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④アイツを殴れ!!
<そして、実行!!>

(…3年8組)
 ドアの上にあるプレートを確認してあたしは教室を覗き込んだ。
 …よし。まだいる。
「克己」
 タジマの名を呼ぼうとしたとき、眞清に呼び止められた。
「なんだよ」
「とりあえず、僕が呼んでもらいますから」
「はぁ? なんで?」
 あたしが呼んで、そのまま殴ればいいだけじゃん?
「――まさかここで殴る気ですか? とりあえず、まずはドコかに呼び出すんですよ」
 えぇ〜、と抗議の声をあげると「ここで殴ったら周りの人的に『一方的に殴る暴力女がいた』ってことになりますよ? そういう意味で目撃者は少ないほうがいいでしょう?」…と、言われた。
「――そのための変装なんじゃなねぇの?」
 バレてもいいように。
 眞清の動きが一瞬止まった。
「…まぁ、無理と話を大事オオゴトにすることもないでしょう?」
(なんつーか、気にしすぎじゃねぇか…?)
 だけど…眞清の言うことは、正しい(ことが多いらしい)ので「…わかったよ」と頷いた。
「じゃあ、一度練習を」
「練習ぅ? なんの?」
 チラチラと教室から出る人にコチラを見られる。
 …まぁ、出入り口付近でコソコソ話してれば誰でも気になるか…。
「田嶋さんとは、克己が話して呼び出してください。男が呼び出すより女が呼び出すほうが来ますよ」
「…じゃあ、眞清が女装すればよかったじゃん」
「どうしてそういう話になるんですっ?」
 だってあたしに似合ってないと思うんだよ、この格好コレ…。
 女の呼び出しって…あたしがこの格好するより、眞清が女装してやったほうがいい気がする…。
(あ…もしかしてさっきからチラチラ見られてんのは『オカマ?』みたいな感じで見られてたのか…?)
「克己? 聞いてます?」
「…おう。そこそこ」
 あんまり聞いてなかったけど。
「――もう一度、言いますか?」
「ヨロシク」
 手をあげればため息混じりに「聞いてなかってですね…」言われる。
 バレたか。
「『少しだけ時間をもらってもいいですか? お話したいことがあるんです』」
「少しだけ時間をもらっていいですか。話したいことがあるんです」
 ん? 微妙に違うか?
「…まぁ、大丈夫でしょう。呼んでもらいましょうか」
 眞清はそう言いながら、「すいません」と教室からでてきた人に声をかけた。
「田嶋先輩を呼んで欲しいのですが」
 声を聞きながら、眞清の背にあたしの背中を預けた。…気を張ってればいいだけなんだけど。
 背後の安心は一度手に入れてしまうと、なかなか手放せなくなってしまう。
(…ヤバイなぁ…)
 眞清に頼りっぱなしになってしまう。
「――用って?」
 俯いたあたしに、さっきまで眞清と話していた声とは違う声が聞こえた。
(…タジマヒデユキだな)
「あ、…おれじゃなくて、コイツが」
 ――あ、微妙に喋り方変えたな…。用心深い…。
「ほら」と眞清はあたしの後ろに移動した。
 一度叩かれた肩からなんとなく「言葉遣いに注意」と言われたような気がする。
「あの…少しだけ時間もらってもいいですか。話したいことがあるんです」
 ――おし! 成功!!
 とりあえず失敗なし!
 あたしは俯いたまま言った。
 本当は顔を上げて話したほうが相手の顔が見えるから安心するんだけど、今回は別だ。
 顔を見たら多分、すぐに殴ってしまう。
「今?」
 トン、と微かに眞清の手が当たった。
「…できれば」
 顔は上げない。
「――ここじゃダメ?」
 その言葉に、あたしは顔を上げた。
 あたしの前に立つのはタジマヒデユキ――写真の男だ。
 身長はだいたい175cmだろうか。
 ヒョロヒョロしている。肌の色も白いし…モヤシ。モヤシだ。
「…体育館傍の、プレハブで…」
 声が、震えた。握った手のひらが、震えた。
 ――あのときの、あの男。
 つばきちゃんを傷つけようとした…あの。
「4時半頃…」
 返事も聞かず、あたしは歩き出した。
 ――もうちょっとで、殴りそうだったから。

 プレハブに向かう。
「…克己、どうしてプレハブに?」
 時間まで、あと5分もない。
「――なんとなく」
 場所の指定が、口からパッとでた。
「これでもう、いいんだな。…殴るぞ」
 プレハブに来たら余計に、タジマへのムカつきが増した。
(ぜってー殴る)
 ――ここにくる途中、つばきちゃんの姿が見えた。
 あれから話してないけど…この間目が合って手を振ったら、応えてくれた。
 あんな可愛い女の子をいじめた罪は重い。
「じゃあ僕、隠れてますから…」
 存分に殴ってください、と眞清はガラクタの陰に隠れる。
「――今何分?」
 あたしは問いかけた。
 …眞清の答えの代わりに…ガラッと、プレハブの戸が開く。
 ――4時半。

「話って?」
 言いながら、タジマは戸を閉める。
 ――ここに鍵はない。
「……また、襲おうとか考えてんのか?」
 声が普段より低いと、自分でわかった。
「へ?」と間の抜ける声がした。
「ふざけんじゃねぇ!!」
 一発。平手で頬を殴った。
 いい感じにスナップが効いたらしく、タジマはしりもちをついた。
 あたしは、呆然と見上げるタジマの襟をつかむ。
「先週…今頃」
 そこで、反応がある。
「ここで。…一人の女の子が怖さのあまり声がでないようなできごとがあった」
 …あのときの犯人『アイツ』は絶対、コイツだ。
「…な…」
 タジマが何か言おうとして…けれど、言葉にはならなかった。
つばきあの子は――なかったことにする、と言った」
 ――けど。
 どんなになかったことにしようとしても、現実は変わらなくて。
 忘れてしまいたいと思っても、ドコかに残る。
 …いっそのこと、忘れてしまえと思うのに…――残る。
「お前は3年だから一年…たった、一年だ」
 二度と。
「あの子の前に姿を現すな。一瞬でも…あの子に思い出させるな」
 忘れる、と言ったあの子の
「邪魔をするな」
 襟を絞めていた手を、放す。
 ――タジマは、しりもちをついたまま動かない。
 本当はもっと、何度も殴ろうと思った。…だけど。
 タジマも痛いだろうけど、あたしも結構痛いし。
(――本当に、ただの自己満足だけだし)
 満足した、と言い切れるかは微妙なところだ。だけど…もう、いい。
「なんなんだよ…」
 立ち上がらないタジマをあたしは見下ろす。
「誰だよ、お前…」
 立ち上がらないまま続けるタジマ。
 あたしは一度、深呼吸した。
「学生会――」
 会長の言葉を思いだして、あたしは告げる。
 暗いプレハブの中なのに、タジマの顔色が一気に青ざめた――そう思えた。
「…あんたは随分、会長と親しいらしいな…?」
 適当に言ってみる。
 あたしの言葉にタジマは「内川の知り合いか…!」と顔の筋肉を強張らせた。
 その反応にあたしは――ニッと、笑ってやる。
 タジマは会長との間に、何かあるようだ。『ナニ』があったかはすごく気になるところだけど。
「もう一度言う」
 それは…今は、いい。
「あの子の前に姿を現すな。――あの子の…」
 言って、そこでひとつ息を吐き出す。
「――忘れる邪魔するな」
 いいな、と言えばタジマは何度も何度も頷いた。

「行け」
 戸を指さして、言った。
 タジマはのろのろと立ち上がり…それから。
 ――ピシャッ!!
「…結構早いですねぇ」
「そうだな」
 結構な勢いで、プレハブから逃げ出した。
「あ、そうそう」
 眞清のほうに視線を移す。
 …と…。
「この人たち、どうします?」
 ――この間の、覗き見二人組みがいた。
 思わず「げ」と言ってしまう。
 …しかも
「あんた…」
 メガネオトコ…エイジ、とかいったか…と目があった!!
 エイジは何か言いかけたが。
「行くぞ!!」
 眞清を引っ張って、あたし(達)はプレハブを後にした。

 ――エイジはあたしを男だと思ったヤツだ。
 絶対!! オトコの女装だと思われた!!
(アイツ、口が軽そうだからな〜)
 …来週から、『プレハブにオカマがいた』という噂が流れるかもしれない…。

(顔見られちまったからな…どうしよう、あたしだってバレてたら…)
 変装の意味がない…。
(あたしだってバレないように、変装したのに…)

 ちょっと暗い気分のまま、資料室に向かった。
「…げ」
「『げ』とはなんだ、キサマ!!!」
 資料室で着替えて、学生会室に行ってみれば…珍しく会長、副会長、涼さん以外のオトコがいた。

 …しかもその『オトコ』が…。
「というか、なんでキサマがこんなところに!!!」
 やかましいメガネオトコ…エイジだった…。
(それはあたしのセリフだっ)
 というか、あたしは一応報告にきただけだったのに…。
 これじゃあ、報告できないじゃないか…。
(――っていうか、さっき顔見られたんじゃん!!)
 ヤバイ。
「…涼さん、コレ、ありがとう」
 とりあえず、エイジは無視してみた。
「無視するんか!!」といちいち騒がしい。
 とりあえず、絶対に目は合わせないぞ。
「洗って返すね」
 服の入った紙袋を軽く持ちあげて言うと涼さんは「あぁ…いいのに」と腕をのばした。
 ヒラヒラと手を振る。
「いや、一応。返すの月曜になるけど、いいか?」
 なんつーか。
 さっさとエイジの前から逃げないと…バレそうで…。
「別に構わないよ」
「じゃ、あたし帰るわ。また、月曜にな」
 さっさとエイジに背を向けた。
 …詳しい報告は、月曜日にやろう…。

 眞清は今、染めた髪の色を戻している。
(この間待っててもらったし、今日はあたしが待っててやろう)
 教室より学生会の隣…資料室のほうが、あたしは落ち着く。
 あたしは学生会室のドアをしっかり閉めて、隣の資料室に移動した。

 
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