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②事件発生
<帰り道で>

 女の子の家は学校から近くて、歩いて通っているということだった。

 歩きながら「付きあわせてごめんなさい」と漏らした女の子に「いいよ」と笑う。
「あたし、知らない所とか歩くの好きなんだよね。わくわくする」
 そういえば、とあたしは女の子を見た。
「名前、教えてもらってもいいか? あたしは大森克己」
「あ…あたしは、関戸つばき…。大森…さんは、2年生ですか?」
 花の名前かぁ〜と一人納得していたあたしは、女の子――ツバキちゃんの言葉に気付くのがちょっと遅れた。
「あ? あぁ。克己でいいよ。あたしは1年だよ。まだ入学したばかり」
「あ、そうなんですか…。…てっきり、先輩かと思っちゃった」
 途中敬語じゃなくなった続けたツバキちゃんに嬉しくなりつつ、「あたしって大人っぽい?」とか問いかけてみる。
 クラスの話やクラス担任などの先生の話をしながら、歩いた。
 ふと、沈黙。
 あたしは風に目を細めた。
 今の時期は過ごしやすくていいな。
「………訊かないの?」
 沈黙を破ったのはつばきちゃん――名前は平仮名で書くと判明した――だった。
「ん? 何を?」
 つばきちゃん口を開き…閉じて、なんともいえない表情をした。
 再び沈黙。
 今度は、あたしが破る。
「――自分で言うのもなんだけど、あたしは好奇心が強いほうでさ。人の話を聞くのは結構好きなんだよね」
 新しいことがわかったりするし、とも続ける。
 つばきちゃんは俯いたままだ。
 ――つばきちゃんが言っているのは、さっきのプレハブでのことだろう。
「さっきの…今だろ。間がないし…言いたくないことは言わなくていいと思うし」
 あたしは足元の石を一つ、軽く蹴とばした、
 石は思ったよりも遠くに跳ぶ。
「忘れられるなら、忘れればいい」

 ――そう。忘れてしまえばいい。
 いらない記憶モノだと、忘却なくしてしまえばいい。
(…あたしが、できてないけどな)
 意識せず自嘲していたあたしだけど、視界につばきちゃんの影が映ってハッとした。

 あたしは、続ける。
「ただ…言って楽になるんなら、聞くよ。聞くそれくらいしかできないけど…」
 言いながら視線をつばきちゃんの影からつばきちゃん自身へ移す。
 目が合うと、つばきちゃんは慌てて視線を落とした。
「…優しいんだね」
 つばきちゃんが小さく何かを呟いた。聞こえなくて「ナニ?」と訊ねる。
 あたしの問いかけに「なんでもないの」と俯いたまま、つばきちゃんは言った。

「――あの人…」
 つばきちゃんの言葉は、僅かに震えていた。
 ――それでも。
 つばきちゃんは、語った。
 言って、吐き出して。――なかったことにするのだと。

※ ※ ※

「…発見!」
 つばきちゃんの家まで約20分。
 学校に戻ってきて…学校を出てから、40分。
 眞清は昇降口にいた。
「待ったか?」と問いかければ即「待ちました」と返ってくる。
 思わずあたしは声を詰まらせた。
 眞清は「ああ」と小さな声を上げて、笑う。
「僕が勝手に待ってたんですから、克己が気にすることはないですよ」
 そう言うと「帰りませんか」とさっさと歩き出した。
 あたし達は電車を使って豊里高校に通っている。
 豊里高校から駅までは10分とかからないけど、電車は一時間に3、4本と多いとは言い難く…というか、むしろ少ない。時間によっては待ち時間のほうが長い時があるくらいだし。
 駅に向かう途中電車の音が聞こえて「待つかな」とか思ったけど、上り電車だったらしくて、それほど待つことなく電車に乗ることができた。
 5時を少し回ったこの時間帯は、学生が多い。
 ボックス席はほぼ埋まっていて、出入り口の少し広い場所にもちょこちょこと人が立っている。あたし達も座れなかった。
 まぁ、いいけど。
 あたしは車掌室に背を預けながら息を吐き出した。

「疲れましたか?」という眞清の問いかけに「どういう意味だよ」と返してから、ボソリと呟く。
「疲れちゃいないが…腹が立ってな…」
 眞清はその言葉にゆっくりと瞬きをした。
 そして「克己が送った人にですか」と問いかける。
 克己あたしが送った相手…つばきちゃん。
(あたしがつばきちゃんに腹を立てる?)
「違う」
 んなわけないだろう、と言いながら腕を組んだ。
「さっきの…つばきちゃん、っていうんだけどな」
「つばきちゃんと一緒にいた男に、だ」とあたしは息を吐くと同時にぼやいた。
 眞清は再びゆっくりと瞬きをしてから「あぁ、そのつばきさんとヤってた人ですね」と納得する。
「ヤってたんじゃなくてヤろうとしてたんだよ! …あぁ…でかい声で言うようなことじゃないが…」
 二人で『ヤっていた』のではなく、一方が『ヤろうとしたいた』。
 間をおかず、眞清が「あぁ」と目を細める。
 あたしの言おうとしたことを理解したらしい。

「で? そいつがどうかしましたか?」
 次の駅に到着した。
 学生が再び乗る。降りるほうが少ない。
「人の親切心利用したようなヤツだ。すごく、腹が立つ」
 眞清の問いかけに応じた。言いながら、また腹の底でふつふつっと何かが煮立つような感覚がする気がする。
「――と、言いますと?」
「ドアが閉まります」というアナウンスが聞こえて、戸が閉まる。
 ふぅ、と一つ息を吐き出した。…腹にあるイライラを追い払えなかったけど。
「…つばきちゃんに『手伝ってくれ』と言ったらしい」
 眞清は口を挟まない。黙って続きを促した。
「相手が先輩年上っぽかった…ってのもあったらしいんだが、ともかくつばきちゃんは机を出すのを手伝おうとしたそうだ」
 ――そして。
「…そして、僕たちの行った時の状況ですか」
 眞清のボヤキにあたしは肯定した。

「こわいと…こわすぎると、声が出ないんだって」
 小さく「そうですか」と言いながら眞清は腕を組む。
「…そういえば眞清はそういう経験って、あるのか?」
 眞清がこわがってるようなところ見たことないなぁ。
 なんて思って、問いかけた。
 あたしの問いかけに眞清は「さぁ」といつもの表情を見せる。
「そうか…」
 まぁ、実際あっても、そう簡単に教えてくれるような眞清ヤツでもないか。
 あたしは視線を窓の外へと向けた。
 日が落ちる。

 眞清が「克己はありますか」と問い返すことはない。

 ――あたしもあの時、声がでなかった。

 
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