落ち着け、と自らに言い聞かせる。
ファズは自分の胸元を掴んだ。何度も深呼吸を繰り返す。
(リコが襲われると決まったわけじゃない)
落ち着け。そう言い聞かせながらファズは走った。
「…ん?」
人混みの中、裏道に入れる横道に見覚えのある少年がいた。
――正確には少年達、というべきかもしれないが。
(…誰だったっけ?)
ファズは首を傾げる。なぜかその少年が気になった。
…今探すべきはリコだというのに。
ファズはそう思って少年から視線を外す。
一昨日の朝、偶然にもリコと会った辺りを見渡しながらファズは少年とすれ違おうとした。
「パーソンめ…せっかく僕が送ってやろうと思っていたのに…っ」
「でも、あんな言い方したら誰だって…」
「なんだ?!」
「…なんでもないよ」
少年達のそんな会話が聞こえた。ファズは思わず足を止める。
『パーソン』という言葉。…その、名字に。
「…きのこ頭!」
「…な?!」
誰かと思えば、一昨日会ったリコのストーカーではないか。
まるっとしていて、ついでに揃えられた前髪のおかげできのこに見えるその頭。…の、リコと同じ年頃の少年。
「今、リコがどうのこうの言ってなかったか?」
「リ…だったらなんだって言うんだ」
少年――グレッドはファズを見上げた。
「というか」と言って、そのままファズを睨みつける。
「誰がキノコ頭だっ」
「反応してるってことは自分がきのこ頭だって自覚してるってことだろ? …ってそれはいいとして」
「よくないっ」と噛み付きそうな勢いのグレッドだが、ファズは飄々としたものだ。続けてグレッドの態度を気にしないようなまま、問いかける。
「リコ、もう学校にはいないのか?」
「…あんたに答えてやるような義理はないね」
ふん、とグレッドは視線をファズから外し、そのまま背をむけた。
ファズはグレッドに従うようにして立つ二人の少年に「リコはもう学校にいないのか?」と問いかけた。
「う〜ん。今まで一緒にい〜た〜よ〜」
ファズは間延びした喋りかたの太った少年に視線を向ける。
「…今までって、ついさっきまでってことか?」
「そ〜」と頷いた太った少年――ニコルにグレッドは「何素直に答えてるんだっ」と頭に血を上らせて真っ赤になった顔で怒鳴る。
「ゴメ〜ン」と謝りつつ、ファズに振り返った。
「…で〜も〜、きれいな人〜すき〜」
「……」
グレッドは拳を握った。
わずかに震えているのはきっと気のせいではないだろう。
「アハハ。ありがとな」
ファズは『キレイ』というよりは『可愛い』かもしれないが、それでも褒められたことには変わりない。
「ちなみに、リコは?」
ファズの問いかけに、ニコルは短い指で、裏道へと繋がる横道を指差した。
ファズの目がわずかに見開かれる。
「裏道入ったのか?!」
笑顔から一変し、ファズは半ば怒鳴って問いかけた。
少年達は三人ともビクッとする。
ファズはその様子に気付き、自分の頬を叩いた。「わりぃ」と小さく謝罪する。
「ついさっき、か?」
ファズの問いかけにニコルはもちろん、グレッド、レッシュも頷いた。
「サンキュ」と言うと同時にファズは裏道へと走りこんだ。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
ファズは裏道を走りながら辺りに目を光らせる。
人影はないか。――リコは、いないか。
その時――。
「――ッ?!」
(なん…だ…?!)
背筋に、冷気が走った。何、とはいえない。
…嫌な予感がする。
――キィンッ
「?!」
金属が擦れるような、嫌な音がファズの耳にとどいた。
全神経を集中させ音の発信源を計り、ファズは走りだす。
(…こっちだ!)
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
まずファズの目に入ったのは男だった。
――血のような紅い瞳にぎらぎらと狂気を宿らせた。
いや、『男』というよりは…。
(…なんだ、アイツは)
『化け物』だった。
額に3つ、手の甲に一つずつ光る紅い目。手には刃物。
…手、というよりはその手自体が刃物のように見える。
背中に、羽が見えた。
鳥人族とは違う、一対ではない羽。――黒い、尾羽のような。
その手は赤く濡れていた。
「――っ!!」
そしてファズは、そこに座り込んでしまっている存在に気付く。
ひとつにまとめられた赤茶の髪。華奢な肩。…後ろ姿でも少女だとわかる。
「…リコ!」
名を呼ぶ。少女は振り返らない。その声に…ファズに気付き、リコではなく化け物が顔を上げる。――ニタリと笑う。
「今日は客が多い、な…」
――赤く濡れた手。
――呼んでも、動かない少女。
「――リコに何をした!!」
吼えるようにしてファズは言った。
そんなファズに化け物は笑う。嘲笑する。
「まだ何もしてねぇよ」
化け物が両腕の刃物を一度鳴らし、ふと、飛んだ。
「!!」
瞬時にファズの目前に現れた、化け物。
化け物の攻撃をファズは紙一重でかわす。
(持ってきて正解…っと!)
ファズは素早く短刀を両手に構えた。
一度、二度。
化け物の腕から生えているように見える刃物と、ファズの短刀がぶつかりあい鋭い音が響く。
連続してくる攻撃をかわし、ファズは化け物に蹴りをくらわせた。
首元を狙った蹴りは見事にヒットし、化け物はバランスを崩す。
よろけた化け物はムクリと起き上がり、再びニタリと笑った。
「お前、なかなかやるな。…気に入った」
「――あぁっ?!」
言いながら、化け物の紅い目に宿る光は狂気。それから…歓喜。
「お前の体…いただくぜ!!」
ギィン、と脳に突き刺さるような音がした。
ファズはわずかに目を細める。
「――テメェにやるような体なんて何ひとつねぇっ!」
短刀を化け物の太腿へ向かって投げた。
化け物は蹴ってファズの短刀をかわし、再びファズへ瞬時に近づく。
首を狙う刃物を除ける。
わずかに頬に当たり、チリッと痛みがはしった。
ファズは短刀を投げつけて空いた拳で化け物を殴りつける。
狭い裏道で、化け物はすぐ壁に激突した。
背中を強く打ったのか、あるいは脳震盪を起こしたのか、化け物がガクリと倒れこむ。
戦闘体勢は崩さず、ファズは荒い呼吸を繰り返した。
蹴ってかわされ、壁に突き刺さった自分の短刀を引き抜く。
起き上がらない化け物に、緊張感がわずかに緩んだ。
一度、深く息を吐き出す。心臓がバクバクと煩い。
ファズはもう一度息を吐き出す。
振り返り、赤茶の髪の少女へと走り寄った。
「…リコ!」