「なぁ。部室をもらうのに、部員が何人必要かわかるか?」
「…本気ですか?」
「本気も本気」と答えれば、「僕は部活新設に何人必要かなんてわかりません」と再び眞清は本を読み始める。
とことん、乗り気ではない。
「――二人でいいなら完璧なのに」
その呟きに、眞清は再びあたしを見た。
「…二人って?」
なんか、いろんな感情が混ざってるような顔をしている。
「あたしと眞清」
問いかけにあたしはきっぱりと答えた。
「…僕、拒否権ナシですか」
「当たり前じゃん」
あたしは、少し前の眞清の言葉を思いだす。
『僕が、克己の背中になりますよ』
…眞清が言ってくれたことを、思いだす。
「――あたしの『背中』になってくれるんだろ?」
あたしは笑う。眞清は目を丸くした。
「かつ…」
眞清が口を開きかけた瞬間――。
「部室をもらうのに必要な人数は、確か6人だよ」
そう、あたしの欲しい情報が飛び込んできた。
「え?」
声の方向を向く。――とは言っても、自分の前の席の方を見ただけだけど。
「面白そうな話だったから、思わず聞き耳立てちゃった。ゴメンね」
…口調からは、あまり『ごめんね』という感じがしない。
女の子は髪を後ろで二つにしばってて、前髪を分けておでこをだしている。
くりっとした目は一重で、楽しげに輝いていた。
「この学校って生徒主体性? というか自立精神を尊重する、みたいなのをスローガンにしてるらしいからさ。ともかく、結構部活動が盛んなんだよね。同好会とかもいっぱいあるみたいだし…」
女の子の言葉は続く。…まだ、続く。
「――なんつーか…」
声が、出た。あたしの声に女の子の言葉がピタ、と止む。
…口を挟まなければ、いつまでも喋り続けていそうな勢いだ。
「よく口が回るなぁ…」
シミジミとぼやいてしまう。――いや、本気で感心した。
「…ちっちゃい時からよく言われる。知ってることって言いたくなっちゃうんだよね」
…つまり。言い換えれば『おしゃべり』ということか?
(――この子に秘密は漏らさない方がいいかもしんない)
「あ、あたし榎本益美ね。ヨロシク〜。自己紹介のときも言ったけど、新聞部か報道部に入部希望」
「あぁ、あたしは…」
自己紹介してくれたんだし、あたしも一応名乗ったほうがいいかな。
…とか思ったんだけど…。
「あ、あたしね、人の名前と顔を覚えるのは結構得意なんだ。近くだしね! 大森克己ちゃんでしょ?」
と、ちょっぴり得意気なエノモトマスミちゃん。
「…そう。名前に『ちゃん』はつけなくていいよ」
マスミちゃんの勢いに負けそうになりつつ(いや、むしろ負けているかも…)あたしは言った。声は小さいものになってしまう。
「え? 本当?」
マスミちゃんのくりくりした瞳がまた輝いた。
「うわーなんか、スゴイ仲良くなれた感じだね!! あたしも『益美♡』でいいよ!」
…語尾になんかついてないか? マスミちゃん…。
「あ〜…そっか。でもなんか、眞清と混ざっちゃいそうだな…」
あたしは視線だけ眞清に移した。
「あ、そっか。同じ名前なんだよね。蘇我眞清君」
「よろしくお願いします」
マスミちゃんの言葉に、軽い会釈をしながら眞清は言った。
「二人は仲がいいみたいだけど、同じ中学?」
「あぁ、まぁ。そうだな」
通ったの半年だけだけど。
「ドコ?」
「和山」
「へぇ、そうなんだ」
…マスミちゃんの質問は途切れない。
プロフィールを大まか言わされた後、マスミちゃんはへへっと突然笑った。
…思いだし笑いか?
「なんか…結構、普通だね」
「へ?」
結構普通? …って? どういう意味だ…?
そんな思いが表情に出ていたのか、益美ちゃんは「いや…なんかさ」と答えをくれた。
「克己ってば大人っぽいし…カッコイイし」
カッコイイって褒め言葉だよな。――というわけで「サンキュ」と笑う。
「…ちょっと背が大きいだけじゃないですか?」
なんて…せっかくいい気分だったのに、眞清は水を差した。
軽く睨みつければ「そうかもしれないけど」とマスミちゃんが言い、
「だけど、眞清君と並んでると、余計にこう…大人っぽいって言うか、近寄りづらいって言うか…とにかく、落ち着いてるな〜って」
近寄りづらい? …落ち着いてる? あたしが?
――いや、この場合眞清か。
そう納得して、あたしは眞清を示した。
「マスミちゃん、眞清は『落ち着いてる』っていうか面倒くさがりって言うか…とりあえず、年寄りくさいだけだよ」
「…克己…」
ケンカなら買いますよ? と眞清が続けるとマスミちゃんが笑う。
「――いや…だからさ。こうやって話すと『普通だな〜』って」
まだ笑いながら「近寄りがたい、って思ったのがウソみたい」と続けた。
そして一度、沈黙が訪れる。
「そういえば…」
それまで会話の…というよりマスミちゃんからの質問攻めと言ったほうが正しいかもしれない…傍観者に徹していた眞清がマスミちゃんに話しかける。
「話は全く変わるんですが、部活新設で人数以外に必要なものとかってあるんでしょうか」
(――本当に全く、話が変わるなぁ…)
眞清は時々こうだ。
話していて、いきなり全然違うことを言い出したりする。
この頃、『眞清はこういう奴だ』ってわかってきたけど、引っ越してすぐくらいはちょっと焦ったな…。
――なんて考えてる間に。
『知ってることをなんでも言いたくなる』らしい、報道部か新聞部入部希望のマスミちゃんは質問をするのも好きらしいけど、質問されるのも好きらしい。
眞清のほうを向いて「えっとね」と前置きをしてから言う。
「顧問の先生を誰に頼むのか、とか考えておいたほうがいいかも。それから部活動の内容がしっかりしていたほうが早く部室がもらえるんじゃなかったかな」
マスミちゃんはスラスラ答える。「よく知ってるなぁ」と言えば「お姉ちゃんがこの学校の報道部なの」と答えが返ってきた。
「あ、それと…」
そこで一旦言葉を切り、マスミちゃんは視線を黒板のほうに移した。
再び、あたし達のほうに振り返ると「いっそのこと、学生会役員と仲良くなっちゃうといいかも」なんて言う。
「学生会?」
「うん、そう」
聞き返すと、マスミちゃんは再び黒板のほうを見た。
「学生会は一つの部活を優遇とかしちゃいけないんだけど。相談すれば何かいい案をくれるかもしれないよ」
「学生会…ねぇ…」
中学の時の生徒会みたいなものかな。言い方が違うだけで。
「そこで。いいこと教えてあげるね」
マスミちゃんは悪戯っぽく笑った。
「あたしの前の前…内川春那ちゃん。あの人、今期学生会長の妹なんだよ」
ここまで立て続けに喋って喉が渇かないのだろうか、とか思いながら「そうなのか」とあたしは頷く。
「――…もう。だからさ」
少々ため息交じりにマスミちゃんは続ける。そのため息はナニ?
「春那ちゃんと仲良くなってさ。会長さんとも仲良くなってさ。それで、部室のこととか相談すればいいでしょ?」
「…あぁ、なるほど」
そういう意味だったか。
マスミちゃんの説明に頷いた。そう言われれば、そうかもしれない。
「声かけてみる?」
部活を新設しようと考えた当人より積極的に行動しようとするマスミちゃん。
あたしは「待て待て」とストップをかけた。
「自分で訊いてみるよ。教えてくれてありがとな、マスミちゃん」
キーン コーン カーン コーン
その時、タイミングを計ったかのようにチャイムが鳴った。
これでロングホームルームが終わりで、帰ってもいいはずだ。
あたしはチャチャッと立ち上がる。それから「ホラ、眞清。行くぞ」と隣の眞清に声をかけた。
「…そして僕にはやっぱり拒否権がないんですか…」
眞清は文句めいたことをぼやきつつ、立ち上がる。
分類すれば『ヤな(トコもある)奴』なんだろうけど、結局は優しいんだよな。
眞清は、あたしの後ろに続く。…背中には、眞清が居る。
だから、肩の力を入れなくても大丈夫。
「……ガキ大将とその子分?」
なんのことだかわからないけど、マスミちゃんのそんな声が聞こえた。