「田嶋英之…」
言われた名前を繰り返す。
涼さんが『協力する』と言ってくれたのが月曜日。
そして今日は木曜日。
――思っていたよりも早く、『アイツ』の目星がついた。
「早いな」と呟いたら「大森さんの情報が結構使えたみたい」と涼さんは言った。
そう。はっきりいって、あたしはあんまり動いてない。
ほとんど涼さんが…正確には涼さんの友達が、らしいが…動いて見つけてくれた。
ちなみにあたしと眞清が言った『アイツ』の情報は…
金曜日の4時過ぎに、プレハブ付近にいた男。
更にいえば、プレハブの北の窓から出て行った。
バレー部員以外。
バレー部員守口の顔見知り以外。
…ついでに副会長の顔見知り以外。
どうやら守口も副会長も知り合いが多いらしく、そのことで『アイツ』の候補者は結構減ったらしい。
「で、コレね」
そう言いながら涼さんは紙をあたしにくれた。…紙は、写真だ。それを見る。
神経質そうな顔だ。運動よりは、勉強のほうが得意そう。
「3年何組だっけ?」
涼さんの「8組よ」という答えにあたしはさっさと立ち上がった。
「待ってください」
…と…ガシッと腕をつかまれる。
「――なんだよ」
腕をつかんだのはあたしの隣に座って一緒に話を聞いていた眞清だ。
「…早速、殴りに?」
「当たり前。相手がわかったらチャキチャキ動く」
「殴るのは止めませんが」
「止めろよ」と副会長はつっこんだ。それに応じず、眞清は続ける。
「今は、子供のケンカに親が首を出してくる場合があります」
面倒なことですが、と息を吐き出した。…何か、ヤな思い出でもあるんだろうか。
「…でも…子供、とは言ってもやっていいことと悪いことの分別はついてていい筈ですからね」
高校生ですし。と言った眞清にあたしは「しかも相手は3年生だし」と頷いた。
「そうですね。だから、殴ることは反対しません。ですが…」
「ですが?」
腕は、今もつかまれている。
放されても、(今はまだ)動く気はないのに。
「こっちから殴るとなると、完全な加害者です。分が悪いですよ」
「…じゃあ、なんだ? 挑発して向こうから殴らせといて、『自己防衛でした』とか言いながら反撃するのか?」
副会長の言葉に面倒くさいなぁ、なんて思ったあたしだったのだが。
「面倒くさいよ」
…そう、声がした。
一瞬「あたしが言ったか?」と思ったようなタイミングだった。
「いいじゃん。ようは、バレなければいいんでしょ?」
…言ったのは会長だった。
「帽子をかぶって、誰かの服を借りてさ。雰囲気変えとけばいいんじゃない?」
「あぁ、なるほど…」と眞清が納得する。
――というか、いつまで腕つかんでるんだ?
「色の濃いサングラスするとかどうよ?」
あたしは言いながら椅子に座った。
「黒っぽい服を着てですか? それじゃ単なる怪しい人ですよ」
そう言いながら、眞清の手が放れる。
(…座れ、って意味だったのか…)
「それにしても…」
会長は僅かに吐息交じりで呟いた。
眞清は「写真見せてもらってもいいですか」とあたしの手から写真を取る。
――握り締めていたせいでクシャクシャになってしまった。
「大森さんが探してたのが田嶋だったとはね…」
「アレ? 会長、知り合い?」
あえて「友達?」とは訊かなかった。
…そう訊いて「そうだよ」とかいう答えが返ってきたら、会長も殴りそうだ。
「知り合い…っていうのもおこがましいかな」
会長の言葉を聞きながら「ちょっと教室にいってきます」という眞清の声が聞こえた。「おう」と答えて会長の言葉の続きを待つ。
「知らないわけじゃない、っていう程度」
(…それって、『知り合い』とはまた別物なのか…?)
なんて思ったが、とりかえず口にしない。
「あ…そうそう、大森さん」
会長が思いだしたように言った。…気のせいだろうか? 会長が少し笑っているような…?
「田嶋を殴るとき、俺の名前だしていいからね」
――しかも、何か企んでるときの眞清の笑みに似てる…?
そんなことを考えながら「会長の?」の訊きかえす。
そう、と会長は笑みを浮かべる。
…やっぱり、眞清が何か企んでるときの表情に似ている気がする…。
「遠まわしに『学生会』でも効くと思うけど」
――会長の言葉の意味はよくわからなかったけど。あたしは「わかった」と頷いた。
(あれ? そういえば写真…)
どうしたっけ?
タジマヒデユキの面をもう一度見ようかと、あたしはそこら辺に置いたハズの写真を探した。眞清が学生会(本部)から出てって、30分くらい経っていた。
…眞清は『教室に行ってくる』とか言ってたけど、ドコまで行ってんだ? なんて思い始めた頃。
「ここまできて言うのもなんだけど…」
涼さんが口を開いた。
「結構信用できる情報だとは思うの。今までの実績もあるし…」
そこで一旦言葉を区切る。
「でも…もし違っていたとしたら?」
まるでタジマ犯人説を否定するような口調に涼さんの様子に副会長が「おいおい、涼。今更ナニ言い出すんだよ?」と副会長が突っ込みを入れる。
そんな副会長に涼さんは「馴れ馴れしく呼び捨てしないでくれる?」とピシリと告げつつ、
「…ただ…覚えのないことで犯人扱いされるのは…本当に、嫌なものだから」
ゆっくりとそう言った。
――確かに、それもそうだ。…じゃあ。
「じゃあ、確かめに行く」
「マジかよ?!」
…即、そう返された。早いよ、副会長。
「何て訊くんだ? 田嶋に直接、『金曜日に女の子を襲おうとしてたか?』って訊くのか?」
それ以外にナニがある? とあたしは頷こうとした。…が、
「その必要はありませんよ」
眞清の言葉に、動きが止まる。
とりあえず「おかえり」と言ってみた。それから「どういう意味だよ」と続ける。
「言葉どおりですよ。僕が確かめてきました」
眞清の手には、写真が握られていた。…写真、眞清が持ってたのか…。
「…誰に、確かめてきた?」
「本人です」
一呼吸の、間があった。
「スピーディだな」という副会長の言葉が聞こえる。
確かに、そのとおりだ。
――そのとおりなんだけど…
(なんでわざわざ写真を持ってったんだ? 眞清って人の顔覚えんの苦手だったか?)
そんなことも思う。
「つうか、なんて訊いたんだ? まさか直接『女の子を襲おうとしてたか?』とかって訊いてきたのか?」
あたしが訊くと眞清は「まさか」と首を横に振る。
「落し物を拾ったんですが、と財布を見せたんです。…田嶋さんとやらは結構、金が好きらしくて『あ、自分の』って言ったんですよね」
…それだけで確認になるのか?
そんな思いが表情にでていたのか、眞清は「続きがあるんです」と前置きして
「金曜日にプレハブの傍で拾ったんです、って言ったら慌てて手を引っ込めましたよ」
――そう、言った。
「…その後、田嶋はなんて?」
副会長の疑問の声に眞清は「『やっぱり自分のじゃない』とか言いましたよ。金曜日にプレハブの傍には行ってない、とかすごい勢いで否定してました」と答える。
「…やましいことがないなら、あんなに慌てることもないと思いますけどね」
そう言いつつ、あたしに眞清は視線を向けた。
「じゃあ、田嶋で決定」
会長は指を組みながら、言う。
「で」
…早速タジマを殴りに行こうとしたあたしを、眞清は止めた。
なんだよ、自分で確認しといてまだ『行くな』っつーのか?
「決行は明日にしましょう」
明日は金曜日。――ちょうど、あの日から一週間。
「なんで?」
「――克己。用意が必要ですよ…」
面倒くさくはありますが、と眞清は続けた。
「あとで面倒になるより、先に面倒になったほうがいいと思いますから…」
「…なんか、考えでもあるのか?」
あたしが訊くと眞清は頷く。
「だから、明日の放課後まで我慢してください」
あ、それから。と、視線を涼さんへ向けた。
「検見川先輩、明日服を一式貸してもらえますか?」
――その言葉に「眞清が着るのか?」と聞いたら、眞清は激しく否定した。