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①『夢』の始まり

 本を読むのが好きだ。
 まぁ、本とは言ってもファンタジー小説。マンガでもいいけど。
 最近のお気に入りは『月影の蝶』シリーズという、昔の中国みたいな異世界の(当然)ファンタジー小説。
 主役は闇の色の髪と、夜の光…月の色の瞳の『麗蘭れいらん』という女の子。
 寝る前の読書はほぼ習慣になっていて、区切りのいいところまでとか…宿題を忘れてしまっても寝る前に2、3ページは目を通してしまう。
 …時々止まらなくて、まるまる一冊読んでから眠ることもある。
 次の日眠くて後悔――しても、しばらくするとまた同じことを繰り返しちゃったりもして。
 ――それはさておき。
 わたしは夢を見る。
 その日見たテレビの影響かなぁ、みたいな雰囲気とか読んだ本の内容風味だったり、なんで今その人? みたいな元同級生や、なんでか小学校っぽい所にいるとか…よくわからないヘンテコな夢だったり。
 小説も読んでて楽しいけど、夢は夢で面白い。

+++

「ハァ〜イ
「………」
 ――この子は、誰?
 親しげに挨拶されたものの、相手が誰だかわからなくて、あたしは固まった。
 黒い…いや、よく見ると深い紫色かも?…の髪に、キラキラと輝く黄色い…琥珀色? かなぁ…の瞳。
『誰』なのかわからないのに…そのはずなのに、知ってはいる気がする。
 わたしはじぃ〜っとその子を見つめてしまった。
 十歳くらいだろうか?
 随分と髪が長い。ポニーテールにして結構高い位置でしばっているのに、腰より下…膝までとどきそうだ。
「………」
 大きな瞳はパッチリしている。色のせいか、なんだか猫を連想させた。
「………麗蘭?」
 わたしは、呟いた。

 女の子は瞬きをする。自分を指さして「レイラン?」と首を傾げた。
(………カワイイ)
 チョッキと、だぶだぶしたズボン。アラジンの世界みたいな服がよく似合っている。
 今更ながら、女の子がぼんやりと光っていることに気付いた。
 …というか、女の子が光っているというか…周りが暗いのか。
(ん? 暗いのに、なんで女の子のことが見えるんだ?)
 少しこの場所が変な気がして、ふと意識が周りに向く。けれど。
「手伝ってほしいコトがあるの」
 そう言われて、女の子に再び注目した。
 女の子がわたしのほうに近づくとシャラン、ときれいな音がする。幾重にもなったブレスレット、そしてアンクレットがぶつかりあう音だ。
「聞いてる?」
 耳に心地いい音と、その発信源に注目して返事をしなかったわたしに女の子は続けた。
「――え?」
「手伝ってほしいの」
「…何を?」
 聞き返せば、女の子はニッコリ笑った。
 ――その笑顔が『にんまり』と思えるのは、なぜ?
「ユメガリ」
「ゆめがり?」
 繰り返せば女の子は再び笑顔を見せて、「そう」と言った。
「――悪夢狩ユメがり」

+++

 ピピピピピ ピピピピピ ピピピピ…
「………」
 ベッドから抜け出さないと、目覚まし時計は止められない。
 もぞもぞとどうにか起きだして、わたしはその音を止めた。
「………――」

 ――夢を見た。
 変な夢だったせいか、妙に覚えている。
(麗蘭…みたいな女の子がでてきて…)
 今思えば…わたしの好きな『月影の蝶』の『麗蘭』は十六歳の女の子。…あの子はどう見ても十歳くらいだった。
 なんで麗蘭なんて思ったんだろう?
 しばらく考えて、思い至る。
(あ、髪と目の色のせいか)
 そう、一人で納得した。
 夢の中の女の子はわたしのイメージした小説の『麗蘭』と同じ色合いだった。
 闇のような紫色の髪と、夜空に浮かぶ月のような琥珀色の瞳。
(面白かったな。また、見れたらいいのに)
 ――まぁ、そう思った夢の続きを見れたことは一度もないのだけれど。
 勢いよくカーテンを開けた。いい天気になりそうだ。
 今日も学校だから、あんまり雨降りとかは嬉しくない。
 今日行けば一週間の半分が終わる。
 ――水曜日は委員会の当番の日だ。
 ちなみに図書委員。
 朝と放課後、貸し出しと返却の業務をやらなくちゃいけない。
 忙しい時もあれば、暇な時もある。
 本好きのわたしは図書室とか図書館っていう本に囲まれた空間も好きで、学校で一番好きな場所は図書室かな。…それはそれでいいとして。
 学校にいくまでの時間は――時間がヤバイ時は制服に着替えるけど――適当な部屋着で過ごす。
 わたしはひとまず着替えることにした。…と。
「――え…?」
 右手の甲が赤くなっていた。
 どこかにぶつけたような痣、というよりも…何か、模様のように思える。
 タトゥシールほどはっきりしてないけど…。
(…模様…)

 今日の夢を思いだした。
『コレは、契約のしるし
 そう言って…女の子がわたしの右手の甲にキスをした。
 そうしたら痛みも特にないまま、そこに何か模様が浮かんだ。
 鮮やかな赤い色の曲線が絡み合ったみたいな感じの、蝶のような…花のような、不思議な模様。
 華押に似ている、と思った。
 母方のおじいちゃんの家の床の間に飾ってある掛け軸の片隅。
 わたしは小さい時、水墨画よりそっちに注目してしまっていた。
 モノクロの中の、鮮やかな赤。
 それを連想させる模様が、夢の中…右手の甲に浮かんだ。

 ――夢の中の模様も右手。
 今も、右手。
「………夢?」
 わたしは呟いた。

+++

「あれ? 手ぇ、どしたの?」
 そう、妙なイントネーションでわたしに話しかけてくる。
 カウンター越しのクラスメイト…竹丘くん。
 いくらかクセのある髪を少しだけ染めている、人懐っこい人だ。
 他のクラスにも友達が多い。
 図書室にはたまに来る…というか、友達がいるか探しに来る、という感じ。
「これ?」
 記入欄がいっぱいになってしまった本用の貸し出しカードを新しく作っていたから…わたしは右利きだし…右手の模様あざが見えたのかもしれない。
「なんか知らないけど、できてた」
 何処かにぶつけた記憶はないんだけど、と軽く右手を持ち上げつつ返す。
 わたしの答えに「アバウトやね」と竹丘くんは笑った。
「あ…それはそうと。布川知らん?」
 その問いかけにやっぱりと思った。
 竹丘くんは友達を探しに図書室に来たらしい。
「今朝はまだ来てないよ」
 布川くんは確か隣のクラスの人。
 図書室にはちょくちょく来るから、なんとなく知ってはいる。
「あ〜…もし来たらさ、おれが探してたって言っといてくんない?」
 わたしが頷くと、竹丘くんは「頼むわ」と笑って、図書室から出て行った。

 今朝は暇だ。
 わたしは一度辺りを見渡して、カウンターに用事がありそうな人がいないことを確かめると持ちこんである本をめくった。
 図書室の本じゃなくて、市立図書館の本だったりする。学校の図書室にはあまりわたし好みの本は置いてないのだ。
 本に囲まれた空間だから好きだけど、そこはちょっと残念なところ。
 しおりを挟んである前のページから斜め読みをした。自分の中でおさらいして、続きを読み始める。
 …すると。
 2、3ページ読んだくらいでカウンター越しに誰かが立ったような気配がした。
 顔を上げると、竹丘くんの探し人…布川くんがいた。
「これ、また借りたいんだけど」
「あ、うん」
 図書室の本は基本的に一週間貸し出し。
 とはいっても、返さないまま二週間とか三週間とか借りている人もいる。一ヶ月を過ぎると催促状っていう紙が図書室、昇降口、教室…と三箇所に張り出して、ある意味さらし者にされる。
 まぁ、気にしない人は全然気にしないみたいだけど。
 ――それはさておき。
 でも、布川くんは一週間経ったらこうやって必ず図書館にくる。
(…図書委員のわたしが言うべきことじゃないのかもしれないけど、布川くんって律儀だな…)
 布川くんに本用のカードを渡して、布川くんの図書カードに『返却』のハンコをす。
 本用のカードに名前を書いた布川くんに「竹丘くんが探してたよ」と声をかけた。
「え?」
 わたしの言った内容を聞いてなかったのか、聞き返してきた布川くんに「竹丘くんが探してたよ」と繰り返した。
「――竹丘が?」
 微妙な間があった。
 わたしはとりあえず、その言葉に頷く。
 ――気のせいでなければ、一瞬布川くんの眉間にシワが寄ったような…。
「…わかった」
 竹丘くんとは違ってわりときちんと制服を着るタイプの布川くん。青いセルフレームのメガネをちょいとかけなおして歩き出した。
(ケンカでもしたのかな?)
 勝手にそんなことを思いながら、布川くんの背中を見送る。
 タイプとしては、竹丘くんと布川くんは違うと思った。まぁ、友達にタイプも何もないのかもしれない。ただ、違うクラスで…確か中学も違って、部活も一緒じゃなかった気がしたから、仲がいいのがちょっと意外な気がしている。
 なんてことを思いつつ、ふと頭の上にある時計を見上げれば八時五十分になっていた。
 ホームルームは九時から始まるから、いつもそろそろ移動する。
「臼井先生、わたしそろそろ行きますね」
 先生、とは言っても司書さんなんだけど。
 わたしの言葉に頷いて臼井先生は国語研究室からでてきた。
「じゃあ、交代ね」
「は〜い」
 わたしは市立図書館で借りた本とペンケースを持ってカウンターを出る。
 ざわざわと賑やかな廊下を歩きながら、一時間目は科学だったな、なんて思いだしていた。

+++

「ハァ〜イ
「………」
 ――この子は…。
 わたしはまじまじと、女の子を見つめる。
 闇のような髪。月のような瞳。
 チョッキとダブダブしたズバン、ブレスレットとアンクレット…。
「――夢!!」
 の中の女の子!!
「モチロン、夢よ」
 半分叫んでるわたしに対して、女の子はちょっとだけ首を傾げて応じる。
「…ちょっと感動かも…」
 初めて夢の続きを見た!!
 わたしの呟きに「何が?」と逆に首を傾げる女の子。
「いや、続きものの夢なんて初めて見たから…」
 それに感動かも、と繰り返す。
「…って…」
 アレ? と思う。
 これは、夢だ。そう、わかっている。
 ――こんなにもはっきりと『夢』と自覚している。
 珍しい。

「トコロで、早速なんだけど」
 その言葉に、視線を女の子へ向けた。
 目が合うと、にっこりと笑う。
 ――カワイイ…ハズなのに。どことなく、寒気がするのは何故だろう?
「『悪夢狩り』手伝って
 その言葉を聞いた瞬間、わたしの手の甲が一度熱くなった…気がした。
 一瞬のことだったのかもしれない。
 何がなんだかわからなくて何度も瞬きを繰り返してしまうわたしに女の子は言った。
「ソレらしい気分になりたいなら、コスプレする?」
「え?」
 ソレらしい気分、とは?
 ――ついでに、その後なんて言ってた?
「ん〜…こんなん、どう?」
 わたしは別に返事なんてしてないのに!!
 女の子はサクサク話を進めている!!
 コスプレ?! つまり…。
「――何この格好は?!」
 …着替え?!
 わたしは多分、普段着ているような部屋着の格好だった。
 ――そのはずなのに、今はなんか…。
「これはいや〜っ!!!」
 昔懐かしい『乙女戦士』(小学校低学年向きのマンガ雑誌で連載されつつ、意外と幅広い世代に人気になってアニメ化、実写化、ミュージカル化までされた)みたいな格好をしている!!
 なんかピッチリと体のラインがバレる感じのトップス!
 袖は謎のふんわり感で短くて…長いグローブ!
 そして…短いスカート!!(プラスニーハイソックス!)
 わたしは私服じゃあんまりスカートはかないし!!
 制服だって膝が出るか出ないかくらいで…この短さはありえない!!!
「エー、気分だしたかったらこういう格好じゃないの?」
「ドコからそういう情報を仕入れてくるの?!」
 思わず突っ込んだあたしに女の子はくるりと指先を回した。
「じゃあ、コレ?」
 女の子の声と共に、瞬く間に服が変わった。
 まずは両手を見下ろして、次に自分の足元を見る。
「…ナニレンジャー…?」
 わたしは呟いた。
 割と密着したような靴(ブーツ?)とスボン、さっきとは違う意味合いの長い手袋。
 何か、小さい男の子が喜んで見そうな戦隊モノの格好…みたいだ。
 ちなみに色は赤。
 レッド。つまりリーダー?
「…仲間は…?」
 集めるの、まさか?
「え、コレもダメ? じゃあ…」
 また何かしようとしてくれたらしい女の子にあたしはストップをかけるように両手を女の子に向けて広げた。
「普通の格好でいいからっ」
 わたしの(叫び)声にあ、そう? と微妙に残念そうな声をだす女の子。
 自分の手元や胸元を見てみると、なぜか学校の制服…ちなみに濃紺、白いライン入りのセーラー服…になっていた。
 ある意味普通の格好?
 普段の格好、ともいえるのかも…?
 …って…。
「――ゆめがりって…?」
 夢の中で聞いた言葉。
 昨日から何度か「手伝って」と言われてはいるものの、結局どういうことをするのかわかってない。
 わたしの問いかけに女の子は「だから」と腰に手をあてた。
「悪い夢を、イイ夢に変えるの」
 それが悪夢狩ユメがり、とわたしを見据える。
 ――猫を連想させる、月のような色の瞳。
(悪い夢をいい夢に変える…)
 わたしは女の子の言葉を自分の中で繰り返した。
「手伝ってくれるよね?」
 ちょっと強い口調の女の子にわたしは肯定も否定もできない。
 …だって、よくわからないし…。
「っていうか、昨日契約したし」
 答えないわたしに、女の子が左手の甲を見せるように向けつつニッと笑った。
 その手には鮮やかな赤い色の、曲線が絡み合った模様…蝶のような…花のような、不思議な痣がある。
 少し、見覚えがあった。
「契約破棄不可能。と、いうわけで…」
 ――あ、わたしの手にもあるからか…って…。
「れっつごー!!」
 女の子がぱっと手を上に伸ばした。
 その宣言に「ドコへ?!」と叫んでしまう。
 そして――イメージとしては『白い闇』に、わたしは飲み込まれた…と、思った。


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