――背中が痛い。
「……」
じわっとした痛みに、リコはゆっくりと目を開けた。映るのは、見慣れない場所だ。
白い、部屋。…嗅ぎ慣れないニオイ。
リコは頭を振って、顔を上げた。
(ここ…は…)
まだ、ぼんやりする。自分の状況がわからない。
「はよ」
…その声に、リコは小さく反応した。発信源に顔を向ける。
オレンジの髪。赤茶の瞳。
「体、痛くないか?」
そう言って、相手が笑う。
――優しい、笑顔。
「ファズ…さん…」
「ん?」
何度が瞬きをして、リコははっとした。ようやく現状を理解する。
ここは病院だ。
怪我をして、たくさん血を流したファズが運ばれた…。
「起きて大丈夫?」
リコの問いかけに「オレっち丈夫だから」と、ファズは左手をヒラヒラと振って答えた。
その言葉に、ほっとする。
そして、「…ん?」と思った。リコは自分の手元に視線を落とす。
「…っ!!!」
リコはファズの手を、握ったままだった。
「ご、ごめ…っ」
リコは慌てて手を離す。顔が熱い。きっと赤い。
(うわー、うわーっ)
やってしまった、と思った。
…本当は、ファズが目を覚ます前に手を離すつもりだったというのに。
●○● ●○● ●○●
ファズに輸血するための血を採取してもらって――ファズの治療が終わり、面会が許された。
「…とっとと目ぇ覚ませよ」
事件の事後処理の関係で、ラグはファズの顔だけ見ると病室を出て行った。
「峠は越えましたよ。…大丈夫」
青い目の医師――デリーはリコに言った。
デリーの言葉に、視線をファズへと移す。
「……」
瞳を閉じたままのファズに、リコはまた泣きそうになった。
キレイで…でも、血の気のない白い顔。
左腕に、点滴で血がゆっくりと落ちる。
「大丈夫、彼は助かりましたよ」
リコの泣きそうな顔を見て、デリーは繰り返した。
よかったらどうぞ、と椅子を示す。
示された椅子にリコは腰を下ろした。
――浅い呼吸。閉じたままの瞳。
布団の上に出ていた左腕も、…手も白い。
「…ファズさん…」
小さく問いかけるようにリコは呟いた。そっと投げ出された右手を取る。
助かった、とその言葉を聞いても――医師の話を聞けても。
触れたその手の冷たさに胸が痛んだ。
「――ファズ、さん…」
繰り返し、呼ぶ。
…ファズはただ、眠っている。
「……」
触れている場所がほんの少しだけ温かくなった。
リコは冷たいファズの手を握る。
自分の熱をあげる。
だから、――どうか。
…元気になって。
どうか…どうか。
(――目を、覚まして)
リコは祈るような気持ちでファズの手を握った。
●○● ●○● ●○●
…そして。
ファズの手を握りながら――寝てしまっていた。
結構、本気で。
ワリと、長く。
「別に謝ることじゃないって」
ファズはそう言うけれど、気恥ずかしくて顔を上げられない。…まともに、ファズの顔が見られない。
「ありがとな」
その言葉に――え、と思った。
顔を上げるリコに、ファズは少しだけ笑う。
「心配かけちまってゴメンな。んで…心配してくれて、ありがとな」
繰り返された言葉にリコはゆっくりと瞬きをする。
自分の中で繰り返して、リコは頭を振った。
「…あたしのほうこそ…」
謝らなくてはならないのは自分だ。
「――ごめんなさい」
ファズは自分のせいで、怪我をした。
…自分を守ってくれるために、あんなに沢山の血を流した。
唇が震える。
俯いて、嗚咽になりそうなのをぐっと堪えた。…泣いてどうする。
一度唇を噛み締めて、リコは息を吐き出した。
「――ありがとう」
自分を守ってくれて。
…目を覚ましてくれて。
礼を言わねばならないのは、自分のほうだ。
目頭が熱くなって、リコは涙がこぼれないように何度も瞬きを繰り返す。
ファズを見つめた。――穏やかな、赤茶色の瞳。
ファズは真っ直ぐに、リコを見る。
目覚めたファズが、リコを見つめる。
…泣くところではない。
「ありがとう」
ファズはこうして、笑ってくれているのだから。