…休み明け。月曜日の放課後。
あたしは資料室に入って、本棚の仕切りの向こう側の空間を覗き込む。
机と椅子を見て、完成した秘密基地(…学生会支部?)に「おぉ」と声が漏れた。
机と椅子を運び入れた眞清に感謝する。
副会長にも感謝するべきなんだろうけど、今、ここにいない。
壁にぴったりくっついて窓と垂直に置かれた机を動かすと、壁と机の間に椅子を置いた。
あたしは背中の後ろに壁があるほうが落ち着くのだ。
壁と机の間に置いた椅子に、あたしは腰掛けた。
眞清も椅子をひっぱってきて、あたしの斜め向かい側に座る。
あたしは窓の外を眺めていた。
しばらくすると眞清はカバンから文庫本を取り出して、それに視線を落とし始める。
あたしは、切り出した。
「殴りたい奴がいるんだけど、顔がわからない」
「…この間の話ですか?」
あまり間をおかず、眞清はあたしの言葉にそう応えた。
視線は本に落としたままだ。言いながらページをめくる。
「顔のわからない相手を、どうやって殴るんです?」
…器用だな。本を読みながらどうして会話ができるんだろう。
「そう。まずは探し出さなきゃならないな」
「……つばきさん――でしたっけ? その人から特徴とか訊いたんですか?」
今度はたっぷり間を置いてから、眞清は問い返した。ちなみに視線は本に向けられたままだ。
あたしはスパッと「聞いてない」と答える。
「……では、まずは特徴を訊いてみればいいのでは?」
眞清は本を閉じた。
本をカバンにしまうと立ち上がるような様子を見せたけど、あたしがまだ座っていたせいか、座りなおした。
「――あたしが勝手に殴りたいだけなんだよな」
「はい?」
「何?」というような口調。眞清はカバンのファスナーを閉める。
「こわかった、って言った」
つばきちゃんは、言った。
「…だったら、思いだしたくないことだろう? ――あたしがソイツのこと訊いて、わざわざ掘り返すことをしなくてもいいと思う」
「――そう言うなら…関係ないことですし、克己がわざわざソイツを殴る必要もないのでは?」
眞清の言葉にあたしは少しだけムッとした。
それはそうだ。
…そうなんだけど。
「自分より弱い存在を怖がらせるような最低なヤツはあたしが気にくわないんだ。だから、あたしが殴る」
ぎゅっと、拳を握る。
「…カワイイ子をいじめるような最低野郎は絶対殴る」
眞清はため息をついた。
あたしは「何だよそのため息は」と睨みつけたけど、穏やかな眞清の表情に変化はない。
「じゃあ、どうするんです?」
「――眞清も考えろ」
思いついてたら、さっさと行動に移す。
そんで、拒否権ナシで眞清も巻き込む。
自分で口調が拗ね気味だな、とわかったけどどうしようもできない。
眞清は「はいはい」と言って、視線を窓へ向けた。
資料室は東校舎でも南端にある。
窓から見えるのは校庭で、野球部とか陸上部の運動部の様子が見えた。
「…ソイツは…」
眞清は視線をあたしに向けて呟いた。
「克己がプレハブに入った時にはもう、逃げていたんですよね?」
その呟きにあたしは頷くだけで応じる。
「どの窓から、とかわかりますか?」
「わかる」と答えると眞清は「では」と続けた。
「地道ですが、聞き込みするしかないでしょう。この間は…確か。4時を少し過ぎた頃でしたっけ?」
そう言いながら「行くなら行きましょう」と立ち上がった眞清。
珍しく積極的な眞清に思わず「積極的だな」と声に出した。
あたしの反応に眞清は笑みを深くした。
「推理モノは好きなので」
「……探偵の真似事かよ」
――そういえば…眞清、読んでるのは大抵推理モノだったな…。
「いいじゃないですか」
何がだよ、とあたしはツッコミをかます。
(――まぁ、積極的に動いてくれるんなら、いいか)
そう思いながら、あたしも立ち上がる。
眞清は微笑んだ。