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①部室をもらうには
<ノザトさんの意見>

「……へ?」
 学生会長である冬哉さん――春那ちゃんに字を教えてもらった。春那ちゃんは春生まれ、冬哉さんは冬生まれらしい――に相談した翌々日。
 春那ちゃんに「兄さんが呼んでる」と言われ、昨日に続き学生会(本部)に足を運んでみれば――会長以外の男がいた。
「――学生会…支部?」
 眞清が呟けば、その男は満足げに頷いた。
「なるべく少人数で、部室…溜まり場が欲しいんだろ? つまり、部屋がもらえれば部活じゃなくてもいいわけだ」
「しかし、『支部』って…?」
 眞清がボンヤリ呟くと、ソイツは眞清を少し見下ろした。
 ――ソイツの背は大きい。あたしが見上げる程度だから、180cmは超えているかもしれない。
(…イクくらいかな…)
 だけど、不思議と威圧感はない。丸っこい目が人懐っこそうだからかな。
(ラブ…あたりの大型犬っぽいな)
 一人でそんなことを考える。
「おれ達の手伝いしてもらうんだよ。部屋は隣が一応空いてるし。完璧じゃん?」
 ちょっとぼやっとしてたら、ソイツが眞清の疑問に答えた。
 答える声と「『支部』ってどういうことよ」という涼さんの声が重なる。
「野里君が勝手につけただけでしょ? ついでに、そんな組織は今までなかったし」
 涼さんの言葉ににっこりとソイツ…ノザトさんは笑顔を見せた。
「細かいことは気にすんな?」
「野里…」
 ――涼さんの口調には微妙に怒りが滲んでいるような。

「あぁ、涼…落ち着いて…」
 会長が涼さんの背をポンポンと軽く叩く。
 涼さんは一度ノザトさんをキッと見据えてから、会長に向き直った。小さく「いいの?」と問いかけたのが聞こえる。
「俺は構わないけど…」
 会長は涼さんに答えてから「ところで」と今度はあたし達の方に向き直った。
「――こんな意見がコイツ…あぁ、亮太ね。野里亮太。コイツの意見なんだけど、どうかな?」
「どうかな…って…」
 どんな答えを求めているのだろう。
 あたしはチラリと眞清を見た。
 眞清は温厚そうないつもの表情をしてるけど、その目には「面倒くさそう」という思いが垣間見える…ような気がする。
「『支部』って何やるんだ? …まぁ、手伝いとは言ってたけど…」
 あたしは腕を組む。
「…おれは、別に手伝ってくれなくてもいいけど?」
 ノザトさんの言葉にあたしは「マジで?」と視線を移した。
「俺も構わないなぁ」
 会長の言葉に「えぇっ?」と小さな呟きを漏らしてしまう。

「でもそれって、特別扱いにならない?」
 二人の男の言葉に涼さんがビシッと言った。
「部室を欲しがってる少人数の部人達が何か言ってくるんじゃない?」
「涼ってば、ソコでそんなこと言う?」
 ノザトさんの言葉に「事実よ」と簡潔に言い、
「というか、馴れ馴れしく『涼』って呼ばないでくれる?」
「いいじゃん。おれと涼の仲だし?」
「どんな仲…」
 …そう、続いた。
 どんな仲なのか、とか頭の隅で思ったけど、言葉にはしない。
「あぁ、それもそうか。活動してるかしてないかわからないような部だけどね」
 絶対部室なんて要らないと思うけど、と気の弱そうに見える会長の言葉。

「あ、いいじゃん。学生会支部を公のもんにしなきゃ」
 ノザトさんは手を打ってからあたしをマジマジと見た。
「あんたでっかいなぁ」という言葉にあたしは「はぁ」と答える。
 ノザトさんのほうが大きいと思うけど。
「隣でたむろしてても言い訳できるように、一応代議員になってさ。そんでたまぁに学生会を手伝えばいいんじゃん?」
「…代議員ってなんだっけ?」
 コッソリ眞清に問いかければ「クラスの代表者みたいなものですよ」という返事。
「あぁ、ナルホド。『学生会支部』、とかって別に公のモノにしなければいいのか」
「…特別扱いな気がするけど?」
 ノザトさんの言葉に納得する会長に涼さんは言った。
 涼さんは納得しかねる、ってカンジ。
「まぁ、いいでしょう。ようは、バレなければよし」
「――いいの…?」
 春那ちゃんも小さく疑問をなげかけたが「いいんだよ」と会長は笑った。
「春那も共犯で。バラさないように」
 言いながら会長は軽く春那ちゃんの頭を撫でる。
 会長はあたしより心持ち小さく…涼さんよりもほんの少し小さいが、春那ちゃんは更に小さいから頭を撫でても違和感はない。
 …これで春那ちゃんがあたし位の身長だったら変な感じだろうなぁ。

「あぁ、なんかこっちで盛り上がって決めちゃってるけど、いいかな」
 春那ちゃんの髪を指に絡め、ゆっくりと解きながら会長は言う。
「あたしはいいけど」
 あたしは言った。言ってから「眞清は?」と背後へ問う。
「……僕に拒否権はないでしょう?」
 ため息交じりの眞清にあたしは笑って、会長のほうに向き直った。
「ほんじゃあ、よろしく」
 言いながらぺこりと頭を下げる。
「早速だけど、隣の部屋、見せてもらってもいいか?」
 続けてそう言った。
 ペシッと頬を叩く。…いけない、いけない…でも、顔が緩む…。
「おう、いいぜ」
 ノザトさんは言いつつ勢いよく立ち上がった。

「資料室ってなってるけど。ま、ガラクタ置き場だな」
 そう言うノザトさんに続けば、向かったのは学生会(本部)の右隣。
 廊下は終わり、完全な角部屋だ。
 ノザトさんが戸を開ける。
 その部屋を見てあたしは思わず「――なんなんだ…?」と声を漏した。
 ノザトさんは『ガラクタ置き場』とか言ってたけど。そこは、『資料室』だった。
 ファイルやノートが部屋の入り口から窓までの壁を覆う棚にぎっしりと詰まっている。
「資料室」
「いや、それはわかるけど…」
 何が置いてあるのだ、という意味で「なんなんだ」って言ったんだけど…。
「ここは、何が置いてあるんですか」
 あたしの言いたかったことを眞清が問いかけた。
「あぁ、そういう意味か。過去10年の正式な記録とか、代々の学生会関係の記録だよ」
「…10年…」
 ノザトさんの言い方じゃあ、それ以上の年月の資料モノががあれば、この部屋(の棚)が資料だらけになるのも無理はないかもしれない。
「資料室だからな。ガラクタしかねぇんだ。机…と椅子も必要か?」
「あぁ、あると嬉しい」
 あたしの言葉に「そうか」とノザトさんは頷く。
「まぁ、手伝ってやるが、自分等でやれよ?」
 ノザトさんの言葉にそれは当然だ、と思った。
 自分が使う部屋の準備くらい、自分がしなくてどうする。
「あぁ」
 あたしは頷いた。
 …と、なぜかノザトさんが一瞬間を置いてから、笑った。
「なんで? とか言わないんだ」
 ノザトさんの言葉にあたしは首を傾げた。それこそ「なんで?」だ。
「なんで?」
 口にして、問いかける。
「いやぁ。なんかお前…あぁ、名前なんだっけ?」
「克己。大森克己」
「大森な。大森の態度からして、「なんで?」とか言うかと思ったからさ」
 そう言いつつ、笑い続ける。

 ノザトさんの言葉の意味がわからなくて、あたしは思わず眞清に視線を向けた。
『コイツは何を言ってんだ?』と…口には出さなかったけど…あたしの疑問が見て取れたわかった――かは謎だけど、眞清は小さく呟く。
「自分勝手な生意気なヤツだと思われていたんでしょう」
 ………。
「――どういう意味だよ」
 あたしは今度は言葉にした。すると眞清は「誰にでもその口調だからでしょう」と返す。
 …ワケわからん。
 あたしが首を傾げるとノザトさんが苦笑しながら「そういう会話は俺がいない時にやれよ」と言った。
「それもそうですね」と何故か眞清は納得して、あたしは再び「なんで?」と首を傾げる。
「…なんとなく、ズレてんな」
「は?」
 ノザトさんの思考はどうなっているのか。
 あたしには全くわからない。
 …いや、まぁ、他人の思考なんてそうそうわかるもんじゃないけど。
 それにしたって、わからない。
『ずれている』って一体何の話だ?
 眉間にシワがよった(多分)あたしに笑ってからノザトさんは「いや、こっちの話」と勝手に話を切り上げる。
 なんなんだ…とか思っているところで話題が変わった。

「しかし…まぁ、おれはいいけどさ。先輩とか後輩とか…タメ口とか、敬語とか。気にするヤツもいるからな。気をつけろよ?」
(あぁ…そうか)
 ノザトさんの言葉に納得した。
 そういえば、あたしノザトさんとか会長相手でも全然敬語使ってないや。
「悪いな。とっさに敬語がでてこないんだ。眞清と違って」
 10年ばかりアメリカに居たせいで、日本語で話すのは家族だけだった。
 家族相手じゃ、敬語なんてほとんど使わない。
 あたしの言葉に「ふぅん」と頷いてから、ノザトさんは視線を眞清に移した。
「名前、なんつったっけ?」
「…蘇我です」
「ますみちゃんな」
「………」
 わざとかな。――わざとだな。
「蘇我は誰に対してもそんな口調なのか?」
 眞清のブラックオーラ(?)が見えたのか、呼び方を改めてからノザトさんは問いかける。
「そうですね」と答えた眞清に「家族にも?」と続いた。
「そうです。父の影響ですね」
 …言葉遣いも、だけど。
 眞清は顔もお父さんに似ている。
 若作りな眞清のお父さんと並ぶと「歳の離れた兄弟?」って感じ。
 関係ないけど、眞清のお母さんも結構な若作りだ。
 ――それはさておき。
 ノザトさんは答えた眞清をじっと見た。
 ジッと見つめられた眞清は「なんなんだ?」という(眉をひそめそうな雰囲気の)視線を返す。
 それからノザトさんが視線をあたしに移した。
 何も言わないノザトさんに「なんだ?」と思いながら少しだけ首を傾げる。

 またもや、ノザトさんは笑った。
「お前等、面白いな」
 ノザトさんのしみじみした言葉にあたしと眞清は視線を合わせる。
「面白いらしいぞ?」
 あたしが言うと「僕もですか?」と眞清も言う。
 あたし達の反応にノザトさんは何故か、再び笑った。

 
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