「なぁ」
その女の子は、そそくさと帰る準備をしていた。
マスミちゃんに教えてもらった、『ウチカワハルナ』ちゃんだ。
ハルナちゃんは小さく見えた。…まぁ、同じ年頃の子は大抵あたしより小さいけど、それでも。
髪はしばってなくて、背中の半分は覆われている。結構、長い。パーマをかけているのか、元からそういう髪質なのかわからないけど。ともかくいくらかウェーブのかかった髪だ。
「ハルナちゃん…は、今の会長の妹なんだよな?」
「そう…だけど?」
問いかけに、小さな声で答えながらハルナちゃんは首を傾げる。
めっちゃ、カワイイ。
なんとなく、リスとか小動物を連想させる動きだ。
「会長に相談したいことがあるんだけどさ、にーちゃん紹介してくれない?」
あたしの言葉に、ハルナちゃんは呆然とした顔をしている。
なんか変なこと言ったかな。
「…克己…」
なんとなく流れた沈黙を破ったのは眞清だった。
「単刀直入すぎます…。内川さんが呆然としているじゃないですか」
ハルナちゃんは確かにポカンとしてるけど。
「回りくどいこと言ったってしょうがないだろ?」
…と、思う。変に遠まわしに言っても仕方ないじゃん?
「――それはまぁ、そうかもしれませんが…」
そうだろそうだろ。
眞清に頷いてからあたしはハルナちゃんに視線を向けて、言った。
「溜まり場が欲しくて。それで部活を新設しようかな〜とか思ってみたんだけどさ。部室もらうのに必要な人数が最低5人? とか聞いて」
あれ? 人数5人だったけ? まぁ、いいや。
「もっと少ない人数で部室もらえないかな、と思ってさ」
後ろからため息交じりの眞清の声が聞こえた。
「克己、かなり無茶苦茶言ってますよ…」
あたしは「そうか?」と聞き返す。
「自分の欲望に忠実すぎます、克己」
眞清がそう言うと「ふふっ」と思わず漏れたような笑い声が聞こえた。
「素直ね?」
笑ったのは、ハルナちゃんだった。
「えぇと…」
あたしを見ながら言葉を詰まらせたハルナちゃん。
多分、名前なんてまだ覚えてないよな。
「大森克己。克己でいいよ」
あたしは自己紹介した。
この学校は制服じゃないからネームプレートとかもないし、名前を覚えるのが苦手な人はちょっと大変だ。
――入学式は休み前の金曜日。
この休み中にクラス全員の顔と名前を覚える! というのも目標にしているか、マスミちゃんみたいに得意でもない限り、全員の名前を覚えるなんて無理だと思う。
とりあえず、あたしは無理。
「私は内川春那。…って、まぁ、知ってるわね」
ハルナちゃんの声は小さい。なんとなく内気そうな喋り方だ。
「その素直なところ、気に入ったわ」
――だけど。
「私も回りくどく言われるより、そうやってはっきり言われた方が好きね」
「……」
あたしは思わず、眞清を見た。――偶然、眞清もあたしのほうを見ていた。
(――別に『内気』っつーわけじゃないんだな、きっと)
一人でそう、納得する。
「兄さんを紹介するわ。今日、用事はあるかしら?」
「いや、特には」
あたしの答えに頷いてハルナちゃんは「あなたは?」と眞清に向き直った。
「僕も、特にはないですね」
――その後眞清がコッソリ「ついでに拒否権もないですし」と続けていたことにあたしは気付かなかったけど。
「じゃあ、今日紹介するわ。行きましょ」
ハルナちゃんはそう言って、立ち上がった。
「…可愛いなぁ…」
あたしは呟いた。
なんつーか…カワイイなぁ…。
(…あ、つむじ発見)
あたしは可愛いものが好きだ。
その『もの』には『可愛い女の子』も含まれる。
「? 克己さんが大きいんじゃないの?」
「…そうだな」
ハルナちゃんはあたしの肩ぐらいの身長。
150cmあるのかな?
(うぅーん…)
実のところ…身長の話だけじゃなくて、本当に『可愛いな』と思ったんだけど。ハルナちゃんには伝わらなかったようだ。
「そのまま帰るでしょ? カバン、持ってくれば?」
ハルナちゃんの言うことはもっとも。あたしは頷いて、自分の席に戻る。
あたし達の入学した豊里高校は…。
学力のレベルでいえば中の上(らしい。眞清いわく)。
それぞれ学年のクラス数は大体10クラス…と結構なマンモス校だったりする。
校舎は大まかに3つ。
あたし達の教室もある、1、2年生の教室がある南校舎。
月曜日には科学の授業があるんだけど、今日使った科学室とかがある北校舎。
それから職員室や3年生の教室、ついでに下駄箱もある東校舎。
まずは階段を下りて東校舎に向かった。
今度は東校舎の2階に上がって、南側に歩く。
南側の一番奥…から2番目のドアをハルナちゃんはノックした。
コンコン
そのノックに、ドアの向こうで「はい」という返事が聞こえる。
少し低い、女の人の声だ。
ドアの上には『学生会本部』などと書かれたプレートがある。
…ポイントは『本部』の文字が手書きで、その上その字が紙に書いて貼ってある、というところかな。妙なことをする奴もいたもんだ。
「あ、涼ちゃん。兄さんいる?」
ハルナちゃんの言う『スズちゃん』に、『委員長』みたいな印象を持った。
メガネはかけていないんだけど、メガネが似合いそうな…ピシッとした印象。
背は高いほうかもしれない。
あたしが視線をあわせるのに、少し視線を下ろせばいいだけだ。
167cmといったところか。
あたしはスズさん…年上には『さん付け』にしとけ、と以前眞清言われた…と目が合ったから小さく会釈する。あたしの会釈にスズさんも応じてくれた。
「この人が学生会長です」と言われれば「そうか」と納得してしまいそうだ。
「いるわよ。…冬哉! 春那ちゃん」
スズさんの呼びかけに「んー」と応じる声が聞こえた。
その声に「用事があるのは私じゃなくて、この人達なんだけど」とハルナちゃんはドアから学生会(本部)に顔を入れて告げる。
「入ってよ」という声が続けて聞こえた。
スズさんが半分だけ開けていたドアを全開にしながら「どうぞ」と一歩下がる。
ハルナちゃん、あたし、眞清の順で部屋に入った。
部屋は教室の半分ぐらいの広さってところかな。
入って左側には大きな本棚と組み立て式の金属製の棚があって、どの棚にもファイルがずらりと並んでいる。
長机が部屋の真ん中に二つと、窓側に一つ。
よく見れば本棚の奥にも一つ。
その長机には型の古そうな一台のデスクトップのパソコンがあった。
「何?」
パソコンがない方の机にむかっていた人…トウヤさん? が振り返る。
大人しそうな雰囲気だ。
目尻が心持ち下がっているのか、気が弱そうに見える。
「この二人…えぇと、クラスの人なんだけど」
ハルナちゃんは言いながら、チラリとコチラを見上げた。
こっちを見たトウヤさんに「あたしは大森克己」と自己紹介した。ついでに「こっちは蘇我眞清」と眞清の紹介もする。
あたしの言葉に眞清は小さく頭を下げた。
「相談があって」
あたしはそのままハルナちゃんに言ったことと同じ内容をトウヤさん…学生会長に告げた。
「…ってなわけなんだけど、どうにかならないかな」
「う、うぅ〜ん…」
あたしの問いかけに会長は声をあげる。
「どうにかならないか…って…」
克己…とため息が混じりそうな口調で眞清の声が聞こえた。
なんだよ、と文句を言おうと思ったら「自分の教室以外に、溜まり場が欲しいってことでしょ?」と顔をコチラに向けた会長が言った。
「あ、座りなよ」と長机に収まっているパイプ椅子を示しながら続ける。
「部室をもらうには最低6人という決まりがあるから、誰かを特別扱いするワケには」
…と、スズさんがピシリと言った。
『委員長』みたいな雰囲気通り、真面目な人らしい。
「それはそうだけどさ。大森さん達の気持ちもわかるな。教室以外にもなんか、溜まり場欲しいよね」
スズさんの言葉にやんわりと会長は呟いた。腕を組みつつ「俺、の部屋を自由に出入りするために会長になったくらいだし」と続ける。
「――そうなのか?」
思わず、あたしは言っていた。
「ソウなんですよ」
アハ、という感じで会長は笑う。
「へぇ」と思わず声が漏れた。
「うーん…そうだなぁ…」
指を組んで時折パキパキと鳴らしながら、会長は左右に首を傾げた。
「――とりあえず、わかった。考えてみるから、少し時間をくれる?」
その言葉が嬉しくて、あたしは思わず笑顔になった。
「サンキュ」
…とその時…
「こんな戯言、よく相手にしてくれますね」
眞清はポソリと呟いた。
「なんだとぉ?」
あたしは眞清の襟元に腕を伸ばす。…が。
「ああ。だって、相談されたことは応じなくちゃ」
会長の言葉に、動きを止めた。
「一応先輩だしね」と呟いてから「それに」と続ける。
「相談もしないで文句ばかりウダウダ言われるより、ずっといいよ」
(……はい?)
気の弱い人間が言うとは思えない一言。
会長は笑いながら
「大森さん達みたいに、はっきり言ってもらった方が断然いいね」
――なんて言った。
あたしは『どっかで似たような反応があったな…』と考える。
(そういえば…)
『回りくどく言われるより、そうやってはっきり言われた方が好きね』と言ったハルナちゃんを思いだし、
(兄妹だ…)
と妙に納得してしまった。