放課後、資料室に通って掃除をした。
「掃除の時間でもないのにどうしてまた掃除をしなきゃならないんでしょう…?」と眞清はぼやいたりしたが、ともかく終わった。
明日は土曜日。
今日で豊里高校に入学して、一週間が経つ。
資料室は掃除だけではなく、模様替えもした。
右側の壁に沿って窓まで並んでいた4つの本棚の内2つを移動させて、その片方を壁に垂直になるようにして部屋の仕切りにした。
その、垂直になった本棚より窓側の空間。
あたしの求める溜まり場…あ、学生会支部とか言ったほうがいいのかな…は完成した。
広さは教室の約4分の1とけして広いとはいえないけど、広さなんてどうでもいい。ともかく、教室以外の『居場所』ができた。
「隣の部屋が一応空いてる」と教えてくれたノザトさん…副会長が結構手伝ってくれた。それから、面白がって会長も模様替えを手伝ってくれた。
『特別扱いはよくない』と言っていたもう一人の副会長である涼さんも「この部屋は私たちの誰かが学校にいる間だけ使ってくださいね」という注文をつけてきたけど、結局資料室を溜まり場にすることを了解してくれて、その上掃除を手伝ってくれたりした。
「あと、机と椅子が欲しいな」
授業、掃除、ホームルームが終わるとすぐにこの資料室に来た。
秘密の空間と、掃除をして綺麗になった部屋に満足しながらあたしは呟く。
「そんじゃあ、椅子と机、もらってくるか?」
という副会長の言葉にあたしは即「もらう!」と答えた。
副会長の後にあたし。当然眞清も引っ張る。
「これで月曜日から本格的に溜まり場ができるな」
言いながら、自分の顔が笑っているのがわかった。
ヤバイヤバイ。
でも、嬉しいモノは嬉しいから、自分で口元が緩むのが抑えられない。
あたしの呟きに背後で眞清が「そうですね」と言った。
表情は見えない。でも、なんとなく喜んでるんじゃないかと思う。
『面倒くさいことが嫌い』とか『やる気がない』とか言ってたけど、結局眞清もこういう溜まり場が欲しかったんじゃないかな――なんて勝手に考えた。
豊里高校は大まかに3つの校舎がある。
今まで居たのは職員室や学生会室(と、資料室)のある東校舎。
あたし達が向かったのは階段を下りて、体育館のほうだ。
「コッチはあんまり来ないな」と、あたしキョロキョロ見ながらぼやいた。すると、
「この辺に用事があるほうが珍しい」
そう言って、副会長がちょっと笑った。なぜ笑う。
体育館と平行に渡り廊下があって、北校舎のあるほう…だから体育館の北側だと思う…にプレハブ小屋があった。
出入り口で副会長は「ここだ」と言って立ち止まり
「使ってない椅子と机が置いてあるから、ここから貰っちまえ。いくつ持ってく?」
プレハブの引き戸を、勢いよく開けた。
「………」
そして――なぜか開けた状態で副会長が固まる。
「どうしたんだ」とあたしも副会長の後ろから部屋を覗き込んで…
「――――………」
言葉を、失った。
固まったあたしと副会長の後ろから眞清がボソリと一言。
「……あぁ、ヤってる最中でしたか」
――その言葉に速攻、チョップをかましておいた。
あたし達が戸を開けたプレハブ小屋――それこそガラクタ置き場――では…一組の男女が、服を半分脱いだ状態で座り込んでいた。
「――お邪魔しましたっ」
副会長はそう言いながら――いや、叫びながら、か?――戸を閉める。
そして、沈黙した。
「…って、どうして僕等が遠慮しなくちゃならないんですか? 僕達は机と椅子を貰いにここにきたんでしょう?」
「あぁ…」
眞清の言葉に副会長は頷いたけど、行動には移さない。
確かにあんな現場入りづらい。
…でも。
「失礼しまーす」
「ってぇ?!」
男二人の会話には加わらず、副会長の言葉も無視して、あたしは戸を開けた。
プレハブ小屋はすっからかん…ではなく。
服を半分脱ぎかけたままの、女の子が一人いた。
「入室禁止」
あたしの後ろから暗いプレハブ小屋を覗き込んでいると思われる二人に言い、戸を閉めた。閉めてから「開けるなよ」と続ける。
あたしは、女の子に声をかけた。
「…大丈夫か?」
ちょうどはおっていた半袖のチェックのシャツを脱いで、女の子の肩にかける。
女の子は今も固まったまま…呆然と、七部袖のTシャツ姿になったあたしを見上げている。
そんな女の子に少し笑ってから、今はいない…男が逃げ出したのだと思われる窓を閉めに行って、ついでに少しホコリのにおいのするカーテンを引いた。
――パッと見た限り、女の子と一緒にいた思われる男の様子は見えなかった。
カーテンを引いて戻ってきても座り込んだままの女の子に「大丈夫か」と聞こうとして…やっぱりやめる。
「大丈夫だよ」
言い直した。
女の子は一度ゆっくりと瞬きをした。
そして…固まっていた表情が崩れる。
一気に、泣き顔に。
「こわ……かっ…た…」
瞳からは、涙が溢れ出す。
後から、後から…とめどなく。
「――こわかったぁ…っ」
女の子は、服を脱いでいるのではなかった。
…服は、脱がされていたのだ。
所々、ボタンが取れている。
――女の子は服を無理矢理、剥ぎ取られそうになっていたのだ。
…あたしが副会長の後ろから見えたのは、女の子の強張った表情。
とても、恋人同士のヒメゴトには見えなかった。
(乱入して正解…だったな)
伸ばされた腕を、あたしは取る。
女の子はあたしの腕を掴んで…しがみついて。
…更に、泣いた。
女の子の気が済むまで待つ。
涙が治まってきた女の子に「立てるか?」と問いかけると頷いた。
手を貸して、女の子を立ち上がらせる。
女の子があたしの貸したシャツを脱ごうとしたから「着てな」と止めさせた。
「あの……ありがとう…」
女の子の声にあたしは「どういたしまして」と応じて、足にうまく力が入らない(ように見える)女の子の肩を抱いて、ゆっくりと歩いた。
「お待たせ」
プレハブの戸を元気よく開けながら、あたしは言った。
副会長は「あ…あぁ」と返事じゃないような返事をし、眞清は「そうでもありませんよ」といつも通りの笑みを見せる。
あたしは二人から視線を外して「今日はもう帰るか?」と女の子に訊ねた。
女の子が頷きながらも複雑な表情をしていることにあたしは気付く。
「送るよ」
複雑な…不安そうな表情だった女の子が、視線を上げた。
目が合う。
「行くか」
言いながら、女の子の手を引いた。
「あ…大森」
「克己」
副会長と眞清にほぼ同時に呼ばれて、あたしは振り返った。
「――大丈夫ですか?」
目が合った瞬間の、眞清の言葉。
副会長は眞清とあたしを見て、ちょっと首を傾げる。
あたしは何回か瞬きをした。
眞清の言葉の意味を噛み締める。「大丈夫だよ」と笑った。
「あ…と。悪いけど、机と椅子、頼むな」
「結局やらせるのかよ」
苦笑交じりの副会長にあたしは「頼むよ」と頭を下げる。
「貸し一つな」
ヒラヒラと手を振る副会長に頷いて、視線を眞清に向けた。
「先に帰っていいからな」
――あたしが日本に帰ってきてからほとんど、眞清と一緒に登下校している。
一緒に帰らなかった回数は片手で足りるだろう。
眞清は首を傾げた。それから、目を細める。
「…勝手に待ってますよ」
そう言ってから「お気をつけて」と小さく続けた。
眞清の言葉に一度息を吐き出して、女の子に「行くか」と笑う。
――笑ってしまったのは、多分眞清の言葉のせいだ。
眞清が『待ってる』と言ってくれたことが嬉しくて、思わず頬が緩んだ。