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③アイツを探せ
<男バレ部員の目撃>

「部活中は外なんか見ないからなぁ」
 放課後の、体育館。
 眞清は北側のコートで練習している男子バレー部員に声をかけた。
 あたしはその様子を体育館倉庫に背をあずけながら見ている。

 あたしが声をかけてみようかと言ったんだけど、眞清に止めさせられた。
「運動部なんて上下関係にうるさい場合が多いですから。僕のほうが、角が立たないと思いますよ」
 …つまり。
 あたしはどんな相手でも、パッと出る言葉は『タメ口』だ。
 そういうクセなのだ。
 しかし、悪気がなくてもクセであっても、気にする人は気にする。…と、副会長も言っていた。
 その点、眞清はどんな相手であろうと…例えば年下でも、とことん気に食わない相手でも…普段の言葉遣いが既に『敬語』だ。
(まぁ、言葉遣いが敬語だからって相手にケンカを売れないわけではないけど)
 ――それはともかく。
 普通に話すとき、特に初めて話す年上の場合は眞清の方がむいていると言えるのかもしれない。

「4時…過ぎ?」
 バレー部員(ジャージの色から判断したところ2年生)は首を傾げながら、それでも考える。
 あたしが見た『アイツ』はプレハブの西の窓から逃げていった。
 体育館の西の端とプレハブの西の端は大体同じだ。
 つまり、うまくすれば逃げ出す様子が目撃されるはずなのである。
 …と、眞清が言った。
 聞きこみを眞清がやってくれるのは、ありがたいかもしれない。
 あたしよりも素早く、眞清は聞きこむ内容を考えた。
「俺は…わかんねぇなぁ」
 バレー部員はそう言いながら、目の合った他の部員に声をかける。
「4時過ぎに誰かプレハブから出なかったか?」
 気付けば眞清はバレー部員に少々囲まれていた。
 バレー部員のせいか、ついでに眞清より年上のせいか、全員眞清より背が高い。
 囲まれてたじろぐ…ということもなく、眞清はいつもの調子だ。
 笑みを浮かべている――そんな印象のまま、話を聞いている。

「ところでさ、なんでそんなこと聞くの?」
 眞清を囲む部員でも、一番背の高い部員が言った。
「あぁ…落し物をしたんです」
(…は?)
 さらっと当然のように答えた眞清に目が点になった。
 眞清…今、さらっと、ウソ言ったぞ?
「4時ちょっと前にプレハブに行きまして。4時半頃にないことに気付いて、また戻ったんですけど…なかったんです。僕の後にプレハブに入った人がいたら、拾ったかもしれない、と思いまして」
 落とすとしたら、多分プレハブだと思うんです、と眞清はスラスラと続ける。
 眞清の様子を感心して見ていた。
(よくああやってつかえることもなく、本当でないことがスラスラとでてくるなぁ)
「――ってかさ〜、落し物しちゃうような『ナニ』してたわけ〜?」
 一番体格のいい部員…胸元に『千葉』と名前が刺しゅうされている…が妙にニヤニヤしながら言った。
(…なんであんなにニヤニヤしてんだ?)
 千葉の問いかけに眞清は「机を取りに来たんですよ」と答える。
 バレー部員から「そういやお前1年か」という声が聞こえた。
「じゃあ知らないな」と言った他の部員の言葉にあたしは内心首を傾げる。
 ナニを言ってるんだろう。
 …不思議なことに、妙な『ニヤニヤ』が千葉以外にも広がっている。

「あぁ、時間は見てないけど…多分、金曜日」
 髪をいくらか染めている部員…守口が言った。
 妙な『ニヤニヤ』はソイツにも伝染している。
「窓から出てくヤツ見たぜ。あの感じだと、『利用』したんじゃねぇの?」
 言葉の後半は眞清じゃなくて、部員に言っているように思えた。
 窓から出て行くなんて、そうないだろう。
 守口の記憶が正しく、金曜日ならば十中八九『アイツ』だ。
「どんなヤツだった?!」
 会話に聞き耳を立てていたあたしは、思わず眞清の背後から会話に割り込んだ。
 あたしの突然の割り込みに驚いた者、多少ムッとした者(多分、あたしのタメ口のせいだろう)…と反応はまちまちだったが、守口は「見覚えのない奴だった」と応じる。
 ――しかし…『見覚えのない奴』と言っても。
 豊里高校の一学年は約10クラスで。
 隣のクラスや中学時代の友人、部活仲間がいるクラスならともかくそれ以外のクラス、クラスメイトと日常生活において交流はないと言っても過言じゃないだろう。
(とりあえず…バレー部員以外、ってことか?)
 ついでに守口コイツのクラスメイト以外か。あたしが1人、予想をたてていると。
「…なんでコイツの忘れ物にアンタが必死になってんの?」
 メガネをかけた部員…平坂は言った。
 その問いかけにあたしは思わず「うっ」と声をもらす。
 だって…眞清は忘れ物なんかしてない。
 あたしは眞清がどういう忘れ物をした、という設定も知らない。
 ――まぁ、確かに。自分のモノじゃないのに必死になるって、おかしいよな。
(…でも!)
 必死になってしまうのは仕方ないじゃないか。
 つばきちゃんを傷つけた最低野郎を、あたしは殴りたいんだから。

「この人がくれたんですよ」
 平坂(ちなみに平坂に妙なニヤニヤは伝染していなかった)の疑問に眞清は少し間を置いて答えた。
「本です。多分机を運ぶときに意識せず置いてしまったと思うんです」
 この人が本をくれたんです、と付け加えた。
「…ウソつけっ」
 あたしは反射的に言っていた。
 だってあたしは眞清に本をあげたことなんてない。
 だけど…言ってから、「あっ」となる。
 ――これは眞清の『ウソ』だ。
 プレハブに本を忘れたという『設定』。
(あたし、やっちまったか?!)
 …ヤバイ。
 ――とか、思ったのに。
「あ〜…そうか〜。本ね」
「見かけたら保護してやるよ。なんてヤツ?」
 ナゼが、設定うそが現実味を増したらしかった。
 ほっと、安心する。
 …その時、髪を染めた守口が「アンタ女か?」と言った。
 最近の眞清が女に間違われることは少ない(というか、見たことがない)し、あたしが男に間違われることは結構あったから『あんた』が自分を指しているだろうと判断してあたしは「そうだよ」と頷いた。
 守口はあたしの返答に何やら納得したように頷いて、眞清に何か言ったのが見える。
 小さくて、あたしには聞こえなかったけど。
 眞清は目を丸くした。
 それから、あたしを見る。
「――そうですね」
 眞清が、フワリと笑う。
 いつもの『何を考えているかわからない』笑顔じゃない。
(ナニを言われたんだ?)
 ――本当に、フワリと。

 
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