「おねーちゃん?」
ドアをノックしつつの呼びかけに、返事がない。
珍しい、と思いつつガナマは少しばかり瞬いた。
出かけてはいないはずだが。
おねーちゃん…ミルティエは外出をするときは必ず誰かに声をかけていくし、ついでに一人で外出をさせる気もない。
ガナマはノックを繰り返し、ドアを開けた。
彼女の為の部屋にはベッドと書机だけでなく、ソファとテーブルも用意されている。
――その、ソファに。
「…寝てる?」
後ろ姿ではあったがガナマは思わず呟いた。
そのまま部屋に侵入してソファに近付くと単調な吐息を繰り返している音が聞こえた。
更に覗きこむと、読書の途中で睡魔に襲われたらしく、膝の上に本が広げたまま眠っていた。
「ありゃりゃ…」
遊びに行くのに付き合ってもらおうと思ったのだが。
(起こすのは、悪いかな)
天使の皮を被った悪魔、などど言われることがあるガナマではあるが、一応こうやって考えることもあるのだ。
…たまには。
相手は大分限定的なのだが。
ガナマはミルティエの顔を覗きこんだ。
「チューしちゃうよ?」
言った瞬間、
「…するな」
ガナマでもミルティエでもない声が届く。
ガナマは視線を発信源へと向けた。
予想通りの相手に僅かに目を細める。――ミルティエに「起こすのは悪いか」なんて思っていた時とは全く違う表情。
「ちょっとは僕に気を利かせてみてもいいんじゃないの?」
「お前に割く『気』はない」
言い合っている内にミルティエがぼんやりと二人を見上げた。
先に気付いた男…カシーサはミルティエへと視線を向ける。
音がないまま二人の名を刻んだ唇に、僅かに笑みを見せた。
ガナマはそんな様子を見ながら「他人のこと言えないけど、」と淡々と思う。
(態度、違い過ぎ)
「おはよぉ、おねーちゃん」
カシーサの「猫かぶりが」という低い呟きは聞こえたが無視をした。