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③アイツを探せ
<メガネオトコの覗き見、眞清の予想>

「もしも見かけたら教えてください、と言いましたから。もしかしたら情報が入ってくるかもしれないですよ」
 体育館を後にして、あたし達はとりあえず『アイツ』が逃げ出したプレハブに移動する。
「そういえば、どうしてあんなにニヤニヤしてたんだろうな、バレー部」
「あぁ、そういえばそうですね」
 などと会話しながらプレハブの戸を勢いよく開けた。
 ――ガタン
 ガラクタの間から、何か音がする。
 …誰かいるのだろうか。
 あたしは振り返った。眞清が小さく頷く。物音は気のせいではないようだ。
「…だ」
 ――誰かいるのか、と。そう、言おうとした。…けれど…。
「――…?」
 眞清の掌があたしの口元を柔らかく塞いで、言葉を阻まれる。
『喋るな』という意思表示だとわかったから、声は出さない。が、視線を向ける。「なんだ?」と問う。
 眞清は笑った。それはいつもの…『何を考えているかわからない』笑み。
「克己…」
 眞清は口元を覆う掌を外すことなく、妙に優しい声音であたしを呼ぶ。
「??????」
 何がなんだかわからないが、とりあえずあたしはプレハブの中を見渡した。
 再びガタン、と物音がする。

「――何をしてるんですか?」
 眞清は物音に向かって言った。
 口を塞いでいた掌が外される。
 右側を見れば――おそらく、コチラを覗き込もうとしてバランスを崩したのであろうガラクタと――見覚えがない――まぁ、今のあたしは『見覚えがある』人間の方が少ないんだけど――オトコがいた。
 メガネをしている。先輩年上…だろうか。なんとなく。
 …いや、それにしても…
「…何してるんだ?」
 あたしは呟いた。眞清の言葉を繰り返すようなものだが、自然とこぼれた。
 ――まるで、隠れるように…なぜ、こんなところに。
 プレハブここは使われていない机などが置いてある。
 机を取りに来た、とか用事があるなら何も隠れる必要なないと思うのだが。
 見つかってしまったことに慌てているらしいオトコ…2人いた…は一度逃げ出そうとしたが、あたし達の立っている位置的に無理だと判断したのか、早々に諦めた。
「何をしていたんですか?」
 眞清は問いかけながら近づく。

「――あんた等、ホモか?!」
 問いかけに、メガネをしたオトコは答えた。――いや、答えじゃないが…。
 オトコの言葉に眞清は目を丸くして、あたしを見る。
 目が合った。
 眞清はナゼかふきだす。
(ナニが面白いんだ…?)
 しばらく笑って気がすんだのか「…この人、女の人ですよ?」と眞清はオトコに告げる。
「い?」と「え?」の中間のような声をあげて、オトコはマジマジとあたしを見た。しばらくすると納得したように「…あ、ホントだ」呟く。

「…さ、て」
 眞清はそう言いながら、珍しくあたしの前に立つ。
 大抵あたしの後ろ…背中側にいるというのに。
 ――気のせいでなければ口調に『逃がさない』というか…ムッとしているような雰囲気がある。
「何をしていたんですか?」
 見えるのは、眞清の背中とメガネをかけたオトコ。
 …オトコの表情に心持ち怯えが含まれているような…?
「ちょ、調査だっ」
 オトコは答える。ナゼかどもっている。
「…このガラクタ置き場で何を調査するんだ?」
 あたしは首を傾げた。
 窓から外を見ても、見えるのは先生用の駐車場と、道くらいだ。
 あたしの疑問に言葉を詰まらせたオトコに眞清は「何を、調査するんですか?」と繰り返した。
「………ここら辺は人通りが少ない」
「は?」
 確かにその通りだと思う。…思うが…。
(――それで?)
 だったら余計に、調べるようなことなどないと思う。
「それで?」
 あたしが思っていたことをあっさり眞清は口にした。
 メガネオトコは『くわっ!!』と「ここは逢引によく使われるらしいのだっ!!」と勢いよく言った。
 …メガネオトコの勢いにちょっと、驚いた…。
「ところで逢引ってナニ?」と眞清に訊くと「人目を避けてイチャイチャすること…ですかね?」と疑問形で答えが返ってくる。
 逢引…人目を避けてイチャイチャする? のを、調査しようとしている、ってことか。
(ふーん。じゃあ、つまり…)
「ずばり俺たちは…」
「それ、調査っていうか覗きじゃん?」
「「――!!」」
 おや? 動きが固まった。思ったことを言っただけだったんだけど。
 固まったメガネオトコに対してかはわからないけど、眞清が再び笑う。
 ちょっとしてから「なんだとキサマっ!!」とメガネオトコが反論した。
(反応遅いって)
 メガネオトコを「まぁまぁ」と、もう1人のオトコがなだめている。
 そのもう1人は…マトモそうに見えるが…。
 メガネオトコの調査覗き見に無理矢理つき合わされているのだろうか。大変だな。
「覗き見はいつからやってるんですか?」
 メガネオトコは「覗き見じゃなくて調査だっ!!!」と反論したが、眞清はいつもの表情を崩さない。
「…今日から…だけど」とメガネオトコを押さえているオトコが言った。
 メガネオトコは「尚樹っ」とうなる。
 マトモに見えるオトコは『ナオキ』というようだ。
 眞清の問いかけた理由がようやくわかって「金曜日にはいなかったんだよな?」とあたしも問いかける。ナオキが「そうだよ」と答えるとメガネオトコは「普通に答えるなぁっ!!!」と喚いた。
「そっか」
 なんというか…うん、元気だな、メガネオトコ。そう思いながらあたしは頷く。
「栄二。しょうがないから、帰るぞ」
「何がしょうがないんだーっ!!!」
 メガネオトコは『エイジ』というらしい。
「というか、どうして後から来たヤツ等に遠慮しなくちゃならないんだ?!」
「いや、遠慮する、しないっていうか…今立ち去るのが一番いい引き際な気がするし…」
 というわけで、と言わんばかりにナオキはあたしと眞清を見た。
「じゃあ、お邪魔しました」
 そう言いつつ、ナオキはメガネオトコ…エイジの腕を引いた。
 エイジは暴れているが、ナオキの方が少し大きいらしく(それとも力があるのか?)ズルズルと引きずられるように去っていく。
 すれ違った時、エイジと目が合った。
 あたしは手を振る。
「…ちくしょーっ!!! お前は敵だっ!!!!」
「何言ってんだ、お前?!」

 ――ピシャンッ
 プレハブの戸が閉まった。
「元気な人ですねぇ」
 眞清がのんびりと言った。あたしは「そうだな」と答える。
 …敵宣言されてしまった。

 オトコ2人組みがプレハブから去るのを見送ったが「ここにいてもしょうがないか」ということになり、あたし達もはプレハブを後にした。
 かといって、まだ帰る気はない。(荷物も置いたままだし)
 資料室に行き、あたしはさっきと同じ壁側の椅子に腰を下ろした。
「なぁ」
 向かい側の椅子に眞清も腰を下ろす。
「なんですか」とこっちを見た眞清に、さっき訊き忘れていたことを訊いた。
「ホモって何だ?」
 ………しばしの、沈黙。
「――――え?!」
 眞清は、驚いた。
 …なんというか、普通に驚いてるな…。こんな眞清、久々に見た気がする。
「――本当に、知らないんですか?」
 その言葉にあたしは頷いた。というか、嘘ついてどうするんだ、と思う。
 知らないものは知らない。
 眞清は一度息を吐き出した。そして、答える。
「…アレですよ…男と男が両想い、みたいな…」
 ………。
 あたしは一瞬、頭の中が真っ白になったような気がした。
 が。よくよく考えて納得する。
「――あぁ、ゲイのことか! だから眞清はさっきの奴らに『あたしが女だ』って言ってたんだな」
 あたしが…コッチに来る前にいた場所では、ホモという言葉は使わなかった。
 でも『ゲイ』ならわかる。実際、そういう人を見たことはないけど。
「あぁ、そうだ。克己」
 何やら考えるような素振りをしていた眞清が顔を上げた。
 あたしは視線を眞清へ向ける。

「なんだか、『プレハブ』のことを訊いたら、バレー部の人達が妙にニヤニヤしていたじゃないですか」
 …話題転換が唐突だ。『AB型ですから』とか、前に眞清が言っていた…。
「――あ? あぁ、そうだったな」
 突然の話題変換にしばらく間があいてしまったが、答える。ちなみにあたしはB型だ。
「アレ、あの人達は知ってたんじゃないですか?」
「? 何を?」
 単なる予想ですけどね、と前置きして眞清は続ける。
「あのプレハブあんまり人も来ないようですし。逢引の穴場だったんじゃないですか?」
 …あぁ。そう言えばエイジも『ここは逢引によく使われるらしいのだっ!!』とかなんとか言ってたな…。
「――あぁー…そっかぁ…」
 バレー部連中の顔を思いだす。
 人目を避けてイチャイチャすることを『逢引』とか言うなら――バレー部員がだからあんなにニヤニヤしていたのか、とか『ナニ』とか『利用』とか妙に含みのある言い方をしたのか…と、頷ける。
「それで、か…」とあたしは思わず呟いていた。
「まぁ、単なる偶然ということも考えられますが」と言いながら眞清は指を組む。
「克己の探す人物は、プレハブのことを知っていたと仮定すると僕等より年上の可能性が高いんじゃないかと思います」
 …その言葉に、あたしはつばきちゃんの言葉を思いだした。
「年上に見えた」と…つばきちゃんはそう、言っていた。
「――そうだな…」
 視線を窓の外へ向けた。4月上旬の4時半はそこそこ明るい。
 一時期に比べれば、日は大分のびている。

「そういえば…克己は顔が見えなかったんですか?」
 東校舎の影を見下ろしていたあたしに、眞清は言った。
 あたしは視線を眞清に移しながら「そういう眞清はどうなんだ?」と訊くと「僕より克己の方が見えた可能性が高いと思いますが?」と逆に訊き返された。あたしは答える。
「つばきちゃんしか見てない」

 副会長が戸を閉める前。
 暗いプレハブの中の女の子…つばきちゃんの瞳が恐怖だけで彩られている。
 …そう、あたしには思えた。
 だから、副会長が閉めた戸を開けた。今思えば、開けて正解だった。
「…あぁ。そういえば、副会長はどうなんでしょうね?」
「――あ」
 そういえば、そうだ。
 最初にプレハブに入った――戸を開けた副会長。
 副会長なら、『アイツ』の顔を見たかもしれない。
「どうして最初にそれが思いつかなかったんだ、眞清」
「…いや、僕を責められましても」
 あたしは「別に責めてない」と笑ってから、立ち上がる。
「隣にいるかな?」
「副会長がいなくても誰かいるんじゃないですか? 多分」
 当然、眞清もあたしに続いた。

 
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