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─3─

(…『おはよう』は間違いだったか?)
 自分で言うのもどうかと思うが、この家には早々に慣れた。…動じなかった、と思ったのだが…今回は結構動じた。――何か、関係なさそうなことを考えてしまう程度には。

 宇宙空間はぼんやりと明るく、慧と霄の姿は割と早く発見できた。
 …いや、その宇宙のような空間が明るいということもあったのだが、二人のいる場所だけ余計に明るい、ということで発見できたのかもしれない。
 ――しかし。
「…これ以上どうせよ、と…?」
 遙は思わず呟いた。
 慧と霄は、その宇宙空間のような場所の中…あずまやのようなものがあるのだが、そこにいる。ただ、あずまやまでに道らしいモノは見えない。
 まさか、二人のいる場所まで行け、というのだろうか。
(どうやって行けって…?)
 遙は誰にでもなく、問いかける。――当然答えはない。

「『来い』」
 端的に告げたのは、遙の道案内役の生物(羽付き猫・ミニチュア)だ。
 部屋で『呼ばれた』時もそうだったが、どうやら生物は慧とリンクしているらしく、その声は慧の声だったりする。
「…――」
 遙は『来い』という言葉に固まった。
 ――犬だったら、どうするだろう。
 ご主人様が呼べば、どんなところだって駆けていくのだろうか。
 …それが例えば、明らかにフツウの状態じゃなくても?

 数多に輝く星を見て、遙はゆっくりと息を吐き出した。
「『ちゃっちゃと来い』」
 続いた生物の声が、慧ではなく、霄のものになった。遙は「へいへい」と呟きをもらす。
 ゆっくりと一歩、踏み出した。
 踏みしめて確かめる。道らしきモノは見えないが…足場があるようだ。
 どうやら見た目だけで、実際に『宇宙空間』というわけではないらしい。
(てっきり飛んでいかないと駄目かと思った…。これなら、普通に行けるな)
「よし」と。そして遙はもう一歩、今度は反対の足を出す。
 …と。
「?! だァァァァァァぁぁあああああああっっっ?!!」
 ――遙は、宇宙空間に落ちていった。
 それはもう、スバラシイ勢いで。

*** *** ***

 わははははははははははははは〜!!!!

 …空間に、笑い声が響いた。
 本当の宇宙空間だったら、空気がないわけだから笑い声など響かない。――その前に自分の呼吸がままならない。…それはさておき。
「…遅い」
 慧は、ボソリと言う。
「本当に。ドコまで遠回りしてるんだろうね〜?」
 その言葉に霄は応じた。
 …ちなみに、遙がスバラシイ勢いで落ちていった様を、指さして大爆笑したのは霄だったりする。

 …その頃。
「――っ!! おっしゃ!!!」
 遙はどうにかして、障子の枠につかまった。
 下に落ちていたはずの遙なのだが、どこかで空間がねじれているらしく、障子から下に落ちていっていたはずなのに、なぜか障子より上から落ちていく状態になっていたのだ。
 一回目は落ちたことに混乱したまま、二回目はなんとなく周りの様子を見て、三回目で障子より下に落ちていっているはずの自分が、障子の上から落ちている現状に気付いた。
 三回ほど障子につかまり損ねしまったが、四回目の今回はどうにか開いていた障子の枠に…正確には廊下の縁というべきだろうか…つかまることができた。
 遙は肩で息をする。
 落ちていた時の状況で唯一の救いは、重力による加速がなかったことだろうか。
「…いっそ、気持ちいいくらいの笑いっぷりだったな…」
 遙は一人呟いた。ちなみに笑い声とは、もちろん霄のものである。
「――本当に、どうやって行けって…?」
 障子を開いた状態のまま、遙は廊下に座り込む。
「『いいかげん、来い』」
 生物から慧の声が響いた。
「…だったら行き方教えろよ…」
 遙は思わず呟く。
「『慧になんて言葉遣いしやがるんだ! …後で覚えてろ』」
 その言葉と同時に霄の鋭く光る眼光が見えたような気がした。
「――って、聞こえてるんですか、こっちの声!!」
 遙は思わず叫ぶ。
「『当然』」
 霄の力強い言葉が聞こえた。続けて「あと三十秒で来い」と遙に命令を下す。
「え? 三十秒?! 無理!!!」
 ――そんな遙の声に応じることなく、生物からは霄のカウントダウンが響く。
「三十秒…って…」
 とりあえず、行き方ぐらい教えてくれ、と遙は心から思う。
 霄のカウントダウンが十秒で途切れると、慧の声が生物から響いた。
「『もういい。行く』」
 その声と共に、ライトがコチラを向いた。
 慧…そして霄が障子に向かってくる。
(だったら最初から来てくれ…)
 遙ははぁ、と息を吐き出しながら思った。
「退け」
 …と、しばらくうつむいていただけだったのに、もう慧の声が遙の耳にとどいた。
 生物から聞こえる声ではなく、
 早いな…と、そう思いつつ顔を見上げてみれば。
「…――っ!!!」
 巨大羽付き猫(ブチ)生物が、いた。
 おそらく定員は二名。慧と霄が猫の上に乗っている。
「…目潰し…」
 狙ったのか狙ってないのか判断はつかないが、その巨大羽付き猫の両目はライトになっていて、その目は非常に眩しく、遙は目潰しをくらった。

*** *** ***

 霄の「後で覚えてろ」の言葉どおりデコピンをくらった。…痛い。
 ナゼこんなにも痛いのか。指が長いせいだろうか? …関係ないか。
 遙はそんなことを思いながら額をさすった。

「そういえば今朝、ワタシのことを呼んだようだが、なんだ〜?」
 歩きながら霄は言う。只今お散歩タイムだ。
「あぁ…あの、おれ、バイトしてもいいですかね?」
 遙は霄に問いかけた。
「――は〜?」
 返された言葉と表情は、あまり芳しいものではなかった。
 しかし、次の瞬間。
「…ま〜、いいが」
 いいんかい。
 遙は心中でツッコミをかます。
 霄は「な〜」と同意を求めた。それに慧は「ふむ」と小さく頷き、同意を示す。
(なんか思ったよりもアッサリだったな)
 とりあえず、バイトを探さねば。
「それだけか〜?」
 霄は言った。
 遙は霄の言葉にしばらく考えてから「あっ」と声をもらし、告げた。
「ソチラからはいつでもこっちに声をかけられるのに、こっちから声をかけられないのは不公平だと思うんですが」
「…で〜?」
 霄は続きを促した。遙は言葉につまる。
(『で』…って…)
 なんと言えばいいだろうか。
「…どうにかしてください」
 そんな遙の言葉に霄は一度「ふっ」と笑い、遠くに視線を向けた。
 そして、おもむろににっこりと遙に笑いかける。…この三日間、霄のこんな表情を見たことはない。不気味だ。
「…え?」
 声を上げた遙に、霄は手をのばした。
「――ぬょっ?!」
 そのまま頬をつねられた。予想外の霄の行動に、遙は妙な声を発してしまう。
「だ〜れ〜に〜そんな口をきいてるんだ〜? ん〜?」
 …やっぱり霄の笑顔は不気味…というか、危険だ。遙に向けられる笑顔の次に繰り出されるのは大抵攻撃なのかもしれない。
 頬が痛い。言い返したくてもモゴモゴと言葉にならない。
「…全く、しょうがないな〜」
 しばらくして霄の気が済んだのか、遙の頬を解放し、息を吐き出す。解放された遙は頬をなでた。
(痛いよ…)
「ま、どうにかしてやるよ〜」
 ひらひらと手を振りながら、霄。
 小さく「そのうちな」付け加えられ「…そのうちって、いつ?」と思う。
 遙の問いかけに応じるものは、いない。

 
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