「こんちわ」
ノックをしつつ学生会(本部)に入れば、目的の人物がいた。
見えたのは後姿だったけど、わかった。
「副会長、ちょっと訊きたいことが…」
あるんだけど、と続けようとしたのだが、振り返りつつ「しーっ」と言われて黙り込む。
副会長の陰では一人の女の子がうつぶせていた。
…多分、涼さんだ。
「――なんか、意外だな」
『静かに』と言われたヒトを見て、あたしは呟きをもらす。
「なんとなく、居眠りとかしないタイプだと思ってた」
立っていたあたし達に「座れば」と副会長は椅子を指さした。
副会長は、動く気がないらしい。
「あぁ…そうだな。確かにしょっちゅうはやらないな」
――涼さんを見つめる瞳は、優しくて穏やかなもの。
「好きなんだ?」
あたしは訊いた。副会長は「そうだな」と自然に応じる。
特に照れるような様子もない。――ただ、想いを隠していないだけかもしれない。
「警戒心が強いっぽいのに、ヘンなところで無防備なんだよなぁ…」
言いながら、視線は涼さんに向けられている。
触れることはしない。ただ、涼さんを見つめている。
「そういや、質問ってなんだ?」
…「忘れてた」とどこかに入りそうな口調だ。
「もしやおれに勉強を教えろとか言うわけじゃないよな」
「まさか。そんなわけないじゃないですか」
副会長が「教えろ」と言ったあたりで眞清は言い始めていた。
――びみょーにケンカ売ってないか、眞清。
なんて、そんなことを思う。
副会長は振り返ると、視線を眞清に移した。
「…そうだな。そうだろうよ。だけど何気に失礼じゃないか?」
眞清はその言葉に一度にっこりと笑い、「失礼だなんて。無礼という自覚はありますけど」と呟く。
…いや、それって…
「なお悪くないか?」
そうあたしが言えば副会長もほぼ同時に「なお悪いじゃねぇか」とぼやいた。
あたし達のぼやきに眞清は「自覚してるだけマシですよ」と再び笑う。
「それもそうか」と呟きながら頷く副会長。
あたしは「そうか…?」と首を傾げてしまう。
「あ、そんで。訊きたいことって何だ?」
副会長は眞清によって逸らされた会話の軌道修正をする。
なんだかんだいっても副会長、だからか?
――ともかく。
「この間の金曜日のことなんだけどさ」
「金曜日?」
繰り返した副会長の言葉にあたしは頷いて、「女の子と一緒にいたヤツの顔、覚えてるか?」と問いかける。
「見たには見た…けど微妙だな。俺の顔見知りじゃないとは思う」
「――人探し?」
「?!」
予想しなかった声に、あたしは驚いた。
…その声が背後から聞こえた、というのが更に驚いた原因だ。
心臓が、妙に早い。
「――克己」
眞清が、あたしの名前を呼んだ。
トントン、と眞清の手のひらが、肩に触れる。
心臓は、まだ早い。…だけど、ちょっとはマシになった。
「あぁ…ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど」
気配を感じさせることなく学生会室に入ってきたのは…会長だ。
「大森って案外小心者?」と副会長が笑う。あたしは「そうだな」と頷いた。
眞清が耳元で「大丈夫ですよ」と、そっと呟く。「あぁ」と、息を吐き出した。
「人探しには、亮太は結構使えると思うよ。顔広いから。…あぁ、涼も…」
顔広いよ、と言いながら副会長より奥の席で眠っている涼さんに気付いたらしい。
会長は時計を見た。「4時38分」と時間を呟いてから「涼、4時半過ぎたよ」と肩を揺らす。
「す〜ず。すず〜?」
…なんというか…いい雰囲気だ。
(副会長って…涼さんのこと、好きなんだよな?)
副会長は立ち上がって、会長に場所を譲った。そんな様子をチラリと見つつ、考える。
――辛くないのだろうか。
自分以外の人と、親しげな様子を見るのは。
『オレは嫌だ…嫌だよ… カツミ…』
『オレ以外に…優しくしないで …オレだけの傍に…』
――苦い思いと、痛み。
「… う る さ い …」
――…へ?
聞き覚えのある…だけど、妙に低い声。
あたしの思考が『現在』に戻る。
「4時半…なんてまだ…」
低いまま続く声に会長が「今夕方だよ」と、いつもどおりのんびりと穏やかな口調で応じる。
「だから…? こっちは眠いんだよ」
…更に続いた涼さんの声音は、今も低いままだった。
――こわっ!!
なんていうか、性格違わないか?! 涼さん…。
ぼんやりと空気を見ていたあたしだったけど、思わず涼さんに注目する。
…目つきが険しい。
かなり眉間にシワが…。
「涼。ほら、大森さん達が驚いてるよ?」
――と、示される。
あたしはちょっと迷ってから「どーも」と頭を下げた。
涼さんがあたしと眞清をじっと見つめる。
…目つきのせいか、居心地が悪い…。
「…あぁ…?」
瞬きをして、涼さんは頭を振った。
「――あぁ…」
ペチペチと涼さんは頬を叩く。
「ごめん、態度悪くて」
「あんたが言うなっ」
副会長の言葉に涼さんはそう返す。口調はいつもより悪い気もするが、声音はいつもの涼さんだ。
「…で? なんだっけ?」
涼さんはノックするようにこめかみの辺りを軽く叩きつつ言った。
「人探ししたいんだって」
会長は「涼、顔広いじゃん」とも続ける。
「…そう? あたしが顔広いなら、冬哉も広いんじゃない?」
涼さんは髪をかき上げながら言った。
――照れてるっぽい。なんてことを思う。
「どういう人探すの?」
「あー…ある意味、全然知らないヤツ」
「…なんで野里君が答えるのよ」
「だっておれも見たから」
「…じゃあ、野里君の知り合い以外、ね…」
「あ、あとバレー部員以外」
あたしは付け足した。
「そうなの?」
涼さんはそう言ってから「ところで、なんで探してるの?」と続ける。
「殴りたいから」
あたしが答えると、一瞬、涼さんの動きが止まった。
「…殴りたい…?」
どういう理由で、と涼さん。
…言わなければダメだろうか。
言うとなると…つばきちゃんのことを言わなくちゃいけないんだろうか。
あたしは黙り込んでしまった。
それに対し、眞清はサラッと「女の子を襲おうとしてたヤツがいるんですよ」なんて言う。
「…ナニ、サラッと言ってんだ!!」
がしっ! と眞清の肩をつかんだ。
「いや、克己が言いづらいなら僕が言おうと…」
「言いづらいっつーか!」
――確かにそうだけどっ
「言っていいか迷ってたんだ!」
そして、つかんだ肩を揺らす。
「協力してくれるというなら、協力してもらいましょう」
「…あのなぁ…」
眞清は「だって」と視線をあたしから移す。
その視線を追うと、涼さんに向けられて…いた…。
「検見川先輩、物凄くヤル気満々ですよ?」
…眞清の言葉通り、涼さんがヤル気満々な感じで。
「野里! 意地で思いだす! アンタの知り合いじゃないってわかったってことは、ちゃんと顔が見えたってことでしょ?!」
――そう、副会長に問いかけて…むしろ問い詰めて?…いた…。
呆然と、あたしは涼さんを見てしまう。
副会長から視線を外した涼さんが、あたしを見た。
「大森さん。私、全力で協力するわ」
女の子を襲うようなヤツは、と続けながら、副会長の襟をつかむ。
――副会長…首、しまってないか…?
「駆除よ、駆除!!」
「涼…くるし……い…」
――なんというか…案外寝起きが悪いとか、実は熱い人だとか…涼さんの新しい一面が見えた。
でも。
「うん! ありがとう!」
涼さんがもっと、好きになった。
「あぁ、俺にも手伝えることあったら言ってね?」
会長は「なんか面白そうだから」と続ける。
『面白そう』…って…オイ…。
「…うん、会長もありがとな…」