『早く元気になってね』という小さなメモも付いていた。
もうすぐ夕ご飯だけど、マドレーヌを食べる。
ほら、ナマモノは早く食べたほうがいいし。と、自分の中で理由をぼやきながら。
甘さが、僕にはちょうどよかった。
おいしい。
マドレーヌの2つ目を口に運んで…ため息がでそうになった。
次に目に入ったのが宿題の山だったから。
問題集と、プリント。
国語、数学、理科、歴史…。
英語もある。
いつもの痛みとは違う痛みが僕を襲った。
(なんだ、この量…)
半端じゃない。多すぎる。
(――ん?)
宿題の山の他に、何か入っていた。
『三園書店』と書かれた、プリントと同じくらいの大きさの袋。
中身は問題集よりも小さい。
引っ張り出してみると本だった。
幸平が貸してくれたマンガじゃなくて、日頃僕があまり読まない小説だった。
袋の中に紙を見つけて、僕はひろげて見る。
『暇なときに、よかったら目を通してみてください』
他に『自分の好きな本です』と、『早くよくなってください』とも書いてある。
最後に『加納』と書いてあった。
加納…図書委員の加納尚子さんだ。
随分前のことだけど「オススメがあったら教えて」と言ったことがあった。
それを覚えていてくれたのかもしれない。
(わざわざ用意してくれたのかなぁ…)
これは読まないといけないな。
(夕ご飯の後に…)
落ち着いて読もう、と決めた。
表紙はクリーム色で、淡い草色と白いチェックが入っていた。
小説の題は『いとしいきみへ』。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
君を思う気持ちは、悲しいのに似ていた。
切ないのにも似ていた。
寂しいとも思えた。
だけど、違う。
君に会えて、自分なりにわかったように思う。
悲しい気がしたのは、君を思うと泣きたいような思いがめぐるからだ。
切ないのは、胸に広がるむなしさを感じるせい。
どこか寂しいのは、君が僕を忘れていることを知っていたから。
――会いたかった君に会えた。
そして思う。
この想いは悲しさでなく、切なさではなく、寂しさでもなく。
愛しさなのだ、と。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
僕は本を読むのが遅いのか、読み終わる前に消灯の時間になった。
9時の消灯は早い。
僕は今でも眠ることが怖いから…なおのこと、夜は長い。
「…」
カーテン越しの光をボンヤリと見ていた。
――思うのは、さっきまで読んでいた本のこと。
「……」
僕の中で湧き上がる思いがあった。
斗織と一緒にいると…斗織を思うと、僕の中でめぐる感情。
あの本で、その思いに名前をつけることができた。
かなしいような――でも、違って。
せつないような――だけど、そうではなくて。
さみしいような――似ているけど、やっぱり違う。
…僕の中で広がる思い。
――いとしい。
僕は体を起こした。
カーテンを開けると微かに冷気を感じる。
この部屋にとどく光は数えられる程度の街灯。
病室から見える道の車通りは少ない。
闇に慣れた目に、窓ガラスが映った。
窓ガラスは夜の暗さで鏡みたいになって、僕の姿を映す。
僕は僕の顔を見ながら…僕ではなく、斗織を映す。
僕の中に広がる思いに名前をつけたら…なぜか、もっと。
その思いが強くなった。
(斗織…)
会いたい、と思う。
…どうしてこんなに求めるのか、自分でもわからない。
でも…会いたい。
僕は目を覆った。
――胸に広がる想いが、瞳から溢れるような気がしたから。
(会いたい)
君がいとしい。
――僕は、君がいとしい。