TOP
←  →

◆◇◆ Ⅲ ◆◇◆

 リコと別れたファズはそのまま職場であるカスタマイン城へ戻る――ことはなく。
 城を通過して裏山へと向かった。
 ファズが足を向けた先は、廃墟。
 ――そう見える、友人の家だ。

「ファズさん!」
「おっす〜」
 ファズは出迎えた鳥の人獣であるリファイアに軽く手を上げつつ応じる。
「トーラスはいるか?」
 きょろきょろ辺りを見回しつつ言ったファズに「書斎におります」とリファイアは羽を広げた。
「お急ぎですか? お呼びいたしましょうか?」
「うんにゃ、オレっちが行くよ」
「では、ご案内いたします」
 スタスタ歩き出したリファイアに続く。
「お久しぶりですね。出張されていたんでしたっけ? そういえば今日はよい天気ですね。どこかもうお出かけなどされましたか? そもそも今日はお仕事だったりするでしょうか」
 息つく暇がない…と言えそうかもしれない。
 リファイアの言葉一つ一つに、ファズは丁寧に答える。
 ――そんな調子で、リファイアはトーラスがいるという書斎につくまで喋りとおしだった。

 結構奥まで行き、ひとつの扉の前でリファイアは立ち止まった。
 ノックをしながら「ご主人様」と声をかける。
「ファズさんがいらっしゃいました。お通ししてよろしいですか」
「――ファズ?」
 扉の向こうから、そんな声があがる。
 ガチャリとドアが開き「入ってくれ」とリファイアの主…トーラスが姿を現した。
「失礼いたします」
 そんな言葉と共に、リファイアが書斎を後にする。静かにドアが閉じた。

「久しぶりだな、ファズ」
「ああ」
 最後に会ったのはバルモンドに出張前…一ヶ月は経っている。
「『黒い羽根』の事件で何か進展はあったのか?」
 小さな図書館並みに本棚が並ぶ書斎に感嘆の息を漏らしつつ「残念ながら」とファズは短く答えた。「そうか」と言いながらトーラスは机に広げてある本を手にした。
 積み重なっている本にはいくつも付箋が見える。
「俺なりに調べてみた」
 トーラスは机に身をあずけながらページをめくった。ファズもその本を覗き込む。
 …並ぶ細かい字に、少々目眩がしそうになった。
「羽…『黒い羽』で調べると…まぁ、最初は鳥人だよな」
「ああ」
 指差された場所を目だけで追ってファズは頷く。
 続けて何種かのモンスターを読み上げ、そして、違う本を手にする。
「――それで、これだ」
 トン、とトーラスが指差した部分をファズは音読した。
「…キリム…?」
 騎士団は要請によっては害獣(モンスター)退治も行う。
 …だが、多少知識のあるはずのファズでも聞いたことのないモンスターだった。
「知らねぇヤツだな…」
 首を傾げつつ呟いた言葉にトーラスは「レア種だからな」と違う本を引っ張る。
「7つの瞳と頭、尾を有する。背部には羽、だ」
「――羽、か」
 バルモンドに出張前、ファズはトーラスに『黒い羽根』のことを訊ねていた。
 何かわからないか、と。
 見た目よりずっと長い間生きていることを知っていたし、それによって彼がかなりの知識を有していることをファズは知っていたから。
 だが、その時トーラスも『わからない』と言って首を横に振った。
 そして『調べてみる』とも。
「…キリム、ねぇ…」
 ファズは繰り返し呟いた。
 トーラスが手に持つ本を受け取り、乗っている絵図を見つめる。
「…被害者を調べたところ歯形・爪痕などモンスターのつけた痕は見つからず、っていうハナシを聞いたけど」
 キリムという種は、そういった『痕』を残さない特性でもあるのだろうか。
 どうなんだ? とファズは視線をトーラスへとむけた。
 トーラスはひとつ息を吐き出す。
「そうなんだよな…それから…」
 トーラスが言いながら目を伏せた。ファズが代わりに続ける。
「――魔力」
 今まで連続事件であることを示すかのように…まるでその証拠のように残されている黒い羽根から、半端ではない数値の魔力が計測されていた。
 被害者の様子からモンスターである可能性が低いとされ、残された羽根の魔力の数値から鳥人の可能性も低い、となっていた。

 二人は黙り込む。
 それぞれが思考し、沈黙が流れた。
「…あ、そういえばトーラス」
「なんだ?」
 ハナシが変わるんだけど、と前置きしてファズは問いかけた。
「翼を持った魔族っているのかな?」
「…翼を持った魔族?」
 訝しげな声に「『魔力』があるだろ? でも大抵コウモリみたいな羽だよなぁ?」とファズは一人ぼやく。
「少なくとも俺は知らないが…なんでだ?」
 しばらく間を置いて答えたトーラスに壁に背を預けながらファズは腕を組んだ。
「昨日裏道で死体が発見されたこと知ってるか?」
「…ああ、確かルベルト通りの傍の」
 すぐに頷いたトーラスに「流石だな」と思いながらファズは続ける。
「オレっち、一昨日現場近くを通ったんだよ。…一昨日のうちに、事件に気付かなかったんだけどさ」
 言いながらため息が一つこぼれた。頭を振って話を続ける。
「んで、知り合いの女の子…リコっていうんだけど。一昨日リコが『黒い羽の人』を見たらしいんだ」
「黒い羽」
 その言葉にピクリとトーラスは反応を示した。
「鳥人ではないらしい。…なんか、リコの言いかた的に」
 リコの言っていたことを思い出し、ファズは口元を手で覆った。

『変?』
 変な羽の付きかただった、というリコの言葉にファズは思わず聞き返した。
『変…というか…』
 リコは言い直した。
『この辺ではあまり見かけない種族(ヒト)で』と、リコは少し考える。
『翼が、…なんというか…』
 うまく説明できないんだけど、とリコは手を動かした。
『一対じゃなくて、一つだったの。…えぇと…』
 唸り声を上げながらリコは「あぁ」と顔をあげた。
『尾羽みたいなカンジで背中から羽があって…』
 それから、リコは手を打った。
『美人さんなら見たよ』

「ちなみに美人らしい」
 リコの言葉を思い出しつつ、ファズはくるりと指先を回した。
「…美人?」
 その単語に、トーラスはファズがリコから聞いたときと同じ反応をした。
「んで、紅い瞳と黒い羽らしい」
「ふむ」と言いながらトーラスは腕を組む。

 考え込んでいたトーラスはしばらくして、ハッとした。
「魔族とは違うんだが」と呟きつつ、書斎の本をバッと眺め、一冊取り出す。
 手にしたのは今まで目を通していた本よりも更に厚く、古そうなものだった。
 書いてある字の書体も古い。
「ファズ、『堕天使(だてんし)』といわれてわかるか?」
「……なんだって?」
「堕天使」
 トーラスの繰り返した言葉にファズは眉間にシワを寄せる。
 聞き覚えのない言葉だった。
 わからない、と首を横に振って聞き返す。
「なんだその…『ダテンシ』って」
 トーラスは一度目を細めた。
 琥珀色の瞳に、長い年月を生きた静かな光が宿る。

「天界の住人だった存在。並ならない『力』と高度な『知識』を得ている存在」

 天界、とファズは声なく繰り返した。
 しばらく間を置いて、ファズはトーラスへと目を向ける。
「…天界人?」

 ――古の物語がある。
 地上界よりはるか天上に存在するとされる『天界』。
 そして地底深く眠る闇と邪悪な気が渦巻き、光のない『魔界』。

 その昔、地上界を巻き込み『魔界』の王たる『滅王』が地上界、天上界を支配しようと企む反乱が起こった。
 長く続いた戦いは天界人である天使族の勝利に終わり、魔界は滅びてなくなった。
 ――後に『天魔戦争』と呼ばれる大戦争である。
 その折、戦意を失った魔界の住人である魔族や魔物が地上に留まることを人間の王に許され、各地を点々とする。
 しかしそれを天界の王が大反対をし、戦争とまでは至らないまでも天界と地上界をつないでいた時空は完全に閉ざされ、以後世界は二つに分断されてしまった…。
 ――そんな、まるで神話(物語)のような史実(現実)。

 ファズの言葉に頷き、トーラスは続ける。
「『堕天使』は、堕ちた天使。純白の羽を失った――」
 一度区切って、目を閉じた。
「…黒い羽の、『力ある者』だ」

 トーラスの言葉に、ファズは一瞬呼吸の仕方を忘れた。
「…え?」
 突然聞かされた、今まで知らずにいた存在。
 …黒い羽を有する、『力ある存在』。

「もし…その子――リコ、と言ったか。姿を見たというのなら、傍にいたほうがいいんじゃないのか?」
 単なる思い過ごしならいいが、とトーラスは呟く。
 その呟きにファズは顔を上げた。
「姿を見たというのなら…」
 それが仮に、犯人だったというのなら。
「彼女が狙われる可能性は、十分にあるんじゃないか?」
 背筋に冷水をかけられたかのように、ゾクリと何かがはしった。

「…そ…だな…」

 ファズは頷くと、トーラスにくるりと背を向ける。
 ドアに手を掛けて、振り返った。
「サンキュ、トーラス。――また、来るかもしれねぇけど」
「ああ。俺ももう少し調べておくよ」
 軽く手を上げたトーラスに再び「サンキュ」と言って、部屋を後にする。

「…あれ、ファズさんもうお帰りですか?」
 玄関に向かうファズに、手に軽食を持ったリファイアがそう声をかけた。
「あぁ、今日は」
「そうですか…またいらしてくださいね」
 いかがですか? とリファイアに差し出されたクッキーをひとつ口に放り込み、ファズは「また来る」とほんの少しだけ笑った。
 扉に手を掛けて、一度深呼吸する。

 ガチャン、とドアを閉めるとファズの表情が引き締まったものになった。
「…さて…と…」
 いつもは女の子と見間違えられるような顔。
 ――だが、今は。
 青龍騎団の一員としての、鋭い光がその瞳に宿っていた。

←  →
TOP